八重

https://kakuyomu.jp/works/1177354054883949571/episodes/1177354054883949573

 仄暗い和室に雨音……こもっていた熱が、通り雨によって削ぎ落とされていく。

「涼しくなりましたね」

 色の白い女がそう言った。その肌色は生来のものではなく白粉をまぶした擬態なのであったが、それが返って女の女たらしめる、生々しい取り繕いを体現しているようで艶があった。対面に座る男の方はそれを知りながら篤と堪えている様子である。

「蝉が泣き続けてるんだから、すぐにやみますよ」

 じぃじぃと喚く蝉の声は男の肉が発する唸りのようで、爆ける雨粒と共鳴するが如く六月の薄闇に音の色を無遠慮に落とし込んでいた。鮮やかさなど一切ない、ギラついた、脂のような鈍い色を……

「涼しくなりましたね」

 再び女はそう言った。男は女から目を逸らしながら「えぇ」と返す。そう。男は目を逸らしたのだ。だから気がつかなかった。「涼しくなった」と口を開いた女の身体が、白粉越しに紅潮しているのを……

 刹那。女は立ち上がり、帯を解いた。男は微動だにできなかったが目を見開いた。その眼は、紅白が混じった艶肌を捉えて離さなかった。

「八重さん……」

「この雫は通り雨……なれば、一と時の雨宿りを、誰が咎めましょうか……」

 部屋には狂騒が響いた。雨粒と蝉の声と、男と女と………

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