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【かつらのお話:襟毛】


立役のかつらの襟毛

襟毛はかつらの襟足の部分の毛で、女形のかつらにはありませんが立ち役のかつらにはほぼ付いています。

こんにちは。京都時代劇かつらです。
今回は襟毛のお話です。

ごくたまに、

『時代劇を見ていると、かつらの襟から俳優自身の毛が出ているけど、どうして?』

『時代劇のかつらは前は自然なのに、後ろは自分の毛を出しっぱなし』

などの疑問やご指摘があります。

実のところ、あの毛は俳優さんの地毛でも出しっぱなしでもなく、わざわざ作っている【かつらの襟毛】なのです。

映像のかつらでは襟足の生え際が、最大の懸念と言っても過言ではない部分です。と言うのも、リアルを追求する映像では顔の生え際以上に課題の多い難しい部分だからです。

全て地毛で結い上げた本髷


御家人のかつら


1枚目は私の友人で地毛の本髷
2枚目は今回製作の御家人の鬘

1枚目と2枚目の画像を見比べてもらえれば違いは一目瞭然だと思います。

1枚目は襟の全ての毛が上に上がり襟足がとてもスッキリとして生え際もあります。
かたや、2枚目は襟足の生え際は無く襟毛が付いて下がっています。

なぜそんな違いを作っているのか。

そう、襟毛は課題の多い襟足の生え際を

【隠す為】

だからなのです。

襟毛の起源は、歌舞伎の油付きの作りにあります。
油付きは後頭部をかっつめた表現になっており、襟足もしっかり見えています。
その襟足の生え際の表現に、下に向けて毛がじぞろに出ています。
下にじぞろに出ているのですが、離れて見るとなんと生え際となり上に上がって見えるという、なんとも工夫された仕組みになっています。

その仕組みを起源として、舞台や映像のかつらに襟毛として取り入れられました。

ただ、作りは油付きと全く違い、鬢付け油で艶々には固めないので写真のように上に向く毛、下に向く毛となってしまっています。

映像のかつらの顔の生え際は、網の改良、毛の種類、毛の植え方の改良、映像処理の進歩で日々リアルになっています。

テレビ時代劇全盛期の生え際とくらべ、とてもナチュラルな生え際になったと感じている人もいるのではないでしょうか。

なのに気になるかつらの襟足。

「顔の生え際を作れるなら、襟足も顔の生え際のように作ればいいのではないか。」

たぶんそう思われると思います。
私も丁稚の頃そう思っていました。

しかし、ここで一筋縄でいかない問題がでてきます。

それは顔以上に動く首の皮膚。


この動きが問題なのです。

下を向いたり上を向いたり左右に振ったりと、思っている以上にとても動く首の皮膚。
顔よりもよく動くと言っても過言ではありません。

より動くということは、顔の生え際の様に網に毛を植えて張り付けても、すぐ剥がれたりバレが出てしまいます。すぐにバレが出ると、カット毎に手直しが必要となり、手直しが必要となれば撮影はストップします。

襟足の生え際は顔の生え際のように作るには問題山積なのです。

顔の生え際の様な作りが難しいのであれば、俳優さんの地毛の生え際を見せるか、特殊メイクにするか、もしくは生え際自体隠してしまうか。選択肢はわずかです。

わずかな選択肢の中で、支度時間や撮影時間、制作予算や襟足の生え際を見せる為に地毛を伸ばすことによる俳優さんの負担など様々な問題を総合すると、襟毛で生え際を隠すのが一番効率的となりました。

