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【連載小説】無重力(ライトブルー・バード<12.5>sideユウスケ)

前回までのお話です↓

  そして、土居ユウスケ『過去のやらかし』はコチラとコチラ↓↓

今回の登場人物です↓

土居ユウスケ(21) お調子者&女の子大好き男子。 荒川ヒロキと大学もバイト先も一緒だったが同時期に両方辞めてしまった。

荒川ヒロキ(21)真面目な大学生男子。こちらも『一身上の都合』でファストフード店のバイトを辞めている。ユウスケとはそこまで親しくはない。

星名リュウヘイ(17) 一応主人公。ヒロキの後釜として現在もファストフード店でバイト中。ユウスケに対する印象は『なんか軽そう』。

    土居ユウスケはふとした時に、星名リュウヘイのことを思い出す。

   (あのチビ高校生、クソ生意気なヤツだったな…)

   短くなったタバコを灰皿に押し付けながら苦々しい顔をするユウスケ。

   自分の軽口に対し『気分悪いです!!』と言い放ったリュウヘイの声がまだ耳に残っている。 

    その場のノリで生きているせいか、以前のユウスケならば相手の反応や言動をそこまで気にすることはなかった。それなのにあの時のやりとりが頭をよぎるのは、きっとリュウヘイが『幼なじみ』というワードを口にしたからだろう。

 (幼なじみ…か)

    幼なじみの為にアツくなり、ユウスケに抗議したリュウヘイを憎たらしいと思う反面、ちょっとだけ羨ましい…と思う自分がいる。

「いやいやいやいや…やっぱ羨ましくなんかねーし!!」

   ユウスケは誰もいない部屋で首を思い切り横に振った。

   イライラしてきたのでもう1本…と思い、テーブルの上にあるマイルドセブンに手を伸ばす。

  (ケイのヤツ…元気かな?)

   紫煙をくゆらせながら、ユウスケは自分の幼なじみを思う…。

 (星名ぁ、幼なじみなんてな…どんなに仲が良くたって、ちょっとしたことで疎遠になっちまうんだぞ)

 灰皿の中は吸殻でいっぱいだった。

『ケイ』こと白井ケイイチ。

   彼とは小学3年生からの付き合いだが、クラスが一緒になったばかりの頃は、全くと言っていいほど接点がなかった。

    当時からお調子者でクラスの中心人物だったユウスケと物静かなケイイチ。そんな対照的な2人が近づくきっかけになった出来事をユウスケは今でもしっかりと覚えている。

    あれは小3の5月…

「白井、お前すげぇ!! 絵、上手いじゃん!!」

    自由帳に描いている彼の絵がたまたま目に入ったユウスケは、思わず感嘆の声を上げてしまった。ケイイチはテストでいつも100点を取っているので頭がいいのは知っていたが、絵もこんなに上手いとは!!  

   自由帳の中はドラえもんの『ひみつ道具』の絵でいっぱいだった。タケコプター、どこでもドア、タイムマシン…他にも知らないひみつ道具が小3とは思えないハイレベルな仕上がりで描かれている。

     ケイイチは小動物のように身体をビクッとさせ、自分の横に立っているユウスケを見上げた。

「土居くん…? あ、ありがとう…誉めてくれて」

   ユウスケの半分以下の音量で、はにかみながら答えるケイイチ…。

 「白井は漫画家でも目指してんのか? あ、それとも画家か?」

   その質問に対し、ケイイチは秒で首を横に振る。

「…作りたい…んだ」

「は?」

「大人になったら、ドラえもんの道具を作りたい…科学者になって。…もちろん『本物』を…」

「本物!?」

「土居くん知ってる?  昔のひみつ道具には『糸なし糸でんわ』ってのがあったんだよ」

   控えめながらも自分の意志をしっかりと伝えるケイイチに、ユウスケは興味を持ち始めた。

  (俺、コイツと友達になりたい!!)

 「うん、白井なら…なんか出来そうな気がするよ。上手く言えねーけど」

   ユウスケはニッコリと笑った。

    ケイイチと仲良くなりたいユウスケ少年はその後もちょくちょく彼に絡んでいた。しかしケイイチはなかなか自分との距離を縮めてくれず…。

  (なんか近所の野良猫みてーなヤツだな。もしかして俺、普段うるせーから警戒されてる?)

