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ブランデッドエンターテイメント〜お金を払ってでも見たい広告

カンヌ審査員たちによる、ブランドによるオリジナルコンテンツ配信や体験の提供手法ノウハウ。CMや単なる広告が未だにリーチ獲得の主な手段である一方、オーディエンス側が深くコンテンツに関与することでブランドの根幹となる深層のレベルで響き合える、ブランドコミュニケーションひとつの考え方。

Image: (c) Pereira O'Dell, post on https://www.lbbonline.com
Source: THE ART OF BRANDED ENTERTAINMENT / https://brandedentertainment.jp/

この書籍に出会ったのは確かfacebook上でフォローしているマーケターのどなたかの投稿だったかと記憶している。僕は現在転職を控えており次のブランドのターゲットがかなり幅広い層に変わることと、そこではブランドマネジメントの仕事が中心になるであろうことから、特に映像によるコミュニケーションについて現在のトレンドや手法を学ぶ必要があり、それもあってそのポストが特に注意を惹いたのだろう。

読む前に自分の課題(や仮説)としていて、この本から学びたかった点は以下のようなものだ。結果、ぼんやりとしていた仮説の裏付けや、手法として少なくとも現代のターゲット層に向けたアプローチ手法の一つとして今でも有効であることに確信が持てることとなった(もちろん今の段階では机上のアイディアベースであるため今後実際に施策で実施して検証・上書きしていく必要がある)。既に廃刊となってしまったが「広告批評」で付録でついていたカンヌ受賞作品を繰り返し見返していたような僕にとっては、この本は審査員たちのプロフェッショナリズムと、審査員室に手招きしてその裏側を見させてもらったような、そんな感覚も感じるものとなった。

・ブランドコミュニケーションのマーケティングとプロダクト(リテール)マーケティングをどう両立、または補完、相乗効果を上げることができるか
・映像によるブランドコミュニケーションは(現代の視聴者環境下では)恐らくオリジナルコンテンツによってその世界観やブランドの体験価値を伝えるのが最も効率的なのではないか
・世界観を伝えるためには、広告媒体ではなくブランド自体(YouTube含めた一般的なCMなどはない手法で)が配信するなど、バイアスを排したニュートラルな、またはオーディエンス側に深く没入してもらう関与が必要なのではないか

書籍を読む前に、前述のブランドコミュニケーションの手法として僕の頭にあったのは今からもう20年前にもなる、2001年ごろにBMW Filmsが手がけ、ガイ・リッチーやデヴィッド・フィンチャー、リドリー・スコットなどが監督しクライブ・オーウェンが主演をつとめたシリーズもののショートフィルムだった。長尺(当時としては)の7分弱、インターネット環境での配信(当時はデスクトップPC)が中心で、ブランドメッセージをあからさまに伝えることはなくあくまでコンテンツとして楽しめることにフォーカスし、何よりそのクリエイティブやトーンが素晴らしくクールでがしっかりとBMWのプレゼンスが頭にずっと残り、革新的な事例としていつまでも記憶に残っていた。
BMW Films - The Hire - Ambush  https://youtu.be/GW11Lez4elc

当時から既に20年以上が経ったが、幅広いオーディエンスへのブランドを再度担当することになった今、モバイルでの視聴環境、YouTubeのマスタッチポイント化、Netflixやamazonの配信チャネル、SNSによるコミュニケーションリーチ、カスタマー側とブランドとの価値や体験の共創など、改めて今だからこそブランドによるオリジナルコンテンツでの配信をコミュニケーションの中心に据えるべきなのではという仮説が浮かび、この事例を再度しっかりと研究する必要があると感じたのだ。

書籍は広告賞のカンヌライオンズのブランデッドエンターテイメント部門の審査員たちが共同執筆しているが、この手法を検討するにあたって数々のグランプリ受賞作品を紐解いてたくさんの示唆に富むポイントをまとめてくれている。ここではその中で僕が参考になると感じた要点をいくつか抜き出してまとめておきたいと思う。

