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【第31話】大陸見ゆ! 『彼方なる南十字星』

日本の高度成長期。自作ヨットを操り、命がけで太平洋を渡り、南十字星を見に行った3人の若者の実話にもとづく冒険物語。***


太平洋横断という長い航海も、終盤を迎えていた。

計算では、あと数日でアメリカ大陸をランドフォールするはずだ。

ニアミスした頃と比べるといくぶん気温も上がり、過ごしやすくなった。
いい天気が続いている。

ヨットは、つくづく天候の影響を受けやすい船だと思う。
天候を読み、天候を味方につけて前に進む。

最もいい風が吹いている時の、ヨットセーリング航行は最高の気分を味わえる。

今、太平洋上でその最高の気分を味わっている。これは、ここまで来た我々だけが味わえる特権だと思った。


備蓄している水や食料も、これまできっちりと管理してきた。

これだと、シアトル寄港まで大丈夫そうだ。

水は1人あたり1日1リットルを実直に守って使ってきた。そのため、予備の水が結構余っていることが分かった。

「よーし。船長より提案だ。諸君!髪でも洗おうではないか。」

「それはいい。賛成だ。」

「髪を洗うなんて、何日ぶりだ?」きれい好きの翔一が、一番嬉しそうだ。

もちろん誰も反対しない。

僕たちは出航後40数日、髪も体も洗ってなかった。
不快の限界を越えながらも、何とか耐えてきた。

特に僕は酷かった。
出航時に平川先輩から頭にかけられたシャンパンが乾き、糖分と海水の塩気で髪の毛がヘルメットのようだった。

船の外にいても、髪が風になびくことはなかったのだ。

これまで緯度の高い航路を取り、寒くて海水を浴びることも出来なかった。
そのため、何日も履いた下着をたまに替えていた。

僕たちはデッキで、一斉に余った真水を使い、頭を洗った。
汚れきった髪の毛は、当然一回では泡立たない。そこで2回洗った。

すすいだ時の爽快感は説明し難い。
サラサラサラ。乾いた髪が風になびく。気持ちが良い。最高だ。

3人ともこの日は、最高の気分で眠った。


船が陸地に近づくと、よく鳥を見かけるものだ。ホライズン号の手すりやワイヤーに、鳥が羽を休め、操船していると頻繁に鳥を見るようになっていた。

アメリカ大陸に近づいた証拠だ。いよいよ太平洋横断が成し遂げられる。

僕たちは天測を入念に行い、現在地をできるだけ正確に割り出し、進路を調整していった。

「とりあえず、陸地が見えたら北上するか南下すればいい。」僕は二人に言った。

「今日中に見えるのかな。」翔一は、もどかしそうだ。

「鳥がたくさん飛んでる。間も無くだとは思うんだが…。」船首で見張りをしている裕太も、目を凝らして前方を見ている。

僕たちが持っていた、アメリカ西海岸の海図は少々古いものだった。おそらく最新の海図があるだろうが、今は船にある海図に頼るしかない。

「あと、数十マイルだと思うぞ。」船長として、少しだが安堵感があった。
「今夜あたり、陸地の灯りが見えるかも知れない。」

久しぶりに、緑の陸地を見ることができる。この高揚感は、僕たちのテンションを上げるのに十分だった。

夜の帳が降りた頃、ホライズン号の進行方向に、僅かに灯らしきものが確認できた。

「船かも知れないな。」僕はつぶやき、いきなり喜んだりはしなかった。

しばらく進むと、光はひとつだけでなく、水平にいくつか確認できるようになった。

間違いない。陸地の灯火だ。

「アメリカ大陸だ!」思わず僕は叫んだ。
二人がキャビンから出てきた。

「うおー!」裕太が叫んだ。

「ランドフォール!」3人で叫び、喜びを爆発させる。

「やっとたどり着いた。やっとだ。」翔一が泣いている。

「長かったなあ。」船長として、クルーの二人を労いたかった。

感慨深いのはもちろんだが、かといって浮かれてばかりはいられない。
夜間、知らない陸地に不用意に近づくのは危険だ。座礁の恐れがあるからだ。

僕たちは、この距離を保ちながら北上していくことにした。

あまりの感情の高まりに、寝不足だった。そのため交代で仮眠した。


風もなく、静かな朝を迎えた。仮眠と言えど、僕はなかなか寝付けなかった。
浅い眠りの中まどろみながら、次第に明るくなっていく空をホライズン号の丸い窓から眺めていた。

他の二人もそうだったようだ。やはり興奮状態にあったのだろう。

僕たちは三人揃って、キャビンから出た。

霧の中に、くすんだ緑色の陸地が次第に浮かび上がってくる。

「間違いなくアメリカ大陸だな。」僕は二人に確認するように尋ねた。

「ああ、間違いない。」裕太が言う。翔一は、黙って眺めている。

近くに見えている、陸地というものが、こんなに愛おしいものとは。
日本を出航して、49日だ。

身の毛もよだつ台風の時化。大型船舶とのニアミス。北朝鮮らしき貨物船からの接舷…。

考えれば、ここにたどり着く保証は何もなかったのだ。だが、ようやく着いた。

〜つづく

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