   こんなこと言うと自慢になってしまうが、コミュニケーション能力に長けている自分と友達になりたいヤツは山ほどいる…と思っていた。

  それなのに…

(そうだ!!  白井の好きな『ドラえもん』があれば話題が出来る)

   その晩、ユウスケは仕事から帰ってきた母親に『ドラえもんのDVDを買って欲しい』とせがんだ。

 それぞれが重要なポストで働いている両親は、ユウスケの世話を母方の祖母に任せきりだった。『小さいころに寂しい思いをさせたかも』…という後ろめたさからか、彼らは息子に甘いところがあり、それは21歳になった今でも変わっていない。

   母親は一気に 10枚のDVDを注文。届いた次の日、ユウスケはケイイチを家に誘った。

「なあ白井、俺んちにドラえもんの映画DVDあるんだけど観にこないか?」

 そして…

  (や、やべぇ。ドラえもんの映画ってこんないい話だったんだ)

   自分の部屋でケイイチと『のび太の恐竜』を観たユウスケは涙腺崩壊一歩手前の状態だ。

   そしてとうとう頬が涙の感覚をキャッチしてしまった。

 (マズイ!! 白井に泣くとこ見られたくない)

   ケイイチにバレないように、そーっとティッシュペーパーを手繰り寄せたユウスケだったが…

「…土居くん」

「えっ?」

「…感動して泣くのは、心にも身体にもいいって本に書いてあったよ」

「………」

   メガネのレンズを通したケイイチの目にも涙が溢れかけている。その後の2人は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら、無事に(?)感動のエンディングを迎えた。

  ドラえもんを通じて距離が近づいた2人は、校内校外問わずいつも一緒に行動するようになった。

「ユウくん、今度はウチに遊びにおいでよ」

   ユウスケはケイイチを『ケイ』と呼び、ケイイチはユウスケを『ユウくん』と呼ぶ。

    ケイイチの家にはドラえもんのDVDはなかったが、本や図鑑が本棚にギッチリ詰まっていた。その中にある『ドラえもん科学漫画シリーズ』が彼の一番の宝物だった。

「スゲー!!」

    ケイイチから漫画を借りて読むうちに、ユウスケも科学に興味を持ち、「俺も科学者目指そうかな…」と口にするようになった。

「うん、一緒に頑張ろうよ。ユウくん!!」

    小学校を卒業し、中学でも付き合いが続いた2人は、その後、同じ公立の進学校へと進み、更に同じ地元の理系大学を第一志望としていた。

 「家から通える所に理想の大学があって良かったよ。ウチはユウくんの所と違って普通の家庭だから、金銭的な問題は切実だからね」

「俺は合格出来るか心配。毎回学年トップのケイとは違って、偏差値ギリギリだからな」

「頑張れよ。僕が協力するからさ」

「あぁ」

   しかし、この大学に入学出来たのはユウスケ一人だった。

   高校3年の春、ケイイチの父親が病気で他界してしまったのだ。

「ユウくん、僕は進学を諦めるよ。就職する」

「ケイ!?  そりゃ家が大変なのは解るよ。でもあの大学はお前の夢だろ? 奨学金でも何でも利用しろよ!!」

   ケイイチは全てを悟ったような顔で、首を横に振る。

「今の僕にとっては奨学金は借金としか思えない」

    ユウスケも学校もそして彼の母親も必死で説得したが、ケイイチの意志が変わることはなかった。

   学校は期待の星だったケイイチを見放し、彼の就職活動に対してそこまで親身になることはなかった。

   (オイオイ、アイツらつい最近までケイを持ち上げていたクセに…。進学校ってのは大学に行かないヤツは『価値ナシ』の判断なのかよ!?)

   学校に…教師たちに不信感を持ち始めたユウスケに追い討ちをかけたのは当時の担任の一言だった。

「お前が白井の分まで頑張れ」

   (はっ!? コイツいいこと言っているつもりなの!?)

