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夏の匂い

私にとってそれは、
安房鴨川の酪農場の草や牛の糞と太陽の入り混じった匂い。
玄関先の蚊取り線香の匂い。
洗っても水着にまとわりつく、
海のしょっぱい匂い。

幼少期は毎夏家族で鴨川の別荘で過ごした。
家のそばの、
舗装されてない下り坂を降りるとすぐ、
石や岩場が多い海水浴場があって、
朝から夕方まで、ずっと海で遊んだ。
おかげで毎夏黒焦げに肌が焼け、
そのうち皮がむけて、
まるでダルメシアンみたいになって新学期を迎えるのだった。
顔や腕にホクロが多いのも、
もう一生分の紫外線をその時期に浴びたからなんじゃ?と思っていた。
(思春期には悩みの一つだった。)

別荘に着くと、
まず伸び放題の草刈りと家の掃除から始まるのだが、
前回設置しておいたゴキブリホイホイや、
電気のひもに吊るした虫取りテープに
これでもか!というくらい色んな虫が集まっていたし、
外では色んな種類のセミの鳴き声がやかましく、暑さを増幅させていた。
特大ムカデが出た時は、
父親がガスバーナーで焼いて退治したのを今でも忘れられない。

その平屋の家は少し高台にあって、
窓を開ければ、
鬱蒼と茂った木々の奥に海が広がって、
行き来する船もちらほら見えた。

夜になると海と空が一つの紺色のように混じり合い、空には月と星、海には灯台と船の灯りで、
全てがキラキラきらめいて、
まるで宇宙を見つめているようだった。
ぼーっとその光を見つめ、
波の音を聞きながら、
いつのまにか眠りについていた。

あー、しあわせー!
とはその時は思わずに、ただ、きれいだなぁと思って過ごしていたけど、
大人になってその風景を思い出す度、
なんて贅沢でしあわせな時間だったのだろう。
と心底思う。
たぶん、
知らず知らずに肌感覚を通して、
身体と心にしあわせが蓄積されていたのだろう。

幼少期の原風景ってそんなことじゃないかな、
と思う。

そうして、
毎日贅沢で豊かな自然と共に時間を過ごし、
あっという間に帰る日になっていく。

帰路、車中から、
高速道路のオレンジ色の街灯が連続して見えてくる。

それが見えると、
ああ、この旅は終わりに近づいているんだな。と、毎回切ない気持ちになった。

まるで夢の国から帰るような、
魔法がとけてしまうような、
そんな気持ち。

30〜40年前の当時は東京から鴨川へ行くのに、
遠回りの道しかなく、山道を抜けたりして、
相当な時間がかかっていたから、
実際にどこか遠い外国へ行き来するような感覚でいた。
地理の概念もまだないから、
いったいどこに鴨川が位置するのかさえ、
知らずにいた。

今でも鴨川は私の心のオアシスで、
辛いこと、悲しいことがあると必ずあの海を思い出す。

毎年同じ、背の高いおじいちゃん監視員の顔も、ちゃんと覚えている。
黒く日焼けした肌に赤、黄色のシャツが似合っていて、渋くてカッコいいおじいちゃんだった。
昔はモテたんだろうなって簡単に想像がつくような。

今、もうその家はジャングルと化して、
とても人が入れる状態ではないのだけど、
その家が存在しているというだけで、
子供時代の心を無くさないでいられるような気がしている。

だから、親がその家を売るという話が出た時も、断固反対して、絶対売らないで!
と、懇願したものだ。

大人の考えとしては、
売ってしまった方がその家も長生きできたかもしれないし、後の処理が楽になったかもしれないのに。

それでも、やっぱり嫌だった。
私の一部がなくなってしまうような気がした。

今はもうあの家に入れず、
海水浴場も浜辺がなくなり、
人が泳げる海ではなくなってしまったけど、
私の中で永遠に生き続けるあの景色。

ふと、蚊取り線香の匂いがどこかでしたら、
そんな記憶が一瞬で身体をめぐる、夏。

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