【小説】ピアス記念日(ライトブルー・バード《スピンオフ》)
↓前回までのお話です↓
そして登場人物の紹介はコチラ↓
🌟そんな5人の相関図はコチラ↓
クリスマスシーズンが過ぎてしまったショッピングモール内に再び彩りを与えてくれるのは、お正月ではなくバレンタインデーだと今泉マナカは思っている。
それぞれの店先や催事コーナーに並ぶ、色とりどりのチョコレートギフトたち…。更に少し先の春を意識しているパステルカラー系の商品も徐々に増え始めたことで、館内は優しい華やかさであふれていた。
他の国のバレンタインデー事情は分からないが、この恋のイベントは今の季節と相性がいい。
チョコレートが溶けにくい寒さの中に、新しい春を感じることができる季節だから……。
この時期特有の雰囲気に触れると、何だかワクワクしてくる。
(……だからってチョコレートを渡す男子はいないんだけどね)
手に取ったチョコレートをじ~っと見つめながら、マナカは自虐的な笑みを浮かべた。
「マナカ、そのチョコ可愛いね? 買うの?」
一緒に買い物に来ている親友の平塚メイが、そう言いながらマナカの顔を覗き込んだ。
「え…え~と、どうしようかな~って迷っているトコ」
「マナカらしいチョイスだね、ソレ」
「えっ?」
トリュフが入っているピンク色の丸い缶には可愛い子犬がプリントされていた。
「このワンコ、なんかマナカの家の愛犬に似てるね? でもいくらアンタが『マモル命』だからって、ワンコにチョコあげたらダメだよ」
「あはは……そうだね」
冗談交じりの親友の言葉にマナカはプッと吹き出す。
(私らしい……か)
ワンコのイラストを見ながら、考えていたのは愛犬のことではなかった。
(どちらかといえば、このワンコ、マモルよりも星名くんに似ているんだよね。いや、犬のマモルよりも犬に似ている…っているのも変だけど)
星名リュウヘイ……。
チョコを渡す相手はいないが、渡したいと思う相手はいる。それが彼だ。
けれど、今はまだリュウヘイへの気持ちを『確定』させたワケではない……と自分では思っている。
(友チョコならどうだろう?……でも星名くんには好きな人がいるし、迷惑かな?)
色々と考えてしまう。
とりあえず商品を棚に戻したマナカは、メイと共に他のコーナーへ移動した。
「目移りしちゃうね。それに見ているだけでテンションが上がっちゃうよ。渡す相手はいないけど」
そう言ってメイがペロッと舌を出す。
「本当だよね。渡す相手はいないけど」
2人は顔を見合わせて笑った。
この後もチョコレートを見ながら雑談をしていた2人だったが、何かを目にした拍子に、メイの表情が一瞬だけ曇ってしまった。
すぐ元の彼女に戻ったけれど……。
「…………?」
気がついたマナカは思わずメイの視線の先を辿ってしまう。
(あっ……)
そこにはスポーツモチーフのギフトがたくさん並んでいた。ユニフォームやボールを型どったチョコレートやタオルハンカチなど……。もちろん『バスケ男子』用の商品も豊富に揃っている。
(メイちゃん……)
メイにも『チョコをあげたいと思う男子』はいるのだ。
親友がバスケ部キャプテンの井原サトシを想っていることは、かなり前から知っていた。
しかしマナカは、その件について一度も触れたことはない。親しき仲にも礼儀あり。親友だからといって、恋心を根掘り葉掘り聞いていい権限はない……と思うから。
それに相手が共通の友人であるサトシなら尚更だろう。
サトシにはカノジョがいる。
ただし、カノジョはカノジョでも、実は『偽カノ』。サトシは幼馴染みの山田カエデをイジメから守る為に自ら望んで彼氏役を演じているのだ。ちなみにこの秘密を校内で知っているのは、自分とリュウヘイの2人だけ……。
しかし『偽物カップル』達の距離は、徐々に近づいているのではないか?…とマナカは感じている。元々カエデに片想いしていたサトシと気持ちが揺れつつあるカエデ。だからメイが『2人が実は付き合っていない』という真実を知ったところで、何の慰めにもならない。
メイの切ない気持ちに共感を覚えるマナカ。
「……マナカ」
「えっ?」
「マナカが今、考えていること…何となく分かる気がする」
「えっ!? えっ!?」
(マズイ! 表情に出ちゃったのかな?)