「すいませーん。俺が頑張ることでケイに何の恩恵があるんですかぁ!? 具体的に教えてて下さぁーい」

「………」

   担任が一瞬だけ見せた忌々しそうな表情をユウスケはしっかりと見届けた。

   ケイイチは地元の中小企業に事務員として採用された。

「ユウくん…僕の分まで頑張れよ」

「ケイ、俺はその言葉が嫌い…。俺は俺、お前はお前だろ」

「第三者が言うのと、本人とでは全然違うよ。少なくとも僕は本心だから」

「………」

   ケイイチの優しい笑顔がツラい。

    小学校3年生から自分の横にはケイイチがいた。自分はこの笑顔に何度も救われたことか…。それだけじゃなく自分が調子に乗りそうな時は厳しくストップをかけてくれたっけ…。

    一生一緒にいるワケにはいかないが、少なくともあと4年は同じ場所で同じ夢を目指すハズだった。

  ユウスケの目から涙が溢れる。

   この涙は身体中に負の感情を染み渡らせることしかできなかった。

 「…………」

   ケイイチのことを思い出しながらタバコを吸っていると、箱がいくつあっても足りないような気がする。目の前の灰皿には一つの山が出来ていて、新しい吸殻を捨てるスペースはもうどこにもなかった。

    あんなに仲が良かったケイイチとは、1年近く連絡を取っていない。

   最初の頃は『ケイ、元気か?俺、ファストフード店でバイト始めた。女性マネージャーが美人だけど人使い荒すぎ(泣)』『(笑)ユウくんはお金を稼ぐ大変さを解った方がいいよ』なんてLINEをしていたのだが、段々と回数が減っていった。

   やはり大学生と社会人では生活サイクルが違う。

   更に自分に甘いユウスケは、徐々に大学生の『美味しい』部分だけを享受するようになってしまい、連日不規則な生活が当たり前になってしまった。

     そして留年。2年生2度目の夏、彼は大学をやめた。ケイイチにはそれを伝えていない。

   同時期にバイトも辞めた。理由はそこで同じ学科の荒川ヒロキが働いていたからだ。ヒロキは自分の退学に対して何も言わないだろうが、やはり居心地は悪い。

   (多分、荒川は俺のこと好きじゃなかったよな?  ま、アイツは真面目で俺はちゃらんぽらんだから…)

   それを考えると、クソ真面目なケイイチとの付き合いが長く続いたのは奇跡じゃないかととしみじみ思う。

    本当はケイイチに会いたい。

   しかし会いたい気持ちと同じくらい、会いたくない…という気持ちがユウスケの中に存在していた。

   彼が今の自分に幻滅してしまったら、あの頃の大切な思い出にまで傷がついてしまいそうだから…。

  「………」

   ケイイチのことを考え過ぎて、いい加減疲れてしまった頃、ユウスケのスマホからLINEの通知音が鳴った。

「…まさか…ケイ…じゃないよな?」

  おそるおそるスマホの画面を見るユウスケ。

 「『MIHORIN』… えっ…? ミホちゃん!?」

   『ミホ』とは、数ヶ月前に遊び仲間が飲み会に連れてきた女性だ。ルックスもノリもユウスケのドストライクゾーンだったことから、その後も結構な頻度で彼女にアプローチのLINEを送っていた。

《【MIHORIN】ユウスケくん、久しぶり。明日ヒマ? よかったら2人で飲みに行かない?》

「ま、ま、ま、マジ!!??」

  これまで 思うような返事を貰えなかったミホからのお誘いを誰が断るというのか…。

《【YOU-SUKE】ミホちゃん誘ってくれて嬉しいよ!! 嬉しいから俺が奢っちゃう》

   秒で返信するユウスケ。既読マークはすぐにつき、こんなメッセージが返ってきた。

《【MIHORIN】親にはトモダチの家に泊まるって嘘ついちゃおうかなぁ💕》

「よ、よっしゃぁぁぁぁ!!!!」

   さっきまでしんみりとしていた自分はどこへやら…。我ながら軽い人間だな…と苦笑いしてしまう。でも今はミホとのことで頭がいっぱいになってしまい、ユウスケは思わずガッツポーズをしてしまった。

