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【連載小説】ライトブルー・バード<20>sideマナカ⑤
前回までのお話です↓
そして登場人物の紹介はコチラ↓
今泉マナカ(17) 容姿端麗な女子高生。ファストフード店のカウンタースタッフとしてクソマジメにバイト中。数ヶ月前に退職した先輩スタッフの荒川ヒロキ(21)を今でも想っている。
星名リュウヘイ(17) マナカと同じ学校に通う男子高校生。入学式でマナカに一目惚れし、その勢いで彼女と同じ店でアルバイトを始めた単細胞BOY。勉強は苦手だが素直な性格で、周りからは結構可愛がられている。
小暮サヨコ(?) 2人が働いているファストフード店のチーフマネージャー。仕事をバリバリこなし、マナカやリュウヘイから慕われる存在ではあるが、かなりの毒舌家。シングルマザーで小2の娘がいる。
この店で取り扱っている商品は、バーガー類やポテトだけではなく、『快適な空間』もその一つだということを、今泉マナカはしっかり心得ている。
「ワタシはね、ここを単なる『お金とハンバーガーを交換するお店』にしたくないんだ。マナカにも解ってもらえると嬉しいな」
これはアルバイトを始めた頃、マネージャーの小暮サヨコが自分に言った言葉だ。
「はいっ! サヨコさん、私もそう思います」
周辺に別のファストフード店があるにも関わらず、この店を選んでくれたことに対し、マナカは『ありがとう』の気持ちを込めて接客をしているつもりだ。それは初心者だった昔も、1年以上経って慣れた今も変わりはない。
「いらっしゃいませ!」
そんな姿勢で仕事をするうちに、常連客の何人かは、マナカに会えることを『来店の楽しみの1つ』に加えてくれるようになった。マナカがいないと露骨にがっかりする人もいるくらいだ。
「お店に入って、カウンターにあなたが立っているのを見ると、『あ、今日はラッキーな日だわ』って思うのよ」
おそらくマナカのファン第1号であろう老婦人から、この言葉を告げられた時は嬉しくて泣きそうになってしまった。
カウンター業務の楽しさを教えてくれたのは、こちらの老婦人を始めとする多くのお客様たちだ…とマナカは常々思っている。将来の夢に再挑戦するきっかけを与えてくれた彼らには、感謝の気持ちでいっぱいだ。
しかし…、
中には『困ったお客様』も存在する…という残念な現実があり、さすがのマナカもそれを否定することはできない。
何故なら今、彼女の目の前には、それに該当する人物がどや顔で立っているのだから…。
「やあ、今泉さん」
「い、いらっしゃいませ」
無理矢理目を細めて口角を上げるマナカ。通常の自分であれば、スマイルは自然に完成させられるのに、この若い男性客を前にすると、彼女の全表情筋がストライキを起こそうとする。
「俺が今から頼もうとしているモノ…なんだと思う?」
「は、はぁ…?」
分からないフリをするか、わざと間違えるかの2ルートの回答がマナカの頭をよぎったが、それはそれであとが面倒なので、「…辛口チキンバーガーセット…でしょうか?」と、やや低めのテンションで答えた。
「当たり! じゃあサイドメニューとドリンクは?」
「…ポテトとアイスコーヒー…でしたっけ?」
「それも当たり! さすが今泉さんだね」
「はぁ」
仕事ぶりを誉められても、全く嬉しいと思わないマナカ…。
これは毎回毎回、爪痕を残すような会話を強いられ、毎回毎回、同じメニューをオーダーされたことで、強制的ににインプットされてしまった結果なのだ。
「そこまで俺のコト覚えてくれているんなら、そろそろ『特別扱い』して欲しいんだけど?」
いい加減にしてほしい。
「申し訳ありません。私はどのお客様に対しても『特別な気持ち』で接客しておりますので」
「ふーん、ところでさ、今泉さんはクリスマスは予定は決まっているの?」
「それは業務中にお答えしかねる質問かと…」
隙を見せてはいけない。
少しでも油断したら、そこから上手く言いくるめられてしまうかもしれないから。マナカは必死に言葉を選び、店員と客の関係をギリギリ保てるラインを探しながら、適切な断り文句を紡ぎ出していた。
「残念! 相変わらず固いネ、今泉さん。おっと…俺、長居しすぎかな?
