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【第2話】応援者現る! 『彼方なる南十字星』

日本の高度成長期。自作ヨットを操り、命がけで太平洋を渡り、南十字星を見に行った3人の若者の実話にもとづく冒険物語。***


”夢”の誕生からおよそ半世紀。

今思い出しても、不思議な出来事だった。運命の歯車というものがあるとすれば、その瞬間から動き出したのだろうと思う。

僕たちの会話はいつの間にか、お金を稼いでヨットを作り、南太平洋を目指すというベクトルに向いていた。

僕たちの夢のはじまりに拍車をかけたのが、あのあと僕が言った一言「南十字星を見に行こう!」という、僕独特の勢いに任せた無責任な言葉だった。だけど僕自身は至って真剣だった。
ヨットを作るためにお金がかかる…この途方もない難題を解決するため、僕たちはしばし黙り込んだ。

黙り込んだが、誰一人としてその夢を打ち砕く様な発言をする気配は微塵もない。
会話の口火を切ったのは、正雄だ。
「新聞の夕刊に、何でも相談室っていうコーナーがあるよ。」

その発言に建設的に重ねてきたのは、仲間の行動にいつも無責任に火をつけてくれる裕太だった。
「じゃあ、そのコーナーでアルバイト先を探してもらおう。」

この意見には、皆が賛成だった。では、誰が新聞社に電話するか…。
ジャンケンの結果、翔一がその任務をまっとうすることになった。さすがに冷静沈着な翔一も、新聞社にいきなり電話をかけることに緊張したらしく、受話器を持つ手が微妙に震えているのを僕は身逃さなかった。声は冷静なのに、手が微妙に震えているギャップに思わず僕は、ニヤついてしまった。

翔一の話では、応対してくれた新聞記者はすこぶる興味を持ってくれたらしい。
「その話、もう少し聞かせてくれないか?」。

どうやらアルバイト先を探してくれるために、記事掲載をお願いするところが、記者は”僕たちの夢”の方に興味を持ったらしい。数日後、僕たちは新聞社に取材を受けることになる。

新聞社にかけた電話を切ってからも大変だった。

僕たちは、すっかり英雄や海賊にでもなった様な、凄まじいまでの高揚感に満たされていたのだ。新聞に載るんだという、喜びしかなかった。

「俺たちは有名人になるかもな!」
そんな根拠のない高揚感は、4人の高校生の胸の高まりを無限大にしていった。

4人は大騒ぎで世界地図を広げ、航海のコースや日程を、これまた全く根拠がなく取り決めた。若さゆえのオプティミズムだ。そのオプティミズムは時として、物凄いエネルギーを生み出すことを僕はこれから思い知ることになる。

数日後、僕たちは意気揚々とそして颯爽と新聞社に乗り込んだのだった。

熊本の新聞社、熊本日月新聞。応対してくれた新聞記者は、遠藤と名乗った。
「とても面白いけど、壮大な夢だよね。」

名刺をもらい、遠藤記者は言った。おそらく、彼の中では、たわいもない高校生の夢で、実現することはないだろうという思いだったに違いない。
そりゃそうだ。具体的な計画など全くなく、太平洋上の何となくの航路を描いただけの地図しかなかったのだから。

しかし、僕たちはこれから遠藤記者に、大いにお世話になることをこの時点では知る由もない。彼はとても人当たりの良い新聞記者だった。仰々しい取材を想像していた僕たちは、狭いミーティングルームでの簡単な取材に、少々拍子抜けした。

遠藤記者は、僕たちの計画に大いに興味を持ってくれたようだった。熊本の新聞社は、よほど暇なのかな?などと僕は勝手に想像したが、あながち外れていないようにも思えた。

遠藤記者は、オロナミンCを出してくれて、取材が始まった。
計画を思いついたきっかけや、場所、航海の予定コース…。そして計画実行までの課題と克服するための手段など。ざっと1時間程度の取材だったと思う。

帰り際、遠藤記者は「夢の実現を応援させてもらうよ。」と言ってくれた。

〜第2話 「応援者現る!」完  次回「出逢い・恩師」

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