記録映画で知るオリンピックの意味
こんにちは。交通技術ライターの川辺謙一です。
今日はのテーマは「記録映画で知るオリンピック」です。
最近は2020年大会の行方が話題になっていることもあり、オリンピックに関心を持つ人も多いでしょう。
「そもそも前回の1964年大会はどうだったの?」という疑問を抱く人もいるでしょう。
そんな方々には、1964年大会の記録映画『東京オリンピック』を観ることをお勧めしたいです。この記録映画を観ると、1964年大会の概要だけでなく、近代オリンピックが本来目指していたものがわかるからです。
「なぜ交通のライターがオリンピックの話をするの?」と思う方もいるでしょう。
じつは私、2年前に交通・都市整備の視点で見たオリンピックの本『オリンピックと東京改造ー交通インフラから読み解くー』(光文社新書)を出しているおり、そのときに記録映画を繰り返し観て勉強したことがあるのです。
この記録映画は2時間以上あり、通常版[無料]とリマスター(HD)版[有料]があります。私は、映像が綺麗で、閉会式の日本語実況が入ったリマスター版を観ることをお勧めします。
●通常版[無料]
●リマスター(HD)版[有料]
私が注目したのは、閉会式の映像です。
本来は世界各国から集まった選手たちが、開会式と同じように整列して入場するはず。
ところが閉会式では、互いに打ち解けたためか、国に関係なくバラバラに入り混じって入場したのです。
世界の選手たちが、国・人種・肌の色・性別・言語などの壁を越えて集う姿。
その様子は「平和」そのもの。
「近代オリンピックは、この瞬間を実現するために始まったのではないか?」
私にはそう思えました。
正直いうと、私はオリンピックやスポーツにはあまり関心がありません。そんな私でも、閉会式のシーンを観て思わずウルッと来ました。
当時のオリンピックは、近年のオリンピックとちがい、商業主義に染まっておらず、参加選手のほとんどはアマチュアでした。
だからこそ、「スポーツで世界は一つになる」という本来の理念が守られ、1964年大会の閉会式のような場面が生まれたのでしょう。
では、2020年大会はどうでしょうか?
本来の理念を忘れてはいないでしょうか?
表向きは「アスリートファースト」とか言いながら、テレビ放映権や経済効果が優先される大会になっていないでしょうか?
競技には不向きな真夏に開催しようとした時点で、それらの答えは明らかです。
今回の2020年大会の延期決定を機に、「何のためのオリンピックなのか?」をあらためて考えるべきです。
私は一介のライターにすぎませんが、そのことをお伝えしたいと思い、この記事を書きました。少しでも何かを感じていただけたら幸いです。
記録映画の通常盤(DVD)はこちら。リマスター版よりやや映像が粗いです。
私の本です。東京オリンピックが、交通や都市の整備にどのように影響したかを探りました。
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