あんまりレジ前に居座ると『要注意客』に認定されそうだからね。多分…だけど、あの奥にいる『アラサーっぼい美人』に睨まれたらヤバいんじゃない?」
青年はそう言って、厨房にいるサヨコに一瞬だけ視線を向ける。
「………」
その通りだ!
そんな鋭い勘を持っていながら、こちらが迷惑していることに気が付かない『都合の良い思考回路』に対し、マナカはある意味感心してしまう。
「今泉さん、お会計して欲しいんだけど?」
「…は、はい、失礼致しました。辛口チキンバーガーセット、サイドがポテトでお飲み物がアイスコーヒー。お会計550円でございます。……はい、それでは50円のお返しです。ありがとうございました」
マナカは怒りを堪えながらPOSを操作し、丁寧に頭を下げる。
そして青年はトレーに置かれたお釣を受け取ると、「またね」と言ってマナカの前から離れた。
「………」
『校内3大美人』に数えられているほどの容姿を持つマナカなので、男性客からアプローチは過去にも何度かあった。『俺とゴハン食べに行かない?』など、口頭で直接誘われたり、LINEのIDが書かれた紙を手渡されたり…。
しかし断っても断っても、ここまで喰い下がる人物に遭遇したのは、これが初めてだ。
この青年との攻防戦は、約1ヶ月前の『唐突なお願い』から始まった。
「俺、大学で写真部に入っててさ、コンテストに出品する作品を撮りたいんだけど、よかったらモデルになってくれないかな?」
聞いてないのに、名前と大学名など、自分の情報を伝える青年。勿論、マナカはその場ですぐに断り、丁寧な謝罪もした。
しかし懲りない青年は、その後も来店し、週に3~4日の割合でマナカの前に現れるように…。
2ヶ所以上のレジが稼働している時に、自分が『お目当て』のレジへ進めないことが分かると、彼は後ろの客に順番を譲り、なにがなんでも彼女のレジを目指そうとしていた。つまり『写真のモデルに…』という話は、ただの口実にすぎなかったということだ…。
それに気づいたマナカの背筋が寒くなったのは、当然の反応だろう。
ここは自分にとって大切な場所なのに、いつまで続くのだろうか?
マナカは心の中で、思い切りため息をついた。
「今泉さん、何で我慢してんの? サヨコさんに相談しなよ!」
休憩時間が一緒になった星名リュウヘイは、マナカの話を聞き終わると、思い切り口をへの字に曲げた。
同じ年の男子に対して失礼かもしれないが、そんな表情をしたリュウヘイを『可愛いな』と思ってしまったマナカ。
(こんな時になに呑気なことを考えているんだろ?)
一瞬だけ、自分の感情に疑問を覚えたが、きっと『こんな時』だからこそ、リュウヘイに癒されたのだと気がつく。
本当はリュウヘイにも言うつもりはなかった。しかし食欲がない自分を見て、彼はめちゃくちゃ心配してくれたのだから、理由を話さないワケにはいかない。
「うん、…でもサヨコさんは忙しいでしょ? 余計な心配させたくなくて」
確かに現在のサヨコはあらゆる業務に追われていた。3週間前から女性マネージャーの一人が産休に入っているので、そのしわ寄せが、ほぼほぼ彼女に来ている状態と言っていい。
「…だからってさ」
「星名くん、ありがとう。嫌な気分を共感してくれただけで私は嬉しいよ」
「う、うん。…あっ! そうだ!! ねぇ今泉さん」
リュウヘイはポンと手をたたく。
「何?」
「次にソイツに誘われたら、『彼氏がいる』って嘘ついちゃいなよ」
「彼氏?」
「うん、『彼氏がいるから無理です』…これで良くね? だって今泉さんとは事情が違うけど、サトシはそうやってカエデを守っているでしょ? それにソイツは同じ学校じゃないんだから、わざわざ『ウソ彼』を用意する必要ないしさ…」
マナカの仲間であり、リュウヘイの幼なじみである井原サトシは、『自分は山田カエデの彼氏だ』と嘘の公言をして、彼女をイジメから遠ざけている最中だ。
「…そっか」
「やっぱり『守ってくれる彼氏がいる設定』は最強だと思う。…多分、そのぉ『好きな人』がいるって言っただけでは、その自己チュー野郎に効果ないと思うよ。…あ、あ、あくまで『仮に』好きな人がいる場合の話だからね。そう『仮に』…」
