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#カクヨム

聖水少女26

 香織は部屋で髪を結っていた。
 手入れがいきとどき艶やか。烏の濡羽のような純黒には光沢が映りなんとも妖艶な雰囲気が漂っている。

「香織ちゃん。天花君、いらしたからね」

 扉を挟んで部屋に投げられたのは母親の声である。香織は「はぁい」と返事をして姿見の前で姿勢をただす。

 おかしなところはないかしら。
 変じゃないかしら。

 毎日幾度も見ている自分の制服姿を確認してし、ようやく「うん」と頷

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聖水少女26

 思いがけない出会いに香織は一瞬胸高鳴ったがすぐさま現状を思い出して我に帰りズボラな顔とボロをまとった身体を隠そうとした。しかし居間にはタオルも遮蔽物もなく、小さな掌で必死に隠蔽しようとしてワタワタと珍妙な舞を披露するだけである。完全に混乱している。

「すみません。勝手に上がり込んでしまって……」

「それはいいのだけれど、いったいどうしたの?」

 母が尋ねるのは当然浮かぶであろう疑問。子供と

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聖水少女25

カクヨム

 睨む子の視線から目を逸さず敵意も反抗心も受け止める母という構図は一般家庭においてしばしば見られるありふれた光景であったが漏水家では初の事態であった。

 場所は居間へと移った。両者退かぬ気配。一触即発の緊張感が家庭に走る。

「何やってたの。椿さんと……!」

 相変わらず香織は天花との密会(というわけでもないのだが本人はそう思っている)について追及し目を吊り上げる。今にも掴みかかり

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聖水少女24

カクヨム

 しかし天花は如何なる手を用いて香織の尿問題を収めたのか。その点、母も気になるところであろうから、疑問を伺うのは自然な流れであった。

「でも、どうやって」

 やや不安な気配を匂わせそう問う。望むは懸念、疑念の払拭であろうが、天花の答はいまひとつ据わりが悪いものであった。

「それは言えません」

 出されたのは秘匿。母はますます訝しむ。

 もしかしたらでまかせ

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聖水少女23

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894480403

 食卓を挟んで対面する二人は初めて邂逅した日と同じ構図であった。

「あ、美味しいです」

 出された料理を摘み口に運んで咀嚼し飲み込んだあと天花は賛辞を述べたが特筆すべきは彼の箸使いで、その見事な手捌きは人様の宅に邪魔をしても恥ずかしくない作法である。以前に菓子を鯨飲していた人物とはとても思えな

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聖水少女21

カクヨム

 母は物陰からひっそりと香織を見ていた。
 何度か声をかけようとする素振りは見せたが動けず、娘の孤独を助けられずにいる。なんと言えばいいのか。香織は自分の声に耳を傾けてくれるのか。そんな不安が、彼女を怯えせたのだと思う。
 父は宅を出て行きしばらく経つ。どこぞ、馴染みの飲み屋にでも行き愚痴を零しているのだろう。寝床を決めているかは定かでないが、ご丁寧に着替えまで持っていったあたり帰宅は

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聖水少女20



https://note.com/kawatunaka/n/nae0353b19416

カクヨム

https://kakuyomu.jp/my/works/1177354054894480403

 母と父の言い争う声が聞こえ出したのはそれからすぐだった。父が罵り、母が反するという事が延々と繰り返される不毛な時間が長く続き、終いには互いの欠点を論え激昂するという出口の見えない無益な傷つけ

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聖水少女19



https://note.com/kawatunaka/n/n6baf9bf09f97

カクヨム

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894480403

 変わらず部屋は暗く静かであった。
 香織は依然、布団の中で一日を過ごす生活を送っている。人として入浴と歯磨きは欠かせず不潔ではなかったが、櫛を入れない髪は乱れ、砥がれない爪は形が覚束ない。

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聖水少女18



https://note.com/kawatunaka/n/n1a1bf2c99109

カクヨム

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894480403

 母に言われた通り、天花はゆっくりと菓子を頬張り和かに笑う。

「いや、味わってみると確かに、大変美味しいです」

「そうでしょう。舶来物なんですよ」

 落ち着きを取り戻した母は笑顔を

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聖水少女17



https://note.com/kawatunaka/n/n9c891cd58407

カクヨム

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894480403

 香織の部屋の前には昼食の皿類が盆に乗せられて出されていた。綺麗に食べられてはいるが、決して食欲があり喜んでいただいたわけではない。母の作った料理を残すのが忍びなかったため、無理由来胃に流し込んだの

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聖水少女16



https://note.com/kawatunaka/n/nd7ea7d7adbca

カクヨム

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894480403

 三人分用意した食卓に座るのは二人。香織の姿はない。
 「叱った方がいいんじゃないか」と父親は言ったが母親は賛同しかねるようで、「もうちょっと」と諭すように制した。

「天岩戸じゃないですけどね

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聖水少女15



https://note.com/kawatunaka/n/ne1b69338dad4

カクヨム

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894480403

 年頃の少女が衆人に囲まれた中で粗相をする場面を想像していただきたい。
 同じく年頃の男子が好気の目で舐めまわし、女子からは侮蔑と嘲笑の的にされる。無遠慮なる視姦を一身に受け、どれだけの人間が心に傷

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聖水少女14



https://note.com/kawatunaka/n/n2070e74fddea

カクヨム

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894480403

 午後からは比較的に落ち着いていた。
 授業中に数秒意識を失う事はあったが仔細はない。どうせ一日寝ていたのだから今更内容を把握していようがいよまいが違いはないのだ。 
 それよりも香織にとっては天花

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聖水少女13



https://note.com/kawatunaka/n/n9a680f37fbd9

カクヨム

 そんな彼女に対して天花は気にする様子もなく昼食を食べ始め、香織はそれをちらと見た。
 昭和然としたノスタルジー漂う銀色のアルマイト製弁当箱の中に敷き詰められた白米は艶があり瑞々しい。見るからにいい米を使っていて粒が大きく、気品もある。仕切り越しにあるおかず類はバランスがいい。黒々としたひじ

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