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[レポート]インクルーシブでクリエイティブな音楽を目指して【かわさきBRIDGEオーケストラ~ワークショップ実践の視点から】

 2022年10月8日、東京交響楽団とかわさきジャズが企画するレクチャー&ワークショップ「かわさきBRIDGEオーケストラ」が川崎ルフロン1階イベントスペースにて開催された。

主催:公益財団法人 東京交響楽団 協力:かわさきジャズ実行委員会、川崎市、ミューザ川崎シンフォニーホール(川崎市文化財団グループ)、川崎ルフロン 助成:ブリティッシュ・カウンシル「UK in Japan legacy grants」

川崎市フランチャイズオーケストラの東京交響楽団の呼びかけにより実施された本プログラムは、誰もが参加できるインクルーシブ[1]でクリエイティブな音楽ワークショップである。障害のある人の音楽アクセス向上に取り組む英国のアート団体「ドレイク・ミュージック[2]」のベン・セラーズ氏を招き、ファシリテーターには東京交響楽団のメンバー3名と、かわさきジャズミュージシャン3名の計6名が集結した。クラシックとジャズのミュージシャン、そして一般参加者の約30名がその場限りの即興演奏を共に作り上げ、発表を行った。

ファシリテーターへのトレーニング

 ベン氏による事前のトレーニングがファシリテーターを対象に2日間行われた。冒頭、ベン氏はファシリテーターに対して、「参加者の心理的安全性を確保する」「正解を求めない」「言葉を少なくする(演奏を通してコミュニケーションを図る)」ことを念頭に参加者と接することが必要であると語った。加えて、「楽器を演奏する」「つながりを感じさせる」「音楽の中での居場所を作ってあげる」ことがミュージシャンとしての役割であると伝えた。ファシリテーターはワークショップをリードする役割と、ミュージシャンとして演奏をリードする2つの役割を担うことになる。
 参加者と共に音楽を構築し、グループでの即興演奏を達成するためには、下記の5つのキーワードが重要であるとベン氏は続けた。

①          Conducting(指揮)
②          Groove(グルーヴ)
③          Soloing(ソロ演奏)
④          Words(言葉)
⑤          Dancing + Listening(ダンスと傾聴)

 トレーニングはこの5つのキーワードのうち、①Conductingの実践から始まった。まず、2人1組のグループに分かれ、指揮者と演奏者の役割を決める。指揮者は手を上下左右、または前後させる。これはピッチやダイナミクス、テンポなどを身体的に表現している。演奏者はその動作に応答するように演奏を行う。ここで大事なことは指揮の動作にも、演奏にも、正解はないということである。身体表現(ボディーランゲージ)を見たままに、直感的に音を出すことが目的である。

指揮者役の動きに合わせ、iPadで音を出すワーク

 即興演奏に関する学習を行った者は、あるコードが提示された際に、そのハーモニーの中で表現できることを探してしまう。しかし、そのような考えを取り除き、自由に音を出す(即興演奏する)ことが最も重要なのである。

 このようなConductingは、即興演奏の学習経験のない参加者や、楽器の演奏習慣がない参加者でも「演奏に加わる」ことができる。つまり、これが「音楽の中での居場所を作ってあげる」ことであり、インクルーシブの本質的な意味と捉えられる。そしてこれは、③Soloingに応用することが可能である。また、身体表現に合わせて、応答するように楽器を演奏するConductingとは反対に、楽器演奏に合わせての身体表現も試された。これは⑤Dancing + Listeningに通ずるものでもある。

 続いて、②Grooveの実践では、実際にワークショップで取り上げる楽曲を使用して、バッキング[3]の構築を試みた。参加者が演奏に加わりやすくするために、その土台を作り上げることはファシリテーターであるミュージシャンの役割だ。そして、演奏されたGroove(バッキング)上に③Soloingを重ねる。Soloingは先に挙げたConductingの手法を取り入れることにより、即興演奏によるソロを展開していくことが可能となる。これらの組み合わせによって楽曲は構築されていく。

