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ステラの事件簿⑧《雨の匂いは 1》

●登場人物
 ・宝城愛未(まなみ)…欧林功学園の人気教師。ある冤罪を着せられる。
 ・島原太東(たいとう)…学園OBで、学園システムのエンジニア。
 ・大林星(すてら)…学園中等部2年の本作主人公。事件の解明に奔走。
 ・中沢慶次(けいじ)…学園用務員。不審な女生徒について星に話す。
 ・向田海(かい)…学園高等部2年で映像研究会会長。星の友人の兄。
●前回までのあらすじ
 地域では有名な中高一貫校、欧林功学園で男子生徒の体操着が盗まれる事件が起きてから1か月。星(すてら)は独りぼっちで下校中、大量の体操着が入ったスポーツバッグを発見する。
 そのバッグの持ち主は人気教師の愛未で、彼女の元には、身に覚えのない彼女自身の犯行現場の映像が送り付けられていた。星は困惑しながらも、愛未を信じたい気持ちで事件の調査と、真犯人の究明を開始する。
 いつ、愛未が窃盗事件の犯人として逮捕されるかわからない中、新たな「愛未の犯行映像」が送り付けられ……星はその現場に不審な女生徒がいたことを突き止める。
 一方の愛未は、諸々の映像について学園OBの太東に聞き込みに行く。星も合流するが、そこで2人が見たのは、犯行を働く星が防犯カメラに撮られた映像だった――

「星くん! そっちの端ちゃんと固定できた?」
「あ、はい大丈夫です。大丈夫ですが――」
 早朝、私立欧林功学園の裏庭には2人の人影があった。教師らしい女性はスーツの腕をまくり、泥だらけの手でビニールシートを抑えている。その対角線上に位置する男子生徒は……杭のようなものでシートの反対の端を地中に固定し終わったところだった。
 その状態に満足げに頷き、額の汗をぬぐう女性教師――
「――僕達、一体なんでこんなことしてるんでしょうね……」
「それは――」

 2日前、IT部部室。
「この映像は、僕、ですね」
「ああ、そのようだね……高をくくっていたかい?」
「いえ、正直先生と一緒にいる時点で、まあ、標的になるかもとは思っていました」
 太東は感心したように頷く。愛未はなんとも言えないが、それでも神妙そうな顔で、星を見つめていた。星はこれまで、まだ短い期間とはいえ、彼女の濡れ衣を晴らそうとしている。そして、濡れ衣を着せた犯人は執拗に愛未を狙って追撃を緩めない……そこにどのような恨みがあるかは分からないが、星は中学生の身で、その犯人と対峙してしまっているのだ。
 正直、最初から愛未の無実を思ってこの調査に加わったわけではないが、それでも、親しみのある知り合いに手を差し伸べるのに、そこまで迷いは生じなかった。そして今では、この、自分の目の前で申し訳なさそうな顔をしている教師のことを、無実だと確信してすらいる。
「ごめんね、星くん……」
「それはもう何回も聞きましたから。まあ、本当に僕の映像まで送り付けて来るのは、ちょっとびっくりしましたけど」
 少し、強がったような星の語気。面々は部屋にある、大きめのモニターに視線を移す。そこには監視カメラの映像らしきものが映っており、夜の教室での一部始終が撮られていた。
「第3校舎の中等部2-4。そこを映すカメラだ。つまり――」
「星くん達のクラス……」
 愛未は呟く。星も、辛うじて見える机の並びや、掲示板の張り紙などからそうだと思っていた。映像は続いていく。何か冷蔵庫ほどの物体を、台車らしきものを使って運び込む星。
「……ロッカー、ですね」
「他の教室の映像も見たが、この場所以外には運び込まれていない」
 太東の言葉に、星は少し考える。
「昨日も今日も、特にロッカーが変わったようには思えなかったんですが……」
 映像の中の星は、ロッカーを1人で交換し、元々あったものを教室の外へ運び込んで行ってしまう。
「このロッカーは、どこへ?」
「不明だね。校内にくまなく監視カメラがあるわけではなく、死角があるんだ。それに、日中は一部のカメラ以外は電源を落としている」
「カメラの隙をついてるってことですか」
「一体何が目的なの……」
 2人はますます、分からないといった様子で眉根を潜める。星を貶める目的があるにせよ、そうまでしてやることがロッカーの交換……しかも、星たちが日中目にしていたロッカーには変わりがなかった。
「ロッカーの行方が不明な以上、交換されているとも限らないね。意味不明だけど、この映像で運び込んだロッカーを、もう一度元に戻している可能性だってある」
「何も、分からないってことですか」
「いいや? 分かることは3つ。犯人は君と先生の関係を知っているということ、そして学園の警備システムについても詳しい。それから最後に……」
 太東だけは、余裕そうな笑みを崩さずに映像を早回しした。星がいなくなった薄暗い教室が延々と流され、そして少しずつ明るくなってきたころ、ぷつっと切れるように画面が真っ暗になる。
「えっと……?」
 星が太東にわけを尋ねようとしたところ、黒い背景に文字が浮かび上がる。
『裏庭から雨を晴らせ。7日以内にできなかった場合は、お前達の新たな映像を告発する』
「裏庭……」
「雨……?」