・POV (Purpose=目的、Ownership=所有、Vision=ビジョン)戦略

ブランデッドエンターテインメントの手法が効果を発揮するのは、特にそのブランドがターゲットの(見込み)顧客にある程度認知されていて更にその理解を深めたいという目的がある場合だ。事例で取り上げられたものは映像ではなく、期間限定のPop Upで体験型のアトラクション(ホラーハウス)を展開したものだったが、ある程度ブランドに対して親近感を持っているオーディエンスにブランド愛を高め、その体験を通じてブランドの目的を体現してもらう、それがこのPOV戦略だ。
体験型のオフラインコンテンツはこの数年ラグジュアリブランドが美術展や博物館などでの参加型アトラクションなどでも実施しているが、何よりその場と時間、参加者だけの体験、という「限定性」がその後のSNSでのシェアなどを通じ、幅広くリーチにつながる効果もあった。書籍の事例ではPR効果、オリジナルシリーズの映像展開、店舗でのVR展開、グッズ販売など多方面に渡る体験の提供が図られており、逆に言えばそこまでのマルチタッチポイント設計でなければ、キャンペーンやコンテンツは一過性のものとなりビジネスの結果にも結びつかなかったと考えられる。

・全てのブランデッドエンターテイメントの中心にあるのはストーリーテリングである

クリエイティブな方法で観客を楽しませるためのコンテンツ(”広告”)=ブランデッドエンターテイメント、とした時に最も重要なことはストーリーである、というのが何度も様々な審査員たちが繰り返すポイントだ。ブランドの理念・商品・人物・目的、何についてであろうがそのストーリーがターゲットに伝わり、感情的に繋がり、関係性を作れるかどうかが重要になる。逆に単純に楽しいエンターテインメントコンテンツだけがあり、そこにプロダクトが脈絡もなく置かれ、ロゴが出てくるなどのやり方は全く意味をなさないしかえって逆効果である。

ではそのストーリーをどうやって生み出したら良いのか。その中心にあるものは何なのか。書籍ではブランドやその企業が持つ社会や顧客、人々に対しての価値観(または現代社会への危機感)、大切に思って守っていること、今後我々が進んで考えていかなければならないことやそれに対してブランドがどう働きかけられるかの目標など、価値・信念・ものの見方、これこそがそのストーリーの中の根幹に存在していなければならない、としている。
これはブランデッドエンターテイメントに限った話ではなくより普遍的なことでもあるが、ターゲットとのコミュニケーションを考えるに於いて最も大事なスタート地点であろう。ブランドのCause(大義)やPurpose(目的)を再確認(定義)しそれを中心にブランドと交差するストーリーを考え出すことがまずその第一歩になる。

・アイディア・プレイスメント

ストーリーは普遍的かつ観客のインサイトに根ざしたテーマで考えられなければならない。ターゲットを楽しませる、または深く没入させることができるユニークなストーリーが生み出されたのであれば、更にプロダクトやブランドの芯を作品の中に落とし込み、コンテンツの芯に意味を織り込む=アイディア・プレイスメントを考える必要がある。
これは簡単なことではない。ブランドまたは商品がストーリーの中で中心的な役割をどのように果たせるのか、商品や企業がそこに絡んでくる必然性があるのだ。また、注目され、シェアされ、議論されるように作られている必要もある。ブランドに関連していながら時代の精神や文化に踏み込み、意図したターゲット層をはるかに超え、挑戦的な意味でも広く人々の心に響いているストーリーであるからこそスケールアップするポテンシャルを持つのだ。
書籍の中でグランプリ受賞作として挙げられた数々の事例はいずれもこの複雑な方程式を解き、かつ結果としての表現としては非常にシンプルに落とし込まれた優れたアイディア・プレイスメントを行なっていた。仮にブランドや商品名がそのまま表現されていた場合にもそれは必然性を持ってストーリー自体を構成する要素として現れるので、むしろそのブランドや商品のプレゼンスがない方が不自然、もしくはストーリーとして成り立たないというレベルになっているぐらいである。