無意識に両頬へと手を当てたマナカに、メイは優しく微笑む。
「知ってたんでしょ?」
最早『井原サトシ』という主語は必要ない。マナカは遠慮がち「うん」と答えた。
「ちょうどいいや。ねぇマナカ、今から一緒に行ってほしいお店があるんだけど…」
「?…う、うん」
マナカはメイに手を引かれ、エスカレーターで上の階へと向かった。
★☆★☆★☆
メイに連れて来られたのは、3階にあるアクセサリーショップだった。
「可愛い!」
たくさんの華やかなアクセサリーを目にして、テンションが上がるマナカ。一方のメイはピアスが陳列されている一角で足を止め、商品1つ1つを指で辿りながら、真剣な目で何かを探していた。
「……あった。よかった、まだ売れてなかったんだ」
そう言って彼女は自分の手のひらにブラックのシンプルなピアスを乗せる。メイの耳にピアスホールはないのだが……。
「…………メイちゃん?」
「マナカ…実は私ね、11月の終わり頃、井原にフラれてたんだ」
「えーーっ!?」
気がつかなかった…と驚き、マナカは目を丸くする。だって11月以降も、メイとサトシの間にギクシャクした空気は存在していなかったハズだから……。
「きっかけは…このピアス。『これ、井原に似合いそう…』って見ていたら、中学時代の同級生にバッタリ会っちゃったんだよね」
「もしかして、メイちゃんのことをずっと無視していた子?」
「当たり。…で、その子が私にマウント取ってきたから頭にきて、対抗心から見栄張って、その結果ヤバいことになって、それから井原の機転で助けられて……。そこで今までの想いが溢れちゃって、口が勝手に『好き』って言っちゃった。へへへ」
「…………」
「フラれたけど、後悔はしていない。だってあの井原がキチンと『ありがとう』って言ってくれたんだよ」
「……そうだったんだね」
サトシは自分に告白してくる女子に対して、基本は塩対応だ。運動神経抜群で長身イケメンな彼は、周りから常に騒がれ続けたことで、ミーハーな女子を毛嫌いするようになってしまった。一度も話したこともないのに告白する神経が信じられないらしい。
そんな彼だが、やはりメイは特別だったようだ。
「それなりに落ち込んだけど、我ながらいい失恋だったと思う。……で、気持ちが落ち着いたら、もう一度この店に来て、『記念』に買おうと思っていたんだよね。……本当は今日買うつもりはなかったんだけど、さっき急に思い立った」
「ねぇ、そのピアス…もしかしたらメイちゃんを待っていたのかもしれないよ。商品が特定の人を待っているような話…どこかで聞いたことがある」
「そうなんだ。だったらその気持ちに応えなくちゃね。…と、いうワケで平塚メイ、ピアス購入しまーす!」
メイは満面の笑みでレジへと向かった。
☆★☆★☆★
「…………」
メイを待っている間、マナカは店内のアクセサリーをゆっくりと眺めていた。
この店でも、春の訪れを思わせるような商品が一番目立つように飾られている。
「やっぱり可愛い」
その中の1つを手に取るマナカ。そして商品を裏返し、ピアスなのかイヤリングなのか確認をする。
「残念、ピアスか……」
マナカもピアスホールをあけていない。
学校はもちろんだがアルバイト先でもピアス装着は禁止だ。食品関係の企業が最も恐れていることの1つは異物混入。どんなに低い可能性だとしても、リスクとして扱うのは至極当然だろう。
「せっかく可愛いモノ見つけたのに…」
こんな感じで気に入った商品をひっくり返すと、イヤリングではなくピアスだったことが多い。今のところは我慢しているマナカだが、学校とアルバイトを卒業したら、すぐにピアスホールをあける予定だ。
「……………」
マナカは自分の手のひらにあるピアスを、そのままじっと見つめていた。イヤリングでないと分かったのに、手放すのが何となく惜しい……。
そのピアスは、ローズクォーツのような光沢を持った三角形パーツを中心に、パールピーズのチェーンが上品に添えられていた。
(これって……似てるよね?)
