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人と言葉を交わしながらの買い物

 駅近くの市場で、店員のおじさんと「う~ん、今日はホウレン草が高いわねえ」とか声を交わしながら買い物する母を横で見ている。
 私はその後、スーパーに行ってお菓子を買ってもらうから、早く終わらないかなあと思っていた。
 小学三年生だから、帰国してまだ二年経つか経たないころで、日本の市場の雰囲気が私にはあまりなじめなかった。
 でも「お母さん、ああやって喋りながら買い物するのがけっこう好きなのよ」とドライな母が言うのが意外でもあった。

 実は以前もスーパーマーケットのタグで募集した企画に乗っかったことがある。noter同士でTwitterも通して大いに盛り上がり、楽しそうだった。私の記事はちょっと趣旨が違う気がしたし、そのうち互いを紹介し合う賑やかな場所にエネルギーがついていかなくなり、その盛り上がりを眺めるだけになった。
 当時書いてから何年か経つけど、だいぶ考えてやっぱり「あのスーパー」に行きついてしまう。
 似たような内容になるなあと思いつつ、また書いてみたい。


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 ニュージャージーで新婚生活を始めた私は、あまり治安が良いとは言えない慣れない地区での買い物にビクビクしていた。
 でもビクビクして狙われたら怖いから決して悟られてはいけない。初めてそのスーパーに乗り込んだ日もできるだけ険しい顔をして堂々とした態度で車を降りた。

 ところが店に入る前の段階で引っかかる。
 ショッピングカートがチェーンでつながれていて、どうやったら離れるのかわからない。それまで行っていた別の地区の別のスーパーでは、そんな風になっていなかった。

 ガチャガチャやっていると「クオーター(25セントのコイン)を入れるんだよ」と通りがかりのスタッフにサラッと教えられる。決して愛想良く言ってくれるわけではないのだけど、カートが離れるってだけで嬉しくてありがたかった。
 多分、カートを駐車場のそこらに置きっぱなしにするのを防ぐためにそのシステムがある。
 今は日本のショッピングセンターの、子供用カートでよく見られるシステム。クオーターを入れてチェーンを離し、使い終わったら再びチェーンをつなげないとクオーターはそこから外れないようになっている。
 なるほどねえ。しみじみしながら、教えてくれたスタッフへの自分の中の偏見も感じてしまい、慌てて「thanks」と伝える。

 そんな風に初心者丸出しにして、そこのスーパーの買い物デビューを迎えた。

 毎回、強い緊張感を持ってスーパーで買い物し、ゆっくり少しずつ慣れていった。

 そのスーパーは大きかったので食材以外の売り場も充実していて、当時、写真の現像もそこで注文できた。

 写真現像のカウンターで注文したり受け取ったりする時には、特に列に並ぶわけでもなく、なんとなく周りで立って待つ。
 自分の順番なのにもっとカウンター近くに立つ人が声をかけられると、「私が先なんだけど」って言わないと、と焦ってしまいそうになる。だけどみんな「こっちの人の方が先」って店員さんに言ってから「どうぞ」って客同士も声を掛け合う。
 アジア系の、幼く見える私がオドオドしていてもちゃんと大人扱いしてくれるので、困ることにはならない。列は作らないけど、声を掛け合えばそれで良いのだ。

 ハムコーナーもそうだった。
 たくさんの種類があるハムから、夫や私の好みのハムを何グラムと指定し、その場で薄くスライスしてもらう。地声の小さい私は聞き取ってもらえないから、少しがんばって大きな声を出さないといけなかった。カウンターのまわりにやっぱり何人かがぐるっと囲んで待っていて、声を掛け合って互いの順番を守る。

 魚コーナーも、事前に調べておいた魚の単語を言い、袋に入れて値段のシールを貼ってもらう。

 買い物をしている人も気軽に声をかけてくる。
 肉の賞味期限を気にしながら「今日って何日だっけ」とか。
 レジ店員も「これなに?」なんて聞いてくる。「えっ。店員なのに知らないの? しいたけって知られてないのかな。Japanese mushroom?? って言うのかな。商品の表示にはなんて書いてあったけ」とか考えていると後ろに並んでいるお兄さんが「シイタ~キィ(「タ」にアクセント)」と少し恥ずかしそうに首をつっこんでくる。

 レジに並んでいても、前の2人が初対面なのに会話で盛り上がっていて冗談でも言うと可笑しいから、その場にいるみんなで一緒に笑ってしまう。

 何でもサッサと自分でするのが好きで、人間関係も特に気に入った方以外はできるだけドライに接したい私は、レジもセルフでマイペースに済ますのが今も好み。
 その後帰国し、引っ越しを何度もしたり、お店が大幅改装したりで、約25年の間に行きつけのスーパーは計5か所、宅配は計3社。どこか取り立てて好きな部分て聞かれると考え込んでしまう。

 そして結局、そのスーパーが思い浮かぶのだ。

 人とのちょっとした会話が楽しく、ニュージャージーで心細い新婚生活をはじめた私の気がまぎれた。治安が決して良くないと張り詰めていたけど、そこに通う人々は気さくで、アジア人で子供っぽい私でも尊重し、受け容れてくれて温かかった。

 人と言葉を交わすのが、ささやかでも楽しかったそのスーパーを思い返す時、「喋りながら買い物するのが好きなのよ」と言っていた母の言葉も思い出す。
 そして私もその時代に日本で食材を買うなら、意外と市場に通ったのかもなあなんて想像する。


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メディアパルさんの企画で、書こうと思いました。
スーパー自体の特徴というより、その地区の特徴となっていますがこういうのでもよろしければ参加させてください。


読んでいただいて、ありがとうございます! 心に残る記事をまた書きたいです。