リュウヘイが最後の部分を言いにくそうに伝えたのは、マナカの意中の相手である荒川ヒロキの存在と背景を既に知っているからだ。しかしマナカは自分の『片想い事情』が彼にバレているなんて夢にも思っていないので、言葉を深読みすることなく、素直に頷いた。
「星名くんもそうなの?」
「えっ?」
「好きな人に好きな人がいても、好きだったらアプローチする?」
「俺はしない!」
答えが秒で返ってきたことにマナカは驚いた。
「好きな人には好きな人と幸せになって欲しいと思うから。女の子なら特に…」
「そっか…。星名くん、あのね、私だって同じだよ」
「へっ?」
「『好きな人は好きな人と幸せになって欲しい』って…」
「………」
今、マナカの脳裏に浮かんでいるのは荒川ヒロキの姿だ。そんな彼の横には、あの綺麗で知的な彼女もいた。
「やっぱりサヨコさんに相談しよう」とねばるリュウヘイ対し、マナカは「もう大丈夫だから…」と言って笑顔を見せた。
「今泉さん、次に少しでも嫌なことがあったら、絶対に相談しなよ」
「うん、わかった」
リュウヘイに打ち明けたことで、休憩前より気持ちが軽くなっているのが分かる。それに、よく考えたらあの青年は既に来店済みなので、少なくとも今日はもう会うことはない。
(よーし!気持ちを切り替えて頑張ろう!!)
そして慌ただしい土曜日のスナックタイムをマナカは乗り切り、気がつくとアップ時刻の16時になっていた。
(確か星名くんも、16時アップだったよね?)
厨房をサッと見渡したが、リュウヘイの姿を見つけることが出来なかった。きっと店の裏で段ボールの処理をしているのだろう…と思い、マナカは先にスタッフルームへと向かう。
話を聞いてくれたお礼に、ココアでもご馳走するつもりだったが、どうやらリュウヘイは残業になりそうだ。
(また今度にしよう)
「さ、寒っ!」
着替えを終えて、外に出たマナカは予想以上の寒さに身を縮めた。でも今、急ぎ足でバス停に向かえば、予定より1本早いバスに間に合うはず…。
そんなワケで、勢いよく駆け出したマナカ。しかし数秒後、思ってもいなかった人物によって、足止めをくらってしまった。
「今泉さん、仕事お疲れ様」
「…えっ?」
「私服姿も可愛いね」
「………」
目の前に立ち塞がったのは、午前中に客として来店をしていた、あの青年だった。
マナカの顔が強ばる。
「驚かせてゴメンね。でも勤務中だと会話に限界があるから、どうしても店の外で話をしたくて…」
「………」
2人の間からカウンターテーブルが消えたことで恐ろしさが倍増する。まだ16時台なので人通りは多いものの、名前の知らない通行人たちは、マナカにとって『ただの壁』でしかなかった。
「そこのカフェに入らない? 勿論俺がおごるからさ」
マナカは首を横に降る。小刻みなその動きは、まるで震えているようだ。
「用事が…あ、ありますから」
午前中に接客した時のような、毅然とした態度を取ることが出来ない。しどろもどろな口調で断るのがやっとだった。
(助けて! 星名くん!!)
青年のルックスは、客観的に見れば間違いなくイケメンだ。更に偏差値の高い大学にも通っているということで、きっと自分に自信があるのだろう。「じゃあ、いつなら大丈夫?」と、強引に約束を取り付けようとしている所に、マナカはその片鱗を感じる。
「無理です…私…」
「ん?」
「私…、彼氏がいますから!」
リュウヘイに相談しておいてよかった! 彼のいう通り、このタイプに『好きな人がいる』は通用しそうにない。
「彼氏? 『口からでまかせ』じゃなくて?」
「………」
お察しの通り『口からでまかせ』だ。それならば、なぜ自分がそう言われるのかよく考えて欲しい。『本当です』と言いかけたマナカだったが、そこに覆い被さるように、別の声が響いた。
「ソレ本当だからっ! 全く…お兄さんはしつこいな」
それはとても聞き覚えのある声…
(星名くん!?)
驚いたマナカは首を横に向ける。そこにいるのは間違いなく彼だ。さっきまで一緒に働いていたのに、涙が出るほど懐かしい。
「ごめんマナカ、遅くなっちゃって。だからって先に行くなよ」
(えっ? マナカ!?)