そうした流れから時代劇のかつらには襟毛が一般的になっています。

そんな襟毛ですが、戦前~昭和30年代頃までの時代劇映画を見ると今とどこか雰囲気が違います。

よく見ると襟毛が短く薄いのに気がつきます。

襟足はとてもスッキリしており、今のかつらの様に地毛を出しっぱなしな雰囲気には見えません。

なぜ襟毛があってもスッキリ短く薄くできているのか。それは

その当時の役者は、時代劇役者ならほぼ時代劇にしか出ていなかった。

ここにヒントがあります。

当時の時代劇役者は、映画に出演する際は必ずかつらを掛ける前提で、地毛の襟足を刈り上げて短くしていました。首の生え際が長い人は地毛を剃りあげてまでも自身の襟足をとてもスッキリさせていたそうです。

自分の襟足をスッキリさせておけば、かつらの襟毛は短く薄く出来、違和感も少なくなります。

そう、かつらに自分の襟足を合わせていたのです。

そのことを聞いた時には

「え?!かつらに合わせていた!?」

とビックリしましたが、その時代は

「役者たるものそういうものだ。」

との考えがあったと親方に教えてもらいました。

と、ここまで読んで

「ん?時代劇役者は時代劇にしか出ないのなら、襟足短くするより髪を伸ばして地毛で髷を結えばもっと自然だったんじゃないか?」

と思われる方もいらっしゃるかもしれません。

しかし武士と町人、浪人に公家と役によって髪型も毛の長さも毛量も違います。役者は様々な役を演じます。地毛で結い上げていては色々な役に対応できません。

ひとつの映画会社でも1ヶ月に最低でも四本の新作。一週間ごとに新作が上映される時代の話です。
当然撮影は今とは比べ物にならない程の作品数です。一日のうちに違う作品の違う役で出演などというのも当たり前のようにあります。
そうなると地毛で髷を結うより、やはりかつらを掛けるほうが効率的です。

(なにせほんまもんの髷を結うていた江戸時代ですら、歌舞伎役者は役に合わせてかつらを掛けていたくらいですから。)

そうなると、かつらに合わせて襟足はスッキリとさせておく。が時代劇役者の心得だったそうです。
また、当時の男性は長髪はだらしがないと、綺麗に調髪されているのがたしなみでありましたから、綺麗に刈られた襟足は普段の生活でもさほど支障がなかったと聞きます。

その様な状況から、襟毛は短く薄くできたというわけです。

さて、短く薄かった襟毛ですが、昭和の後期~平成年間にいよいよご指摘のあるような視聴者に違和感を持たれるほど長く重たい襟毛に変化していきます。

なぜこの期間に襟毛に変化が現れたのか。

これは俳優さんが時代劇だけでなく、現代劇、モデル活動、バラエティー出演など多岐に渡る活動が増え、かつらを掛ける為だけに自分の襟足を始末するなど出来なくなったこと、普段の髪型が様々なスタイルになったこと、それと

かつらの刳(クリ:生え際)がよりオーバーに、髷がより太くなった事が影響しています。

長くて太い揉み上げに象徴されるオーバーな生え際と、太巻きが乗っていると揶揄されるくらいの太い太い髷とのバランスを取ろうとすると、どうしても襟毛が長く量も多くなってきてしまったのです。
短く薄い襟毛では、長く太い揉み上げと太い太い髷に負けて、全体のバランスが崩れてしまうのです。

