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炭酸を飲む楽しさがそこに

 炭酸飲料って、子供が何歳になってから飲ませて良いものか。
 20年近く前、今ほどネットで検索して正解を探れる時代ではなかった。

 そんな時は、自分はどうだったっけとふり返る。

 私自身はニュージャージーで暮らしていた幼少期、ペプシコーラや7upが大好きだった。
 45年ほど前。
 小学1年生の後半で帰国後、三ツ矢サイダーの存在を知った。
 日本にはこれがあるなら良いやと、それまで楽しんでいた他の炭酸飲料にあきらめがつくくらい、大好きだった。
 学校から帰ると冷蔵庫を開けて確認する。
 扉のポケットに、透明のビン。当時は丸い青の中に矢のイラスト。

 当時はこうだったと記憶している。
 栓ぬきの使い方を、三ツ矢サイダーのビンで覚えた。

 小学校一年生で当たり前に飲んでいたほどだったと思い返し、息子も幼稚園くらいなら大丈夫かなと思った。
 
 息子が幼稚園に入ると、本人の好奇心と周りの情報ややり方とすり合わせ、飲ませ始めてみることにした。
 しゅわしゅわ~ってしてるね。と言いながら渡すと、コップを上からのぞきこむ顔が喜びを隠しきれていない。
 一口飲むと、「あっ!」ってちょっとびっくりした顔をした後、その顔をくしゃくしゃにして言った。

 「シュワい!」

 シュワい?
 「しゅわしゅわ~ってしてるね」って言ったから? 
 笑ってから、喉やお腹がつらくない? と聞いてみる。
 「つらくない」と言った後、ひと口飲んでは「シュワい!」とくしゃくしゃの顔を向け、飲みほした。
 
 そのうち息子は「白い味!」とも言うようになった。 
 
 透明な水に泡が上がってくる。表面でぱちぱちはじける。色がついているとしたら白なのかもしれない。

 「白い味」も、わからないようでわかるような気がした。
 

 ある日。外出先の休憩所で、息子はキレイな緑色のビンを欲しがった。造形も美しいそれは、ラムネのビン。


 帰国してからどのくらい経っていたのだろう。学校の皆でラムネのビンを手に取ったことがあった。何年生だったかもどういう状況だったかも忘れた。

 覚えているのは、上手く飲めなかったこと。

 皆は上手く飲めたこと。

 日本にずっと暮らしていなかったから、私には知らないことがたくさんあるんだ。
 上手く飲めない自分が恥ずかしくて「喉がかわいていないし、今はもう要らない」フリをした。
 その時の、皆が当たり前にしていることができない恥ずかしさとか、知らないと言えない雰囲気とかを鮮明に覚えている。
 そしてそれに似た状況を、大人になるまで何度も何度も体験してきてしまった。
 皆が当たり前にしていることを「知らない」「できない」「教えて」と言えないままに。学校でも友達の前でも。そして言えない自分がいけないと言われそうで、そんなことがあったと家族の前でも隠した。周りを見ながら真似をして、しのげるものはしのいだ。


 ラムネのビンでの飲み方を、息子が夫に教わっている。最初は何も言われないので自分で飲んでみて、うまく飲めないからビンを上から下から側から眺め、考えていた。
 息子がうらやましくなって、「私も飲みたい」と買った。
 あの頃の記憶から、ビンを手に取る事すらなかった気がする。

 一緒に考えながら、並んで飲む。
 ごくごく入ってきてうれしい。

 このビー玉がさ。どうやったら良いのかわからなくて、舌で押してみたりしたんだけど、うまく飲めないのが恥ずかしくてずっとあきらめていたんだよ。少し興奮して話す。
 「そりゃぜったい上手く飲めないやり方だよね」
 夫が笑う。

 終盤も、ビー玉が転がらないよう加減しながら傾ける。

 息子も何度か、カランとビー玉を転がしては、慎重に傾け直してくぼみに引っかけ、ごくごく飲む。

 お。うまいね。
 全部飲めたね。
 横にいる私を、息子がくしゃくしゃの顔で見上げて言った。

 「白い味! シュワくておいしいね!!」

 ほんとだよね。シュワいし、白い味だ! 



 



読んでいただいて、ありがとうございます! 心に残る記事をまた書きたいです。