 現在、裏庭。
 そんな、犯人からのメッセージを受け取った2人は、学園の裏庭でせっせと作業をしていた。あの後、太東と犯人の意図について話し合った結果、今週末に降る大雨から、裏庭を守ればいいのでは、ということにまとまったのだ。
「でも、これで本当に合ってるのかな、失敗したら……」
 愛未はビニールシートを固定するための杭を、土にうずめていく。星はシートが破れていないかなどを確認しつつ、
「大丈夫です、部長さんが監視を厳しくしてくれると言っていたでしょう」
 犯人が利用しているのはあくまでも学園の監視カメラというところから、勝手に持ち出されたりしないようにストップをかけるということはできる、とのことだった。
「そうね……」
 愛未はそれでも、気もそぞろというところだった。太東が言うには、犯人の言う「お前達」がどの範囲か分からず、自分も含まれている可能性を気にしていた。そのため、
 ――この件はぜひ、協力させてほしい。自分の作ったシステムの穴をついて好き放題されているのも、正直しゃくだしね――
 と、太東は涼しげに言ったのだ。実際、その心の内はどう思っているのかは星達には分からなかったが、頼りになる協力者ができたことは、歓迎すべきことのように思われる。
「あの人ね……」
「まだ疑ってるんですか?」
「当然よ、監視カメラの死角を知ってるなんて、彼が1番怪しいじゃない」
 星は確かに、と思った。
「星くんは他人を信用しすぎよ。もっと注意しないと、大人になった時苦労するんだから」
 手についた土を払う愛未。星は立ち上がると、念のために持ってきていたスコップ類をまとめて、愛未のもとに持っていく。
「でも、信用しなかったら、愛未先生に協力することもありませんでしたし」
「それは、そうだけど」
 愛未は星から道具を受け取ると、鞄にしまった。これは園芸部から借りたもので、あとで部の倉庫に返しに行かなければならない。
「そうだ、園芸部の方は?」
「それは後回しにしてます。正直、今回のことがあってかえってきっかけができて良かったです」
 星は汗をぬぐうと、温室の方へ目を向けた。園芸部……この裏庭で何かしていたらしい、女生徒が関係しているかもしれない。聞き込みをしようと思っていたところで、今回のことがあったのだ。いきなり行っても怪しまれたり、門前払いを食らう可能性もあった。だからこれは渡りに船……なのかもしれない。
「とりあえず、シートはこれくらいで……空、曇ってきましたね」
「ええ、間に合って良かったわ。これでいいかはともかく」
 一仕事終えた2人は、校舎へと引き上げることにした。もちろん、結果が出るまで手をこまねいているということはなく、他にも「雨を晴らす」の可能性がある方法を探しつつ、聞き込みを続けるということで話はまとまっていた。
「あ、かばん持ちますね」
「えっ、大丈夫よこれくらい」
 よいしょ、と肩に鞄をかける愛未。星は仕方なく、余ったシートを持った。今はまだ朝、園芸部員は学園に来てはいない。一度、温室の方へこれらを返して、また昼休みか放課後にでも挨拶に向かうことにしていた。
 それまでの間、2人はまた、いつも通りの学園生活に戻る。少しばかり。
 星はちらりと、愛未の横顔を見上げる。
 少し不安そうだったが、目の前にやるべきことがあることで、憂鬱さはいくらか取り払われているようだった。
「ん……なあに?」
「いえ、なんでも。上手くいくといいですね」
「ええ、本当よね……本当に」
 曇り空は肌寒い風を運んできていた。一仕事終えた2人の肌には、その冷たくなっていく温度が、むしろ心地良く感じていた。

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