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君の包丁を投げたい (800字小説)

1 包丁を投げたい

包丁を投げたい。この数年、そんな妄想に取りつかれていた。

ダーツみたいに?
いや、それだと重くてキレイに飛ばない。
もっと、柄をしっかり握って、思いっ切り投げる。
包丁はクルクル回りながらどこまでも飛んでいく。

だれも見ていない場所で、
だれもいない、動物も鳥もいない場所で、
思いっきり包丁を投げたい。


シロ「やあ、来たね」

クロ「長かった」

シロ「こんな時代が来るなんてね」

クロ「包丁職人に殺されそうだね」


クロはお気に入りの包丁をキレイに磨き上げて持ってきた。
桐の箱を開けると、半透明の白い布が出てくる。
白い布をほどくと、
美しく光る包丁が現れた。

重厚な質感の柄を握り、包丁を取り出す。
そして息を整える。
目標は斜め45度。

助走をとって、5メートルほど走り、
大きく振りかぶって、



投げた。



2 高速まんじゅう

2050年、車は まんじゅうになった。

いや、
すべての車は おまんじゅうのような形になっていた。
光の速さで走っていたら饅頭に変身した、
みたいな話ではない。

機能としては完全に自動車。
しかし その見た目のせいで、
人々は車のことを「おまんじゅう」と呼ぶようになった。

自動車学校は おまんじゅう学校になった。
トヨタ自動車はトヨタおまんじゅうになった。

勘のいい読者は疑問に思ったかもしれない。
「じゃあ、おまんじゅう はどうなったの?」


もうこの世にまんじゅうは存在しない
世界で最後のおまんじゅうは、
激しい戦いの末、
世界を救うために

涙を流しながら家族に別れを告げ
自爆して木っ端微塵になった。


と思われているが実はそうではない。


最後のおまんじゅうが空中で自爆しようとした瞬間、
下方、斜め45度から、
誰かが投げた包丁が回転しながら飛んできて、

最後のおまんじゅうに突き刺さった。
そして包丁は高速回転し、
おまんじゅうを みじん切りにした。
破片がバラバラと落ちていった。


原型をとどめないおまんじゅうは
今も土の下深く眠っている。


その場所には毎年、春になるとネギが生えてくるという。
抜いても抜いても生えてくるという。


もちろん世界は救われていない。

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