・そして畳み掛けるコミュニケーションプログラミング

書籍の中では「編集者のように考えろ」とあるが、コンテンツとして配信が始まったら様々な手法でその効果を複合的に高めていく必要がある。作品が更に幅広い層にリーチするため、メディアが紹介するためのビジュアルや補足データを提供し、作品の反応や評価に合わせて追加コンテンツや追加ストーリーを投入したり、文化的な話題や社会情勢、変化する状況に合わせた臨機応変な対応を行う。
コンテンツが議論を生み、ニュースになり、更なる話題を生み(特にストーリーやその根幹、背景により深い素材が用意されている時には)、発見があり会話が生まれる。この流れがコンテンツをひとところにとどまらせずより大きな効果と流れを生むことにつながる。優れた編集者はこれらの流れを予め予測しながら何をいつどう投入していくか、プログラムとして素材やコミュニケーションを準備しているものだ。また、例で挙げたオフラインでのアトラクションコンテンツのように、展開はオフラインからだがそれがオンラインやソーシャル、プロダクトや店舗、他のチャネルやコンテンツへ縦横に展開していく流れなども予めマーケティングキャンペーンとしてプログラムしておく必要がある。

・優れた作品に共通するのはストーリーテリングとクラフト(表現技術)

実際のプロダクションに於いて重要なポイント、特にクリエイティブのディレクションではなくあくまでレビューするブランド側担当者としてのチェックポイントも確認しておきたい。
ストリーテリングでは普遍的かつ心をえぐるようなインサイトをついたテーマ設定、「冒険への出発」〜「障害を克服する冒険」〜「解決と帰還」の3幕構成をアレンジしたプロット、わかりやすく興味深いセントラルクエスチョン(主人公の目的:果たしてその目的は達成されるのか)、共感できる主人公の変化と成長、 伏線とその回収、映像で語るビジュアルストーリーなどのポイント。
クラフトでは、キャスティング、演出、撮影、美術、CG、編集、カラーグレーディング、音楽、SEなどの要素。
これら2つの観点でチェックしていくことはもちろんだが、前提としてクリエイティブとビジネスのチーム全員が、このプロジェクトは視聴者が時間を使う価値がある楽しめるものになっているだろうか、という視点を共有し同じ基準を持つことが大事となる。

書籍の最後のまとめでは審査員長であったPJ・ペレイラによって予算配分やプロジェクトの立て方、タレントやクリエイティブ・プロダクションチームとの具体的なチーム編成などのガイダンスも提供されている。コンテンツとしてはその他にもゲーム、リアリティシリーズ、ドキュメンタリー、VR、スポーツ、eスポーツなどの、ブランデッドエンターテイメントとしてはまだ大きな成功事例が出ていない領域についての示唆なども大変興味深い。

ブランドが制作するオリジナルフィルムや映像というアプローチの手法や戦略、コンテンツ分析などブランデッドエンターテイメント自体については既にこの書籍以外にも、これまでにもたくさんの優れたまとめや考察、ガイドラインなどがWebで発表されているし、このこと自体に新しさはないだろう。むしろ単に視聴するプラットフォームやコンテンツとして、この手法が見られ始めた20年前とは比べ物にならないほど映像コンテンツの視聴可能時間の競争は激化している。
ターゲットの可処分時間や興味の奪い合い、いやむしろその主導権自体がとうの昔にオーディエンス側に移り、またその興味関心も社会課題、人々が根幹に持つ気持ちや生き方などの共通項(それが純粋なエンターテイメントやコメディなどであればより)、本質的な価値観に根ざして心を動かされるものでない限りそのメッセージは見向きもされない。
これからブランドマネジメントの様々な手法に再チャレンジしていく自分にとって、改めてその基本についてそのOSをインストールしてもらったような読後感であったし、またその基本を常に忘れず何度でも繰り返しその原則に立ち返って様々な方向からの施策の検証をしていきたい。


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