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第10話『だれかを守る背中』

 目を覚ますと、ボクは天井の木目を見上げていた。
 背中には固い感触。

 ボクはベッド……ではなく、なぜかその脇の床に転がされていた。
 ひとまず疑問も脇に置き、生きていたよろこびを噛みしめる。

「きひっ、きひひっ!」

「うわ、気持ち悪っ」

「っ!?」

 気づかなかった。すぐそばにエルフ少女がいた。
 彼女は自分の腕を抱いて『鳥肌が立った』とジェスチャーしていた。

 寝起き早々、美少女から嫌悪の視線で見られる。
 うん、ご褒美だな!

「人間ってみんな、そんな笑いかたするの? ……ところで、傷はどう?」

「ぇっ、……ぁ」

 本当だ。身体から痛みがほとんど消えている。
 身体中をペタペタと触ってたしかめると、ここも、そこも傷がない。

「ケガなら<キュア>をかけたから、まぁそれなりに治ってるんじゃない? あんたのケガ、見た目よりはずっとダメージが少なかったし」

 それはレベルアップによってHPの上限が増えて、結果的に回復しただけだ。
 でも、よかった。

 幸いにも、エルフ少女は約束を守って助けてくれたようだ。
 それに、まだ彼女の父と対面させられてもいなさそう。

「で? なにか言うことあるでしょ?」

「……?」

「チッ」

 いきなりエルフ少女が舌打ちした。
 そういえば、寝起き以来ずっと機嫌が悪い。

「助けてもらったら『ありがとう』でしょ。あんただって、いい大人じゃないの? 人間って、そんな当たり前のことも親から教えてもらわないの?」

「ぁ、う……ぁっす」

「あ~、もーいいから。今さら遅いし。気持ち悪いからやっぱ黙ってて」

 なぜ、こんなに怒っているのかわからない。
 マナーに厳しいのか、あるいは彼女自身がそう躾けられてきたのか。

 あるいは、これがツンデレなのか?
 間違いなくすでにフラグは立っていたはずだし。

「……」

 とてもそうは思えず、ボクは逃げるようにエルフ少女から視線を外した。
 それで気づく。

 この部屋、四角形をしていない。
 天井を見て木造建築だと思い込んでいたが、ただのソレではなさそう。

 家具も木製ばかりで、窓にはガラスもハマっていない。
 手を伸ばせば庭? に生えている木の枝葉に手が届きそうだ。

 エルフらしいと言えばエルフらしい家、なのだろうか?
 ゲーム時代、わりと偏った遊びかたをしていたせいで、こういう部分はあまり覚えていない。

 ぐるっと視線で室内を一周し……。
 背後に、巨大な影があったことに今さら気づく。

「きひぁぅぼぁひッ!?」

 ビックリして、思わず変な声が出た。
 いつからそこに立っていたのか。テオがそこにいた。

「お、脅かすなよ! クソッ、このクズが!」

 ボクはキレてテオを蹴りつける。
 そのとき「ぷっ」と、一連の様子を見ていたエルフ少女が吹き出した。

「ぷふっ! ダッサ!」

 羞恥でカァっと全身が赤く染まったのがわかった。
 熱いを通り越して、身体中が痒いほどだった。

 気になっている女の子に笑われた。
 なぜか、許せないほどに感情が高まった。

「……ひっぐ、ぇぐっ」

「えっ? なにあんた、マジで泣いてるの!? うわぁ~。人間ってホント意味わからない。けど、見ている分には滑稽でおもしろいかも……ぷふっ」

 笑われた、笑われた、笑われた。
 そう自覚したとき、ボクの中でなにかがプツンと切れた。

(――もういいや・・・・・

 なんだかフラグとか全部どうでもよくなった。
 だいたい、エルフ少女がなにを考えてるのかもよくわからないし。

 決めた。もう、なにもかもムチャクチャにしてやる。
 痛めつけて、傷つけて、犯してやる。

 最後には「ごめんなさい」ボクにすがりつかせてやる。
 そうして、ボクが恥をかいたという事実を消してしまおう。

(見てろよ。だれが”上”か教えてやる!)

 ボクの胸中に暗い笑みが浮かんだ。
 目が合った。エルフ少女の視線はボクを見下していた。

「ふん、なに睨んでるのよ。カンにでもさわった? べつに事実じゃないの」

「……っ」

 ボクはとっさにうつむいた。
 エラそうなことを言ったが、結局まだ目を合わせるほどの勇気もなかった。

 人間、そんな簡単に変われるなら苦労はない。
 ボクだって引きこもりになんてならなかった。

 しかし、そんなどっちつかずな態度がいけなかったのだろうか。
 ぼそりとエルフ少女が呟いた。

「……あんたのその目、むかつく」

「ぇ?」

 エルフ少女が腕を突き出し、宙を握り込んだ。
 そして、キーワードを唱える。

「マジック――<クリエイト・ウェポン>!」

 エルフ少女の手に淡い光に集い、細剣が形成された。
 次の瞬間、少女はそれを振り抜いていた。

(っ!? 死っ……!?)

 細剣がボクを分断した。

 ――かと、思った。

 寸前で、ボクの足が払われた。
 ガクンとバランスを崩し、後ろへ転んでいた。

 刃がボクの目と鼻の先、すぐ真上を通過した。
 ビュッ! という風圧が一拍遅れて、ボクの額を叩いた。

「……ぁ、ぁ」

 パクパクと口を開閉させるも、悲鳴すら出ない。
 エルフ少女は「フンっ」と鼻を鳴らした。

「さすがはテオオザル、身体能力だけはムダに高いわ。いい反応。それにペットって忠実なのね?」

 え? テオオザル?
 そうか。今、助けてくれたのはテオか。

 エルフ少女は再び剣を構えた。
 テオがボクを背に庇うように立ちふさがった。

「……」

 ボクはテオの背中を見上げていた。
 この行動は、ボクがテイマーだから、命令していたからだ。

 そんなことはわかっている。
 けれど……。

(だれかに守ってもらえるなんて、いつ振りだろう?)

 ボクはすこしだけ動揺した――。



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