  次に、物語を作り、それに当てはまるように演奏を行う④Wordsも試された。例えば、「朝家を出て、駅に向かう」「電車から見えた景色」などの抽象的な物語を演奏によって表現する手法である。

  これらのようなキーワードを駆使しながら、必ずしも音楽の学習経験者ではない一般参加者が演奏に加わるための素材を作り、提供、および共有することによって、音楽への参加のハードルを下げることがファシリテーターの役割なのである。
  事前トレーニングは2日間行われたが、筆者含め、その場にいたすべての関係者が、当日になるまでどのような演奏が行われるのか、全く想像が出来ない状態であった。

ワークショップ当日

 晴天に恵まれたワークショップ当日、約30名の参加者たちは、バイオリン、フルート、鍵盤ハーモニカ、尺八、オタマトーン[4]など、それぞれ思い思いの楽器を持参した。ファシリテーターたちは参加者の緊張をほぐすために、デモンストレーションとして当日演奏予定の楽曲を披露しながら参加者たちを迎え入れた。

ウェルカム演奏

   ワークショップの冒頭、ベン氏は「我慢をしないこと」「走らないこと」「ヘルプが必要な時は、近くのスタッフに声をかけること」など、参加に関する留意事項を共有した。また、聴覚過敏の参加者に対しては、音量が大きいと感じた時は耳を塞いで合図するようにと伝えた。ワークショップの開始前に、このようにアナウンスすることは、参加者の心理的な負担を軽減するためにとても重要であると考えられる。

ベン・セラーズ氏

  続いて、ベン氏から今回ライブで演奏する楽曲が紹介された。Billy Strayhorn〈Take the 'A' Train〉、Tito Puente〈Oye Como Va〉、Ali Farka Toure〈Ai Du〉の3曲である。楽曲の持つバックグラウンドや、作曲された年代など、演奏に関係のありそうな情報を丁寧に説明していたことが印象的であった。

  前半は、ファシリテーター1人に対して5名程度のグループを作り、6つのグループに分かれた。楽器経験の有無や、年齢、障がいの有無などを踏まえ、事前にグループ分けを行った。それぞれのファシリテーターはグループ内の参加者が、どのように取り組めば無理なく演奏に参加することができるのか、トレーニングで学んだ5つのキーワードを実践しながら探っていた。

小さなグループでのワーク

  その後、ファシリテーター2人に対して10名程度の3グループに組みなおされ、それぞれのグループに1曲ずつ演奏楽曲が与えられた。ファシリテーターと参加者たちは楽曲をどのように演奏し、音楽を構築するかを考えていく。〈Take the 'A' Train〉を担当するグループでは参加者の1人から、「列車が走っていく様子を音で表現するのはどうだろうか」という提案が出た。これは④Wordsの手法であり、グループ内でどのように表現するか話し合いが行われ、電車が加速していく様子をテンポの変化によって表現したり、線路を走る音、汽笛の音などを声や打楽器などで表現したりしていた。

大グループでのワーク

  ワークショップ後半は、すべてのグループを1つにまとめ、全員で3曲を合奏した。はじめに、楽曲を各セクションに分解して構成を決めていく。例えば、〈Oye Como Va〉では、大きく4つのセクションに楽曲を大まかに分解した。

①  楽曲の軸となるリズムパターン
②  全体でのコーラス
③  ソロ演奏
④  セクション転換時のキメ

 ①は、楽曲の基本のバッキングパターンをファシリテーターが構築する。そして、その土台の上に参加者たちが打楽器などのリズムを重ねていく。②は①と同じパターンではあるが、あらかじめ決めておいた「出かけよう、共に音楽の旅」というフレーズを全員で合唱する。③は①の基本パターン上でソロ演奏を即興で行う。そして、それぞれのセクションを転換させるために、④のセクション転換時のキメ、を演奏する。

最後は全員で

 これらは、ベン氏の指揮によって進行していき、セクションへの移り変わりはハンドサインを提示することによって即興的に展開していく。例えば、①から④へ移る際には、拍子に合わせて指でカウントダウンを行い次のセクションへ転換する、といった内容である。3曲ともに通しのリハーサルが行われ、小休憩を取ったのち、ライブ本番の舞台である川崎ルフロンへ移動を開始した。