突然の名前呼びに驚いたものの、リュウヘイの意図は秒で理解できた。
リュウヘイが『彼氏役』を演じてくれていると…。
だから、自分も『了解』の代わりに、この言葉を返した。
「遅いよリュウヘイ。私、随分待ったんだからね」
「だからごめんって…。サヨコさんに雑用頼まれてたんだよ。…ところでマナカ、この人がそうなの?」
マナカは頷く。
「オマエはちょっと後ろに下がってて…」
リュウヘイはそう言いながら、青年の真っ正面に立った。口を真一文字に結ぶ彼からは、いつもの愛嬌が消えている。
「こういうこと、やめてもらえませんか? コイツは怯えているし、俺は面白くないんで。…いや、彼氏がいようがいまいが、女の子にこの待ち伏せは反則ですよね? 『話せば分かる』って思うかもしれませんが、お兄さん、アンタ、話をする前にめちゃくちゃ相手を脅していますよ」
(本当に…あの星名くんなの?)
目を見張るマナカ。今、自分を守ってくれているリュウヘイは、いつもの彼と全く違う男子に見えた。
「…キミ、本当に彼氏なんだ?」
半信半疑の青年は、値踏みするような目でリュウヘイを見る。そして頭のてっぺんから足の爪先まで視線を動かした後、彼は小さな声で呟いた。
「…ちっけぇ」
「はっ!?」
それに反応したのはマナカの方だった。今度は彼女がリュウヘイを後ろにどかし、青年に食って掛かる。
「いい加減にして下さい!! あなたの方からコチラに踏み込んだんですから、私も言わせてもらいます!! 何なんですか!? 私の都合も考えないでズケズケズケズケズケズケと…。しまいには私の大事な『彼氏』にまでケチつけてっ!!!!」
「…………」
「…………」
『いつもの今泉さんと違う』とびっくりしたリュウヘイ、そして『思っていたのと違う』とがっかりした青年…。
それぞれの理由で、2人は半歩後ずさった。
しかしマナカは止まらない。
「お店に言うなら、勝手にどうぞ!! 私が今、言ったことは絶対に撤回しませんからっ!!」
一気にまくし立てたせいか、少々呼吸が荒くなる。肩で息をするマナカに向かって、青年は「はいはいごめんね」と言った。そして「もう付きまとわないよ」とも…。
青年が去った後、残されたマナカとリュウヘイは、気まずいような恥ずかしいような気持ちでお互いに目を合わせた。
「まさか俺がサトシと同じことをするとは思っていなかったよ」
「ホントだね。ありがとう星名くん」
「いや、最終的にアイツを撃退したのは今泉さんだから」
「で、でも星名くんがいなかったら、あんなこと言う勇気出なかった。星名くんがいたからだよ。星名…くん…が」
マナカの目が潤んでくる。リュウヘイはそれに気づかないフリをして「サヨコさんに報告しようね?」…とだけ言った。
リュウヘイは不思議な男の子だ。いつもは笑顔の可愛い、いい意味でのいじられキャラなのに、ふとした瞬間、どの同級生よりも大人びた顔になる。
今の彼の表情は、まさにそれだ…。
マナカは大きく頷いた。
「バス停まで送るね。またアイツに遭遇するかもしれないし」
「うん」
リュウヘイが2、3歩歩き出したのに、マナカはその場から動こうとしない。
「今泉さん、どうしたの?」
「星名くん、手…繋がない?」
「えっーーーーーーーー!?」
「そのぉ、またアイツに遭遇するかもしれないし…」
「う、うん…そうかもね」
薄暗くなっているのに、リュウヘイの顔が赤くなっているのが分かる。おそらく自分も同じだろう。
マナカが手を差し出す。そしてリュウヘイがその手をそっと摑まえる。彼の手は思っていたよりも大きかった。
「行こうか?」
「…うん」
歩き出した2人。手は繋いでいるものの、リュウヘイは力の強弱を決めかねているのか、手のひらに落ち着きがなくなっている。
「………」
だからマナカからその手を強く握り返した。
『あの時…自分の心はどうしてヒロキではなく、リュウヘイに助けを求めたのだろう…』と思いながら…。
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<20.5>↓に続きます。