  ファストフード店のバイトを辞めた後、ユウスケは単発のバイトで小遣い稼ぎをしている。しかし所持金だけではミホと遊べそうになかったので、母親から3万円を借りた。返すかどうかは今後の気分次第だ。

   そして待ちに待った翌日

「かんぱーい!!」

   小さな居酒屋の座敷で、ユウスケとミホは生ビールのジョッキを豪快に喉に流しこむ。

「ビールおいしーい💕  でもミホはもう少しオシャレな店が良かったなぁ」

   冷静に考えれば、かなり礼儀知らずな発言だが、ユウスケはミホの綺麗な顔に免じて気にしないことにした。

「ここは焼き鳥がめちゃくちゃ美味しいんだよ。オシャレなお店はこの後ね。俺、静かでいい所知ってるから…」

「わぁ! ミホ楽しみ!!」

 「…で、三次会はもっと静かな所。だってそこには俺とミホちゃんしかいないもんね」

「もぉ! ユウスケくんったらぁ」

   1対1で話をしたことで初めて気がついたのだが、ミホが話題にしていることの半分以上はどうでもいい内容だった。
 更に20歳を過ぎて、自分のことを名前呼びしていることに対し、何故か受け付けることのできない自分がいる。前回会った時は何とも思わなかったのに不思議だ。

   こんなことを口にすれば彼女にぶっ飛ばされるかもしれないが、小学生時代のケイイチと話をしていた方が楽しいのでは?…と思ってしまった。

 (オイオイ…。何で俺はここに来てまでケイのことを考えちゃうの!?)

「ユウスケくん、聞いてる?」

「うん、聞いてるよ」

  ただしミホのような女といると、『ある意味』気は楽ではある。

   そんな時に店の扉が開き、サラリーマン風の男性3人が入ってきた。何気なく出入口の方向に視線を向けていたユウスケだったが、一人の青年を見た瞬間、身体を硬直させてしまう。

  (ケイ!?)

   間違いない。あのメガネの青年は1年ぶりに見るケイイチだ。ユウスケは亀のように肩をすくめ、手のひらで顔を隠す。

「ユウスケくん、どうしたの?」

「な、何でもない」

   ケイイチは自分に気がついていない。しかし、彼らが座った場所はユウスケたちのすぐ側のカウンター席で、位置関係がとんでもないことになってしまった。

 ケイイチの背中がめちゃくちゃ近い…。

   (ま、マジかよ)

   額から変な汗が出そうになる。

   そしてケイイチの上司であろうオッサンの声の大きいことといったら…。店が狭いので嫌でも自分の耳にヤツの声が飛び込んでくる。

 「白井、お前はもう少し気合い入れて仕事しろよ。今月も売り上げ最下位じゃないか」

「…はい、スミマセン」

 (はっ!?)

 上司の言葉がユウスケの心に引っ掛かった。

(ケイは…事務員で採用されていたのに)

   そもそも押しの弱いケイイチの性格では営業など務まるワケがない。聞き違いの可能性が高いと思ったのだが、上司の話を聞く限り、彼の現在のポジションは営業職で間違いなかった。

   上司の叱咤激励は、部下のケイイチの為ではなく、自分がストレス発散したいから…としか思えない内容だ。

「ユウスケく~ん?」

  目の前のミホが怪訝そうな顔をする。一応「あ、ごめん。何でもない」と謝ったが、もう彼女の話など全く聞いていなかった。

「…これだから高卒はダメだな」

「!!??」

   オッサンの一言がユウスケの何かに触れた。自分で自分の顔を見ることは出来ないが、おそらく鬼のような形相だったに違いない。

    その後は上司の大学自慢が延々と続く…。ユウスケはその表情を変えぬままケイイチの後ろ姿を見つめた。

  (…ケイ)

   そんな中、ユウスケは再びリュウヘイのことを思い出した。

  (…オイ星名、あん時は悪かったな。お前の友達と幼なじみをバカにするような発言をして。  俺、今なら解るわ…

   だって今…

   めちゃくちゃ気分悪いからなっ!!!)

