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SNSが苦手だというのを掘り下げたらば、

昨日無事にはじめての投稿をしました。今日は自分自身の発信との付き合いについて考えてみました。

私は美術の大学を出ていますが、SNSなどをほぼ全員がやるようになったのは大学を卒業してからで、工芸科は特に、ウェブ上で発信することについて学ぶ機会はほぼありませんでした。今の美大では少しは違うでしょうか。

ものづくりの作家でもほとんどの人がアカウントを持っている。SNS上の付き合いはほんとの付き合いになった。発信する作業にもそれなりの時間をかけていると思うので、ときどき点検することは必要だなあと思います。

私がメインの居場所は、ホームページです。web上での自宅のような感じで、今後もそれは変わることはないと思います。初めてアップしたのは大学卒業後、10年前くらいになると思います。↓ 初期のHPより。

なかなかロックだなと我ながら思います。趣味感があふれていますが、この時はまだ何も売っていません。友達の誕生日やパーティー、大学の研究室に遊びでもっていったケーキを記録としてアップしていました。荒々しいんですが、今見ると過去のこととしては面白いのでまた別の機会に紹介します。

何のソフトも使わずhtmlのソースを打ち込んでアップする原始的な方法は、今考えるととても手間がかかるもので、一日中パソコンの前にいるのはしんどく途中で不安になるものでしたが、形になると思うとわくわくしました。

そして現在のHPより。変わらず雑記の文字でこのような手書きでのスタイルをとっているのは、私なんぞの思っていることはキーボードに文字に置き換えて打ち込むほどでないもの、風景と同じように過ぎていく程の現象だからそのくらいがちょうどいい、私の頭と直結した表現になるはずと思ったからです。この発信は私自身にとっても心地よく、スペース上ダラダラとはかけないので必要な言葉だけになります。また誰の反応もわからないので、SNSのようにでてくる数字に自分が揺さぶられることもない。まさに自宅です。遊びに来たい人は遊びに来てね、と言って待っていられる場所です。

SNSは見てはいたものの、どうも苦手意識があってやり始めるとは全く思っていませんでしたが、出産を控えているときに、赤ちゃん生まれたらもうパソコンなんて触らせてもらえないかもしれない、HPしかプラットホームがないから忘れ去られてしまうではないかと思い、安全対策としてTwitterを2015年に初めてつぶやきました。

その後も、インスタグラムまではやらないとずっと思っていましたが、どうやら今はほとんどの人がやっているようですし、社会勉強のためにと2017年にインスタグラムも始めました。 @kawachingkawachi 

結果、やってよかったです。つながるべき人ともつながったり、そのプラットホーム上で自分自身のことを客観的に見れたり。全部、やりだすのが遅い方ですが、早くやればよかったんですね。

最近合点がいったのはある記事を見ていて、SNSを見ているだけの使い方は心理的にあまりよくないという文を見かけて、私は自分に身に覚えがありました。もちろん閲覧用も楽しいのだけれど。やりだす前に閲覧だけしていた期間が長すぎて、勝手にしり込みしていました。インプットだけしてアウトプットをしていないと、自分が何も進んでいないように思えてもくる。

なのでnoteは、それほどまだ知る前にとりあえず初めてみました。一歩踏み出したら、さっそく、文を書くとはなんと難しいことかと気づきましたが、他の方の文の素晴らしさもより感じられそうですね。

付き合い方は自分に合わせてバランスをとるべしとは思います。双方向でやり取りできることがいいところですが、私はやはりHPで一方的に公開する、という時代がとても長かったために、SNSは毎日いる自宅(HP)から遊びに出かける社交場という位置づけなので、パジャマ一枚では出ていけない、という感じです。少しずつ時代の変化にも沿いつつも、自分なりのインプットとアウトプットのバランスをちょうどよくするためにSNSはログインも毎日はしないので、返信が遅れてしまったりしますが、自分の道具として使うためにルールを決めるだけです。

メディアづきあいを選択できて便利な時代だなあと思います。どんどん変わっていくので、その都度自分の器量に付き合い方を合わせて行くのは必要そうですね。楽しくいられるバランスを探せばいいんだなと思います。

HPにも、遊びに来てくださいね。

http://www.kawachiayaka.com/

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