「メンやば本かじり」それでもなお編
先日、近所のスーパーで自動ドアが開いた瞬間に
「ああ、タヒにたいわ」
とわりと大きめの独り言をこぼしました、どうも、川勢です。
みなさん、いかがお過ごしですか?
メンタルがやばいみなさん、今日も救いを求めていませんか?
そんなとき、ぜひとも読んでいただきたい本がある。
それはケント・M・キースによる『それでもなお、人を愛しなさい』だ。
ちょっと吹き出してしまったが、本書はまったくもって大真面目にこの言葉を語っている。そうなのだ。吹き出してしまった私がいかに愚鈍であるかということを知らしめすかのように「狂っている」ことを列挙する。
うああー申し訳ございませんでした!!
そうですよね、まったくもってその通りですよね。おかしいやん、この世界。
なのに、あたかも当たり前のように生きていたわ。あ、でもさ、間違いだらけの世界で平気で生きていられるのは、そもそも人間そのものが間違いだらけなんだから仕方がないんじゃない? ほら、可謬主義ってあるし。
よっしゃ、解決。
私たちは間違ったまま明日も生きていくのさ──って、違う! こういう短絡的な人間から脱却したくて救いを求めていたんや!
おかしいことにはどこかで気づいているから、生きづらい世界だと感じたり、塞ぎ込んだりするわけで。気づかず生きているのではなく、気づいたけど間違ったジェットコースターから降りる方法を知らないだけなのである。自らの努力で方法を探し脱出した人も、いつか自動で止まってくれるのを待っている人も、「止まる方法はある」ということは知っている。
気づいたなら行動すべきだという声が聞こえてきそうだが、何の知識もなく無理矢理素手でジェットコースターを止めようとしたら、そりゃもうホラーだ。大惨事だ。
では、どうしたらいいのか。そこを本書が10ヵ条で示してくれる。
まずは1条を紹介しよう。
あっ、ごめんなさい、と謝ってしまったではないか、キース氏よ。私はまったくもって合理的でないし、理解力は脆弱だ。こんな私を愛せと言っている気になり慙愧に堪えない。なので、この部分は私に関してのみ自己反省となるが、「川勢に反省されましても」って感じなのだろうから、もう少しキース氏の言葉を引いてみよう。
『ピーナッツ』が世界中から愛される理由は、スヌーピーをはじめとするキャラクターの見た目の愛らしさもあるが、彼らの言葉にするりと共感できるのに、なかなか自力では捻り出すことのできない絶妙な表現力があるからだろう。
なぜそういう人たちを愛すべきなのか。もしくは、すでに愛する人だとしてもがまんできない部分まで愛するべきなのか。本書は愛する価値がないと決めつけるのは悲劇だと語る。愛は価値があるないなどはなく、誰にでも欠点や短所はあるものだし、誘惑に負けることもある。それなのに、常に愛される価値を相手に求めるのは、厳しすぎるのではないか。欠点があっても、成長し、もっと良い人間になろうとする希望や願望の源は愛だと本書は示す。そもそも愛ありき、なのである。
1条の最後を本書はこう締めくくる。
さて、次は一つ飛ばして3条。え、なんで飛ばすんやと思った方。ぜひ、『それでもなお、人を愛しなさい』を購入してください(早川書房さんの書籍が売れても川勢に一円も入ってきませんが、売れたらまた良書を出してもらえるのでぜひに)。
以前、Twitter(現X)にて、「クソリプがついた。自分も認知度があがったということか」とある有名な文筆家の先生が投稿していた。有名になると大変だな、こうやってクソリプにマジレスすることなく、いなしていかなければならないんだな、と思っていた。だが、本書の3条を読み、クソリプを投稿する人って「あなたは成功者なんですよ」という勲章をわざわざ贈りにいっている人なのでは、と思ってしまった。成功している人たちは、成功したらアンチに絡まれるから成功しなきゃよかったなんて思わず、もらった勲章のかたちにも色々あるんだなくらいで流す方法を会得しているのかもしれない。
とはいえ、流せるクソリプ程度では済まない場合もあるだろう。
ちなみに、私はまったく成功とは無縁だが、それでも攻撃してくる人はいる。本書では成功者の話としているが、成功とは関係なく攻撃されたときの精神安定方法として誰でも使えるのでは、と思ったので川勢と同じく成功者の部分は飛ばして読んでも大丈夫だと思われる。
そうなのである。相手は、攻撃されるお前だけが駄目な人間なんだと言ってくる。実は、私もまさか社会人になってそんなことを言われるとは、と思うような悪口を言われたことがある。その人は、「あんたは不要な人間だから、私がみんなの代わりに攻撃してあげてるのよ」みたいなことを言ってくる。だが、彼女は過去にも人を精神的に追い詰めた話があり(とはいえ、かなりのおおごとな話なので真偽のほどはわからない)、私に対する言葉は私以外にも投げていた可能性がある。
悪口を言われ続けると、自分だけが特別駄目な人間に思えてくるが、実はそんなことはないのだ。攻撃してくる人は、あなたがいなければ他の誰かを攻撃している。無差別テロとほとんど同じだ。
さて、こんな私の話はともかく。本書は二つ目の素晴らしい対処法も教えてくれる。
ここも私の話で悪いのだが、私を攻撃してくる彼女はその反面、他の人には気づかいができている、と感じるときがある。そして、その気づかいは勉強になるな、私を嫌わない人のところでいつか使いたいな、と密かに思うこともある。こんなふうに思えたのは、本書と出会ったからだ。良書との出会いは大事だ。
本書は最後に大切な言葉をくれる。
昨日、すごく久しぶりに「生きていたらきっと良いこともある」という言葉を耳にした。昔の私なら、そんな軽い言葉を言われましても。あなたはきっと幸せな人なんですね、くらいで心を閉ざしていただろう。だが、本書を読んでいた私は「生きていたらきっといつか良いことがある」と言える人は、きっといつかのために私なんかの何百倍、何千倍も努力し、ときには失敗もするがそこで諦めて腐らず学びを得て、百の苦しみの中のたった一粒の喜びを「良いこと」と喜んで受け入れられる人なのだと思った。
さて、冒頭の私に戻ろう。スーパーにて自動でドアを開いてもらい、空調の効いた、なおかつお金を出せば(とはいえ僅かだが)新鮮な食べものを得られる環境にある私は、消費ばかりして「ああタヒにたい」とかほざいていたのだ。
もう少し、私はやることがあるのではないか。ここまで無能で無価値な人間は私以外にいないが、もしあなたが駄目だと思ったとき、それがましてや他人から駄目だと言われたとき、まずは自分と向き合うために本書を開いてみるのはどうだろう。
あなたならきっと、自分の良い部分を見つけられるはず。
◾️書籍データ
『それでもなお、人を愛しなさい』(早川書房)ケント・M・キース 著 大内博=訳
難易度★★☆☆☆ 苦しいときに必要な言葉がぎっしり
たまに『◯◯の10ケ条』と冠する書籍で、10の言葉以外は、ほとんど何も書かれていない画面が白い書籍とは違い、本書はなぜその10ケ条が必要なのか筆者の体験も交えてかなり細かに説明してくれる。辛いときに何度も繰り返し読んで助けてもらっている書だ。
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