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【第4話】Dolphin号 『彼方なる南十字星』

日本の高度成長期。自作ヨットを操り、命がけで太平洋を渡り、南十字星を見に行った3人の若者の実話にもとづく冒険物語。***


僕たちを乗せた城田先生のベンツは、一路八代市の大島に向かった。

大島への道中、城田先生は僕たちの記事を読んで、とても感銘を受けたこと、冒険心あふれる若者を応援したいといった想いを熱くお話ししてくださった。
「これから、若い人が夢をどんどん叶えるような世の中になっていくよ。人偏に夢と書いて儚いと読むよね。確かに夢は儚いものだ。諦めたら脆くも崩れ去る。だけど、夢は本来叶えるものなんだよ。」

この時の話も、僕ははっきりと思い出せる。

後年、僕は小さな会社を経営し、またNPOとして引きこもりの少年を応援する活動をしていくのだが、この時城田先生から話していただいた熱い想いが原風景となっていることは間違いない。

城田先生は、自分のヨットを小さな入江に浮かべていて、僕たちはテンダーと呼ぶ小さなボートでヨットに乗り込んだ。
城田先生のヨットは白を基調にしたカラーで、青い2本のラインを横に走らせてあり、船首に「Dolphin」と書かれていた。

5m JOGという合板製で、かの有名な堀江謙一さんが太平洋を横断したマーメイド号より少し小さめのヨットだった。
堀江謙一さん…9年前に世界初の小型ヨット「マーメイド号」で単独無寄港太平洋横断を成し遂げたレジェンドだ。当時は、ヨットに関して全くの無知だった僕たちでも知っている冒険家だ。

城田先生のヨット5m JOGは、堀江さんがセンセーショナルに太平洋単独横断を成し遂げた直後に、鹿島郁夫さんが単独太平洋横断を成功させた「コラーサ号」と同じ型で、小さいながらも実績のあるヨットだった。

もちろん、こんな話はのちに知った情報だが、この時は初めてみる本物のキャビン付きヨットに、僕たちはとても感激した。

「キャビンに入ってみるかい?」城田先生はヨットのキャビンに案内してくれた。
初めて見たキャビンの中の風景。中央に60cm四方ほどのテーブル。それを囲むように小さなソファチェアが3つある。テーブルは取り外し式で、ソファチェアをもう一つ取り付けることができる。

小さいながらもキッチンがあり、簡単な料理なら十分に可能だ。トイレも設置されていて、無駄なスペースが全くないと言ってもいい。
ライフジャケットやロープ、各種備品などもきれいに整頓されていて、城田先生の几帳面で穏やかな性格がキャビン内に表現されている感覚に陥った。


その日の天候はとても穏やかで、夏の暑さも幾分か緩んでいた。いや、海上ゆえの涼しさがそうさせていたのか。

風もほとんどなく、いわゆる凪だった。

僕たちは期待通り、船上で音羽家の特上弁当に舌鼓をうった。果たして特上弁当の上に、ヨットの上とそこから眺める海の風景という最高の味付けが、僕たちの感情を高まらせる。

城田先生がおもむろにキャビンに入り、ドリップでコーヒーを入れてくださった。
「海の上でのコーヒーは最高だぞ。」城田先生は、そう言いながら僕たちに一人ずつコーヒーカップを手渡してくださった。

その何とも言えない所作が、柔らかく丁寧で大人の男のカッコよさが滲み出ていたことを僕ははっきりと思い出すことができる。
高校生ながら海の上で味わう特上弁当とドリップコーヒーの味は、50年経った今でもはっきりと思い出されるのだ。

いつか僕も、城田先生のようなかっこいいヨットマンになるのだ。

海の上というシチュエーションとヨット。そして、それを操舵する城田先生のカッコよさ。海の青さと、真っ青な空に所々に浮かんだちぎれ雲。

はるか彼方に見える、八代海の島々。凪のなかで、ドルフィン号はゆっくりと進む。僕たちは、何かを話すこともなく、話さなくてもお互いの心が分かり合えるような、何とも言えない心地よさを感じていた。

3人を見ると、みんな目を閉じて心地良さそうに、波の匂いと音に取り憑かれている。

城田先生が、舵を取りながら僕を見て微笑んでくれた。

時々船首が波を切り、ザアーッザアーッという心地よい音を奏でる。感動という言葉では簡単に済ませられない。ヨットという乗り物の魅力に取り憑かれるには、十分な時間と体験であった。

〜第4話 「Dolphin号」完  次回「Bon voyage!」

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