  「ユウスケくん?  もぉ!! ユウスケくんったら!!」

   不機嫌になったミホに気がつき我に返る。そして柔らかな笑顔を彼女に向け、そのままユウスケは1万円札をテーブルの上に置いた。

「ミホちゃん、ごめん。今日はここで解散しよ?」

「オッサンうるせーよ。店の広さを考えろ」

    靴を履いたユウスケは、そのまま3人の側に詰め寄り、後ろから上司の肩を掴む。驚くオッサン。そしてそれ以上に驚いたのは隣のケイイチだった。

   1年ぶりの再会…。

   2人の視線が絡まる。

「何だお前?」

「学歴自慢はウチの中でやってくれ! …っつーか、卒業してン十年も経っているのに、そんな話しか出来ねーってことは、アンタ仕事で何の成果も上げてねんじゃね?」

「失礼なヤツだな!!どこのガキだ?」

「その『ガキ』に色々言われている自分は何なんだろうな?  恥ずかしいと思わねーの?  少なくとも聞いてる方は恥ずかしいわ」

「ユウくん、やめろよ!!」

    ケイイチが2人の間に割って入る。上司は『おっ?』という顔を見せた。

「白井の友達か?」

「はい」

「さすが『同類』だな」

   ニヤニヤしたオッサンの顔面に向かって拳を突きだしそうとしたが、行動の先を読んだケイイチに思い切り手首を掴まれる。

「うるせぇ!! 俺はクズだけど、コイツは違う!! お前にケイの何が分かるっつーんだよ!!」

 『ケンカなら外でやって下さい』と言われ、4人は店から締め出された。上司はさっさとその場から立ち去り、その後をもう一人の部下が追いかける…。

  そして ユウスケとケイイチの2人だけが残された。

「ケイ…」

 「ユウくん、まさか僕が『庇ってくれてありがとう』なんて言うと思っていないよね?」

   ケイイチの口調は淡々としている。

 「あぁ…。なあケイ、お前いつから営業に配置転換されたんだ?」

「上からの命令で無理やり営業に回された。時期? …ユウくんが大学をやめたのと同じ頃だよ」

「えっ?」

   ユウスケの顔が熱くなる。「ケイ…知ってたのか?」

 「そうゆう情報は嫌でも入ってくるもんだよ」

「俺のことはどうでもいい…自業自得だから。でもケイ、お前はあんなパワハラ受けながら仕事を続けられるのかよ? もう少し自分を大事にしろっ!」

「今のユウくんに言われたくないよ。『自業自得』を盾にして現実から逃げているクセに!!」

「…ケイ」

「僕に同情しないでくれよ!! 」

「……」

 「僕はユウくんのように、嫌ならすぐ辞められるような環境にいる人間じゃないんだっ!! カッコ悪かろうが何だろうが、こうやって生きていくしかないんだよ!!」

    声を張り上げるケイイチを見たのは、これが初めてだった。コトの重大さを今頃になって気づくユウスケ。そして、その声と共に音を立てて崩れ落ちたのは、2人が小3の頃から作った思い出だった。

   あの後はどうやって家に帰ったのか覚えていない。ただそこまで飲んでいなかったハズなのに、トイレで何度も吐いてしまった。

    ユウスケは充電がゼロになったスマホを放置。そのまま3日ほど部屋に引きこもった。

   スマホを復活させると、数え切れないほどの着信やメッセージが届いていて、その中には『ミホがお前のことめちゃくちゃ怒っていたんだけど、一体何があったんだ?』という友人からのLINEもあった。

  (ハイハイ…俺は酷いヤツですよ)

