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【第1話】夢、生まれる 『彼方なる南十字星』

日本の高度成長期。自作ヨットを操り、命がけで太平洋を渡り、南十字星を見に行った3人の若者の実話にもとづく冒険物語。***

第1章 ⚓️夢の誕生⚓️


暑い夏だった。僕たちは、いつものように久保裕太の部屋に集まり、たわいもない話で盛り上がっていた。

扇風機の強さをマックスにして、首を振らせる。6畳一間の裕太の部屋は、奴の性格を表しているかのように、雑誌や漫画本が乱雑に散らばる。

アイスキャンデーがあったぞ!裕太の家は、小さな印刷会社を経営していたから、僕たちの仲間の中では裕福な方だった。裕太は、台所に降りていき冷凍庫からアイスキャンデーを4本持ってきた。

3人の口から出る話題といえば、それぞれの高校生活の虚しさや、強要される勉学への愚痴と反抗心、そして女の子の話。
15歳の僕たちには、大人に近づいているというライトなプレッシャーと、将来への不安を仲間との無気力な話で紛らわせるアンニュイな時間が存在するだけだった。

昨年の沖縄返還で沸いた日本列島も、よど号ハイジャック事件が起こった1970年には、GDPが世界第2位と言われた1969年から目を見張るような経済発展を遂げていくことになる。

僕たちは、若さゆえの根拠のない高揚感の中で、同じ境遇の仲間との会話が唯一の楽しみかのように、その日も一緒に暑い夏の一日を共有していたのだった。

僕たち4人は共に高校1年生。同じ中学の卓球部に所属していたが、それぞれが違う熊本市内の私立高校に進学したのだった。

僕は、安藤英希。九州学園高校の1年生だ。
さして勉強が好きなわけでなく、大きな夢を追いかけたいという想いだけが先行するタイプ。

仲間の山口翔一は冷静沈着で4人の中では1番の勉強家。久保裕太は、お調子者で明るくムードメーカーのような存在。田村正雄は、負けん気が強く粘り強く努力する男だ。ただただ仲の良い、そこら中にいる普通の高校生だった。

この夏までは…だ。

ところで僕は、半年前に父を亡くしていた。町医者であった父は、三男坊の僕にとっての誇りであり自慢であり、尊敬すべき存在であった。
僕は父が怒ったところを見たことがない。兄二人は、当時すこぶるヤンチャで、警察沙汰になることがしばしばだった。その二人の兄に対しても、父はいつも否定することなく、慈しんでいたことを後年、兄から聞いた。

僕は特に歳の離れた兄がいる三男坊だったためか、父からは余計可愛がられたように思う。父の笑った顔しか記憶にないのは、現実そうだったのだろうと容易に察しがつく。

安藤先生は、仏のようなお医者さんだった。父の葬式の時にいろいろな方々が口を揃えていた言葉だ。何でも父は、当時生活水準が低い患者が来ても、診療代を請求せずに済ませることを厭わない医者だったらしい。

父の死因は心筋梗塞だった。

その死は本当に急に訪れたという表現がぴったりで、50年経った今でも父が急逝した時のことを思い出すと、夢の中にいるような気分に陥ってしまう。

二人の兄は、開業医の父の後を継承する気はさらさらなく、父の死際にあたり臨終の瞬間、僕は父に「僕が医者になるよ、父さん」と誓ったこと。
そのことが後の僕の人生に対して大きな影響を与えたことは、まだこの時は知る由もなかった。

4人の仲間に共通していたことは、部活動も辞めて、目的目標のないだらだらとした生活をそれなりに楽しもうとする気持ちと、このままでいいのかという自問の交錯だった。

僕はいつもの定位置だった、裕太の勉強机に座っていた。勉強机の上も当然ながら教科書などは全く形跡もない。

ふと、本棚に目をやるとそこには、小さめの地球儀が飾ってある、というより置いてあると言ったほうがいいか。
僕はその地球儀を何気なく手に取り、クルクルと手で回していた。その時、僕の2番目の兄貴の部屋に貼ってあったアイドル歌手の写真と、南洋の椰子の木が生える島々や、きれいな白砂のビーチのポスターを思い出した。

南の島って、綺麗なビーチに白い砂があって青い海にどこまでも広がる空…。きっときれいなんだろうな…。

4人の会話は、いつの間にか途切れていて、手にとった地球儀を回しながら、僕はふと「南太平洋に行きたいなあ。」と呟いた。一瞬の静寂があったと記憶している。

その静寂を破ったのは、無責任が取り柄のようなムードメーカー、裕太だ。冗談とも本気とも取れる声で「行こうか!」とみんなに投げかけるように言った。すると現実派の翔一が、「どうやって?」と問いかけた。すかさず裕太が「船で!」。

僕が「船ならヨットがいいな!」。ここにいる誰もが、ヨットなんか見たことも触ったこともないくせに、僕たちは好き勝手に発言を重ねていく。努力家の正雄が、「ヨットはどうする?」と問いかけると、またもや裕太が「作るか、買わなきゃいけないよね。」と言う。

すかさず翔一が「お金がいるじゃん!」。正雄の「お金はどうする?」という、またもや現実的な発言。僕の「バイトして稼ごう!」という発言で、一通りの会話が終わる。

まるで僕たちは、高校生のうちにこの”夢物語”を現実のものにしてしまおうといった勢いだった。
今思い出すと、誰一人としてネガティブな発言をせず、皆前向きで、若さゆえかの建設的な発想と発言をしていた。

この時が、僕たちの”夢”が誕生した瞬間だった。  

〜 第1話 「夢、生まれる」完  次回「応援者現る!」

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