本番のステージ

川崎ルフロンのイベントスペースで演奏が行われた

 ライブ会場は川崎ルフロン1階のオープンスペースに用意された特設ステージである。演奏が会場全体に行き渡るようにPA[5]が用意された。ライブはファシリテーターのミュージシャン6名による演奏から始まった。この日のために用意された特別なプログラムによって会場は盛り上がりを見せた。そして、いよいよワークショップ参加者たちの出番となった。

  言うまでもなく、本番は素晴らしいパフォーマンスであった。参加者全員が音楽の中で、それぞれの居場所を見つけて演奏を行なっていたことを筆者は鮮明に記憶している。

   パフォーマンス中、特に印象的だったのは参加者たちが指揮を行うベン氏を注視していたことである。それぞれが表現できる最大限のアウトプットを試みる中で、大人数で音楽を構築するためには、最低限のルールを共有することが必要であると、全員が感じ取っていたように見えた。これはベン氏から共有されたものではなく、参加者がワークショップで得た気付きなのではないだろうか。それが自然に実践されていたことに筆者は驚いた。

 ライブ後、筆者が行ったリスナーへのインタビューでは次のような声を聞くことができた。

「いろんな方が即興で演奏をしていることが面白かった。ノリがいい曲を始めにやってくれたので、気持ちが一つになった感じがした。全体的にとてもよかった」

「人前での演奏に不慣れな人はパフォーマンスを出しきることは難しいけれど、指揮によってそれが引き出されていて、最後には自分の力を出し切り、自分が楽しめる形で感情を表に出したのはすごいと思う。いろんな人が集まって、それぞれのパフォーマンスを出せたことはすごいことだ」

また、参加者からは、次のような感想を聞くことができた。

「年齢差や、音楽経験の年数などに関係なく、子どもや初心者などと一緒に演奏する機会はほとんどないので、それが楽しかった。ベンさんが全体をまとめ上げていたことに衝撃を受けた」

「みんなで音楽を作るのが楽しかった。一人だと思い付かないことも、みんなで演奏すれば新しいメロディーが思いついた」

「参加前は決められたところだけを手拍子をする程度だと思っていたが、たくさん演奏して、3曲も作り上げることになるとは思っていなかった」

「ベンさんのみんなを引っ張る力があってのものだと感じた。音楽は自由にやっていいのだと再認識した」

そして、バンドを引っ張っていたファシリテーターの福本氏は、パフォーマンス直後に次のように話していた。

「このようなイベントは初の試みであったので、不安が大きかったが、想像よりもすごいものが出来上がった。このライブはみんなで楽しむことがテーマだったので、それは達成できた。何度か機会を重ねれば、ファシリテーターの技量も上がっていくと思う」

終演後、福本純也氏と参加者

振り返り

 ライブの数日後、ベン氏とファシリテーターはワークショップの振り返りを行った。冒頭、当日の時系列が記された横に長い紙が用意され、ファシリテーターたちは縦軸を感情の変化に見立て、線を書き入れていく。ワークショップが開始された直後は、不安もあったせいか、全員のテンションは低い位置に推移していた。しかし、時間の経過とともに完成形が見えてくると、それぞれの感情も高まっていった。そして、ライブの本番直前から終演までは、全員のボルテージが最大値に達していた。このように、1枚の紙に、一人ひとりが1本の線を書き入れ、各々の感情の変化を見えるようにすることは、言語によるフィードバックとは対照的に、感覚的な共有を行うことができる。