   ミホとのことに関しては、開き直るしかなかったがケイイチは別だ。いつか会う日があるならば彼に心からの謝罪をしようと思っている。例え許してくれなくても…。

   そして今回のことで、自分は己が思っている以上に甘い人間であることを痛感した。

  だからこそ決めた。

  家を出よう…と。

    ケイイチと会うのはきっと何年も先のことだろう…と思っていたが、1ヶ月後、何と彼の方からLINEが届いた。

「えっ…?」

   画面を見たユウスケは思わず目をこすってしまう。

《【白井ケイイチ】ユウくん、近いうちに会えないかな?》

   そして待ち合わせ当日。 喫茶店で待っていたケイイチの表情は穏やかで、1ヶ月前にあんな別れ方をしたのが嘘のようだった。

「ケイ…この間は…」

 「ユウくん、まずは椅子に座ってよ」

「…うん」

   席に着くとすぐに店員がやってきた。適当にコーヒーを注文した後、ユウスケは目の前の親友に思い切り頭を下げる。

  「ケイ、この間は本当に悪いことをした。ごめん。本当にごめん。謝って済む問題じゃないのは分かっている」

 「ユウくん、もういいよ。やったことは感心できないけど、僕の為にキレたんだし…」

「あの後は大丈夫か? あのオッサンにイビられてねーか?」

「あぁ、会社は辞めたから大丈夫」

「はっ!?」

   想定外のケイイチの答えに、ユウスケの理解力はそのままフリーズしてしまった。

「…で、来年は大学受験に挑戦する」

「えーーーーっ!!??」

   目を白黒させて、魚のように口をパクパクするユウスケを見ながら、ケイイチは話を続ける。

「ウチの母さん、僕の給料に全然手をつけていなかったんだ。この間、通帳渡されて『これで大学に行きなさい』って言われたよ」

「そ、そっか…ケイ…よかったな」

「ストレートに進んでも入学は22歳。卒業は26歳だけどね」

「ケイの脳ミソなら大丈夫だろ。頑張れよ。そのぉ…俺の分まで」

「ユウくん、何それ? その言葉嫌いだったんじゃないの?」

「…本心だからいいだろ?」

「そっか…」

  2人はお互いを見つめて笑顔を交わす。

「…で、ユウくんはどうすんの? このままってワケにはいかないでしょ?」

「今、運送会社でバイトしてるよ。ハードだけど時給はいいから。俺、早く金を貯めて、アパート借りようと思ってんだ。保証人は親に頼むけど、それ以外は一人で頑張りたい。将来についてはこの後で考える」

   アパートは風呂なしだろうがトイレが共同だろうが、どんな所でも構わない。とにかく自分の力だけで生きてみよう。不安は大いにあるが、ワクワクする気持ちがそれを上回っていた。

 「そっか…安心した。そうそう、僕も先週からバイトしているよ。少しでも学費の貯金はしておきたいからね」

「ふーん。どこ?」

「ユウくんの元バイト先」

「えーーーーーーーーーーーーっ!!??」

   ケイイチに関して、これ以上驚くネタはないと思っていたのだが…。

「そこまで驚く?」

「俺が驚かねーと思ったオマエに驚きだわ。あのナチュラルに人を扱き使うマネージャーがいるファストフード店だろ?ケイ… 大丈夫かよ?」

「サヨコさんでしょ?  凄く優しいじゃん。あ、そうそう、僕、サヨコさんから伝言頼まれていたんだ。『寂しくなったらいつでも店に戻ってこい。思う存分扱き使ってやるからね♥️』だってさ」

  「何でなの!?   何で俺だけ扱き使う気満々なの!?」

    思わず顔がひきつってしまう。

「戻る?」

「死んでも戻んねーよ! あっ…そうだケイ」

「何?」

「店の厨房にさ、星名リュウヘイってチビがいるだろ?…アイツにさ…」

『謝っておいて欲しい』と言おうとする前に、ケイイチが満面の笑みで言葉を遮った。

「リュウくん!? うん、よく知ってるよ!! 素直でいい子だよね。彼もドラえもん好きでさ、初日から意気投合しちゃったよ」

「…はっ!?」

   ひきつった顔を更にひきつらせるユウスケ。自分は小3の頃、ケイイチと仲良くなるのに、かなりの時間がかかったというのに…。大人げないことは分かっているが、やはり面白くない。

「で、ユウくん、リュウくんがどうしたの?  …ユウくん?」

「何でもねぇ!! …つーか、あのチビと俺を似たような言い方で呼ぶんじゃねぇ!!」

   コーヒーを飲み干したユウスケは、ムスッとしながらも、今、流れている心地よい空気に、こっそりと身を委ねていた。

   まるで あの頃に戻ったようだ。

   頑張れケイ。

   頑張れ自分。

   どんな困難が待っていても俺は絶対負けない。

   だって俺には…いや、俺たちにはあの思い出があるから…

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