ピンクの三角形パーツは、マナカに『あるもの』を連想させる。
「マナカ、お待たせ!」
そこにメイが戻ってきた。彼女はショップバッグを大事そうに胸に抱えている。
「せっかくだから、有料ボックスも買ってラッピングしてもらっちゃった。卒業して耳に穴をあけた時に開封しようと思って……」
「あ、いいアイデアだね」
「マナカが持っているソレ…イヤリング? 可愛いね。なんかマナカのバイト先で売っていた三角イチゴパイみたい」
マナカとメイの感想が一致した。
「メイちゃんもそう思う!? ホント…これ、ちっちゃなストロベリークリームパイみたいで可愛いよね……でもこれはイヤリングじゃなくてピアスなんだ」
「そっか…残念」
「でも…私も買っちゃおうかな?」
「よっぽど気に入ったんだね、マナカ」
「……うん」
数ヶ月前、バイト先のファストフード店では、期間限定のストロベリークリームパイを販売していた。
売り上げを伸ばしたい商品がある時は、カウンター担当は『ご一緒に○○はいかがですか?』とお客様に声をかける(サジェストといいます)ように…と指事を受ける。ちなみにマナカのサジェストは、他のスタッフよりも高確率で購入に結びつけていた。
『ご一緒に期間限定のストロベリークリームパイはいかがですか?』
丁度その時期に来店したリュウヘイに、いつもの調子で彼にパイをサジェストしたマナカ……。それに対して彼は想定外の数を口にした。
『10個……10個下さい!!』
あのエピソードは昨日のことのように覚えている。サジェストによって一気に10個も販売したのは、後にも先にもあの一回だけだ。
「…………」
(あー、参ったな。結局何かにつけて、私、星名くんのことを思い出しているよ)
でもこの気持ちに、自分は『恋』という名前をまだ付けたくはない。
だって……
「メイちゃん、私ね……」
ピアスを見つめたまま、マナカは呟くように口を開く。
「ん? なに?」
「……私ね、気になる男の子ができたんだ」
「そうなの!? ……それってずっと前に言っていた大学生とは別の人なんだよね?」
マナカは大きく頷いた。
「でもね、まだ好きかどうか分からない。……っていうか、まだ好きって認めたくない。実はね、彼には好きな人がいるらしいんだ。中学時代の同級生。……好きって認めちゃったら、失恋決定なんだよね。だから、もう少しだけユラユラした気持ちに甘えていたい……っていうか、なんていうか……」
「…………」
気持ちを言霊に代えると、感情が整理できているような気がする。親友の優しい視線に見守られながら、マナカは一生懸命言葉を探し続けた。
「私もこのピアス買うよ。今日の記念に。メイちゃんと同じようにラッピングしてもらって、ピアスホールあけた日に開封する。その時はどんな気持ちで身に付けるのか分からないけど……」
「そっか……。でもマナカ」
「え?」
「私は星名くんの好きな子なんて誰だか知らないから、マナカの恋が成就するように…ってメチャクチャ思っているよ」
「ありがとう、メイちゃ……ん?……って、ええええっっ!?」
うっかりスルーしてしまいそうだったが、メイの口からリュウヘイの名前が出たことで、マナカは思わず声を上げてしまった。メイはメイで「あ……やばっ」と言いながら口を押さえる。
「ご、ごめんマナカ。マナカは私と井原のこと黙って見守ってくれていたのに…。だから私も同じように気付かないフリをしていようって決めてたの」
「メイちゃん、なんで分かったの!?」
「いやぁ、何となく分かってた。星名くんと廊下でバッタリ会った時のマナカを見て……」
「うわぁ! どうしよ!! もしかして周りにもバレてる?」
「それは大丈夫だと思う。私だけだよ。そう、……マナカだけが私の片想いに気づいていたように…。ね?」
「本当に?」
「うん、本当に」
自信に満ちたメイの表情を見て、マナカはやっと落ち着いた。
「ねぇマナカ、学校卒業したら、私と一緒にピアスホールあけない?」
「うん、いいね!」
「約束だよ!!」
マナカとメイは親友同士ではあるが、女子特有の『右ならえ』的な行動はあまり好きではない。だけど、2人から自然に発生した気持ちであれば別だ。
「じゃあメイちゃん、私、これ買っってくるね」
「うん、待ってるよ」
マナカはピアスを愛おしそうに眺めながらレジへと向かった。メイが買ったピアスが彼女を待っていたように、この三角形の《ストロベリーパイ》ピアスも自分のことを待っていたのかな?……と思いながら。
そしてメイと2人で作る『ピアス記念日』を楽しみにしながら……。
《本編↓《3》↓に続く》
♥️マナカとリュウヘイのクリスマスエピソードはコチラ↓
♥️メイとサトシの失恋ストーリーはコチラ↓
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