タイムラインに視覚的に表された感情の変化

 その後、ファシリテーターたちはそれぞれワークショップで感じたことを共有した。以下、抜粋して記載する。

・グループを技量で分ける可能性もあったかもしれない。
・途中でグループの組み合わせを変えることを試したかった。
・子供は全体的にテンションが高めだった。クールダウンの時間として、意図的に休憩を与える必要があったかもしれない。
・「音楽をまとめなければいけない」、という意識を持ってしまったが、参加者が持っている音楽の枠に囚われないように、それを外してあげることを考えればよかった。
・「どうやったらいいか」、という問いに対して、安易に答えを与えてしまった。「自由に演奏すること」を一緒に考えてあげることが必要であった。
・ファシリテーター自身が持っている音楽の枠を外すことができたら、よりよいものになったかもしれない。
・ファシリテーターの補助者がいたらよかった。

振り返りではさまざまな意見が飛び交った

 特に印象的であったことは、形式的な音楽の枠組みを取り払うことの難しさを、全員が共通して感じていたことである。専門的に音楽を学んできた故の難しさであると考えられる。当たり前のように日常的に演奏を繰り返していると、楽器を演奏しない人たちが、音楽に参加するためにはどのようなケアが必要か、それを想像することはとても難しいようである。その解決策の一つとして、ファシリテーターと参加者の中間に位置するような補助者を設定することも、検討の余地がありそうだ。

 最後にベン氏は「全体を通して時間が足りなかったかもしれないが、与えられた時間内では完璧であった。ファシリテーター全員が楽しんでいたその雰囲気が、参加者に伝わっていた。本来ファシリテーターは数ヶ月をかけてトレーニングを行い、場数を踏んで学んでいくことが必要である。今回、6時間というわずかなトレーニング期間で行ったのは、参加者に近い立場で加わってもらい、その観点から携わってほしいという意図があった。演奏は奇跡のような完成度であり、達成度合いも高かった。私が提案したモデルを皆さんが信頼してくれてよかった。ぜひ今後の活動に活かしてほしい。」と語った。

ソーシャル・インクルージョンの広がりへの期待

 ソーシャル・インクルージョンへの取り組みは、「東京のはら表現部」のインクルーシブダンス[6]の事例が挙げられるが、本ワークショップのような音楽関連の事例については、他に類を見ない取り組みである。今後はソーシャル・インクルージョンへの取り組みについて、音楽関連の事業を広げていくこと、それに関連したファシリテーターの育成や音楽家の再教育、および学習機会の創出も必要であると考えられる。また、これらのような活動を、社会へ認知させていくことも課題の一つとして挙げられる。

 川崎市は平成28(2016)年7月に都市のブランドメッセージを発表した。そのメッセージには、「多様性を認め合い、つながり合うことで、新しい魅力や価値を生み出すことができるまちをめざしていく」という意味が込められているという[7]。川崎市を中心に、このような取り組みが各地に広がることを期待する。

Text by 小林篤茂(一般社団法人Jazz Arts Ensemble of Tokyo代表理事)
Photo by Taku Watanabe、かわさきジャズ事務局


注:
[1] 「排除のない/包摂的な」という意味。「ソーシャル・インクルージョン」(社会的包摂)を由来とする。

[2] 英国を拠点とするアート団体。障害のある人が障害のない人と同じだけ音楽に関わる機会を得られるよう、 長年にわたり、アクセシブル・ミュージック・テクノロジー(障害のあるなしに関わらずすべての人の利用しやすさ、音楽活動のしやすさを実現させるテクノロジー)の開発や音楽家のトレーニングプログラムの提供などを手がけている。

[3] ソロを演奏するための伴奏、リズムパターン。

[4] 明和電機が開発した音符の形をした電子楽器。

[5] マイクやスピーカーによって、音声を拡散する装置、その一式。

[6] 会場全体に光あふれる野原が広がった!「東京のはら表現部 オープンのはら season1」〈東京芸術劇場〉https://www.rekibun.or.jp/art/reports/20200317-22306/ (2022年11月25日最終閲覧)

[7] 川崎市ブランドメッセージ「Colors,Future! いろいろって、未来。」https://www.city.kawasaki.jp/170/page/0000078324.html (2022年11月25日最終閲覧)

『かわさきジャズ2022 FUTURE BRIDGE レクチャー&ワークショップ』https://www.kawasakijazz.jp/future/kbo.php(2022年11月25日最終閲覧)


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