テレビ時代劇全盛期の刳、髷、襟毛を見ていただくと、その理由がお分かりいただけるかと思います。

襟足の生え際を隠す為に、あえて作っているかつらの襟毛。試行錯誤で作り出された襟毛。時代の流れで変化してきた襟毛。

しかしあえての襟毛でも、視聴者さんにはやはり奇異に見えてしまいますよね。

視聴者さんどころか、現場で一緒に働いていた録音部さんに、「なんでかつらの襟から俳優さんの地毛出てるの?」と言われたこともあります。

長年時代劇に携わっている人ですら不思議に思われるのですから、確かにこれでは、「気になってお話に集中できない」との視聴者さんのお声があるのは否めませんね。

地毛で結い上げた襟足
かつらの襟足

さて、かつらにも流行りがあり、以前のテレビ時代劇の様な長い揉み上げと太い髷は流行が終わり、今は揉み上げは地毛を使い、髷は小さく細くが主流になってきました。

様式美よりリアルにナチュラルになってきた流行りでは、襟毛は余計目立つ存在です。

しかし近年、かつらの襟足に素晴らしい進化が現れ出しました。

NHKの大河ドラマです。

前作の大河、『鎌倉殿の13人』では主役の小栗旬さんは全て地毛で髪を結われていました。
自然な生え際が出て、襟足がスッキリ。とても綺麗でした。

他のお仕事にも制約がでる中、地毛を伸ばし、一作品、一年間。作品に全集中の意気込み。
小栗さんだけでなく、他にも地毛を伸ばせる方は伸ばしており、俳優さん達の心意気には感服しました。

そして、主役の小栗さんに合わせるように、他のキャラクターの襟足も極力地毛を活かせる人は地毛を活かし、そうでない人は襟毛のない工夫したかつらで襟足をスッキリと見せていました。

かつらなのに、襟毛が無い。
ここが凄いところ、素晴らしい進化です。

従来のかつらの作りから、ただ襟毛を無くしただけでは襟足の生え際の表現はできません。襟毛以上に違和感のある襟足になってしまいます。

しかし、大河ドラマは違います。かつらなのにスッキリした襟足の表現に成功しているのです。

今放送中の『どうする家康』でも、極力襟毛で誤魔化さず、襟足がよりスッキリ見えるように努力されているのがうかがえます。
地毛で結い上げるだけでなく、かつらでも襟毛のないように作り上げています。

大河ドラマの鬘師さん、床山さんはとても苦労されて創意工夫でかつらを仕上げたのだろうなあ、素晴らしいなあと思いながらいつも拝見しています。

「凄いなあ、どう作ってはるんかな?」

「ここをこうするとこの問題が出てくるはずやのにどう解決したんかな?」

「凄い!地毛結いかと思ったらこれかつらなんや!?」

と、毎回かつらばかり見入ってしまうほど素晴らしい出来栄えです。

それくらいとても難しく、工夫のいる部分。それが襟足なのです。私も見習いながら、より創意工夫しなくてはいけませんね。

次回作の 『光る君へ』は、平安時代が舞台です。平安時代の雅な宮中文化を表現するには、襟足はいつも以上にスッキリさせる必要があります。
武骨より雅、粋よりはんなりな表現には襟足の始末はより大切になるからです。

番宣など拝見すると、主要キャストの皆さんは、地毛を伸ばして対応できるよう準備しているのがうかがえます。

藤原道長役の柄本佑さんは小栗旬さんと同じく地毛で結われています。
立烏帽子から透ける髷がなんとも美しく色気があり、スッキリした襟足は平安貴族そのもので、今から楽しみです。

時代劇には沢山のかつらが出てきます。
また、時代毎、作品毎に襟足、襟毛の表現に違いがあります。

奇異なる襟毛にも少し目を向けてみてください。
そこにも様々な違い、工夫が隠れています。


ところで先日、遂に令和の【鬼平犯科帳】のビジュアルと新レギュラーキャストの発表がありました。
松本幸四郎丈を筆頭に新たなキャストで若返りフレッシュに一新されました。

以前、揉み上げはどうなるかとお話しましたが、やはり主流の地毛を生かした揉み上げでした。
相模の彦十に至っては、火野正平さんらしく坊主頭で新たな彦十がとても楽しみです。

皆さん鬘もお衣装も大変お似合いで、新しい鬼平、来年1月の放送が待ち遠しいですね。

次回もどうぞお楽しみに。

※当noteでご紹介する写真は、全て筆者撮影のオリジナル写真です。被写体及び他者撮影の写真を使用する場合は、全て許可を得て掲載しています。当noteの文章・写真の転載、加工、二次使用はなんびとにも許可しておりません。ご注意願います。

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