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アメリカ5度目の転職

僕はアメリカの製薬会社で働く研究者。アメリカに渡って今年(2023年)で20年目を迎えた。2023年も終盤になってアメリカでの5度目の転職をすることとなった。

背景

2年前の2021年にアメリカに渡ってから4度目となる転職をした。自分にとって10年ぶりとなる大きな転職だった。それ以前はカリフォルニアのロスアンゼルス郊外にあるビッグファーマに10年間勤めた。そのビッグファーマで最後に担当したプロジェクトが、画期的新薬として世に出され、大成功に終わった。この成功を機に、ボストンにある小さな会社に転職し、もうひと山当てようと目論んだのだ。この転職先の小さな会社で、会社始まって以来の新薬を世に送り出し、自分も出世し、自分の部署も発展拡大させようと野心満々になっていた。ところが世の中そう上手くは行かない。今年夏になり、新薬申請に向けて行っていた臨床試験の結果の蓋を開けてみると、予想に反して惨憺たるものだったのだ。会社最大のプロジェクトは突然中止となった。僕が転職時に描いたもうひと山当てる野望は単なる夢となって散った。同時に200人以上いた社員のうち半分もがレイオフされ、残された社員は100人程度になってしまった。

超ジョブ型雇用のアメリカの会社では突然のレイオフは日常茶飯事だが、何度経験しても、残る者も去る者もキツイ。昨日まで一緒の目標に向かって働いていた仲間の何人もがレイオフの犠牲になった。失敗したプロジェクトには何も関わってないのにとんだトバッチリでレイオフの対象になってしまった人達もいた。僕たち残された者は、去る者に対して何とも申し訳ない独特の罪悪感を抱いた。でも、残された者が、当たりくじを引いたという訳ではない。会社最大のプロジェクトは吹っ飛び、残されたのは成功するかどうかも怪しい長い道のりが必要な早期の新薬候補プロジェクトだけだ。

ズルい考え方

ただこんな状況におかれても、アメリカで20年暮らし、年食ったおかげで僕の中にはズルい考え方が備わった。

1.何時だって逃げていい。やめていい。やり直していい。
2.自分勝手に考えていい
3.途中で気が変わってもいい

会社は大打撃を受けたが、僕は経営責任者でなく、ただの1社員だ。幹部からは、残って再建に協力してくれと頼まれた。でも、僕の人生だ。自分のワクワクする道を選択すればいい。残った仲間と再建をするのに楽しみが見い出せ、ワクワクできれば残ればいい。でも、いやになったら、逃げたっていい。自分勝手に考えて、自分の人生としっくりいかなくなったら、やめたっていい。アメリカは何度でもトライアンドエラーが許される国だ。失敗したり、挫折したら、ただやり直せばいいだけだ。自分が今の会社を辞めれば、小さな会社なのでそれなりの迷惑はかけることになる。でも、自分の気持ちに嘘をついてでも、周りに迷惑をかけずに生きるは、本当に周りのためだろうか? 同僚が、僕に迷惑がかかるのを避けるため本当は別の道に進みたいけど、自分を犠牲にして残って働き続けると言ったら、どうだろう? 僕だったら「そんな恩着せがましい考え方はやめて、とっとと自分の道へ進んでくれ」と言う。

僕は、残った者として、残ったプロジェクトの推進をしながら、同時に転職の可能性も探るというズルい方法をとった。

3つの転職先候補

2年ぶりに行った転職活動は、超楽しいものだった。仕事をしながら、それに加えて転職活動を行うので、仕事の負担は増える。しかも、転職活動は一緒に働く仲間には内緒で、こっそり行うので、変わらず一生懸命僕をサポートしてくれる仲間には大いに裏切り者の罪悪感を感じる。それでも、転職活動は、自分の人的資本価値を無償で見直し、確認できる貴重な機会となる。

僕のいるアメリカ東海岸ボストン・ケンブリッジエリアは、全米の中でも屈指のバイオファーマの中心地だ。特にハーバードとMITがあるケンブリッジは、街中に大小のバイオファーマカンパニーが溢れている。だから、バイオファーマ業界で転職活動をするにはもってこいの場所である。それに加えて、僕の仕事は、実際の実験・試験には直接手を出さずに、計画・指示・データ分析などほとんどがリモートでできるため、リモートでもOKというポジションもめっきり多くなった。このような好条件のおかげて、転職活動はすぐに軌道に乗った。

すぐに気づいたことは、今の会社でもう一度自分のゴール設定をし直すより、転職して新たなスタートを切る方がずっとワクワクすると感じることだった。

そして、まもなく3つの転職先候補に絞られた。
1.ケンブリッジにある従業員300人超のスタートアップバイオファーマ
2.今の場所からリモートで働けるカリフォルニアにある従業員100人程度の小さなバイオファーマ
3.カリフォルニア、サンフランシスコ北にある従業員3000人超の比較的大きなバイオファーマ

短期的目線で最も合理的な選択は、1番目のケンブリッジにある会社だ。引っ越ししないまま転職でき、通勤も可能だ。今の会社よりも大きな規模の会社で、より大きな責任の仕事ができそうだ。大きな労力を要さずにキャリアアップできる。将来、また転職したくなっても、ボストン・ケンブリッジエリアなので転職しやすい。

次に合理的なのが、2番目のリモートで働けるカリフォルニアの会社だ。同様に引っ越ししないまま転職できる。この会社は規模は小さいが、新薬承認のための臨床試験が成功したところで、近い将来に新薬を世に出すことが高い確率で保障されている。ここに転職すれば僕の新薬を世に出す目論見が手っ取り早く達成できそうだ。

最も非合理なのが、3番目のサンフランシスコの会社だ。わざわざバイオファーマがたくさんあるボストン・ケンブリッジエリアを去り、カリフォルニアへ大移動する必要がある。しかも扱っている新薬候補のプロジェクトには、これまで僕が経験したことがないものがたくさん含まれていた。転職に要する労力もチャレンジも最も大きい

多分、周りに相談したら、手軽に転職できる1番目か2番目の会社にしたらとアドバイスをもらうだろう。3番目はないと。

敢えて非合理な選択肢に目を向ける

しかし、僕はひねくれ者だ。自分の人生の中での転職と考えたら、どれがワクワクするか? 一見非合理に見えるものの中に、とんでもない宝の種が潜んでいるかもと。

自分の中に潜むワクワク感の声に耳を傾け、自分の人生全体を眺めて長期目線で考えてみると、最も非合理と見えた3番目のサンフランシスコのバイオファーマが断然大きくなり、1番目と2番目の合理的選択候補を蹴散らした。

どうせ転職をするなら、いっそのこと場所も環境も大きく変えて、新たな挑戦を開始する方がずっとワクワクする。そして、場所も、会社の規模も、取り組んでいるプロジェクトも、今の会社とは最も異なる選択肢が、3番目のサンフランシスコの会社だ。3番目の会社は規模が大きいだけに、同じ部署にたくさんの仲間ができる。年食ったおかげで、専門分野での経験だけは相当蓄積できた。若い仲間にそれが還元できることはとてもワクワクする。そして若い優秀な仲間から新たなサイエンスを教えてもらえることにもワクワクする。ワクワク度では、1番目、2番目の会社よりも3番目の会社が断然高かった。今が人生で一番若い時、合理的だからとワクワクしないものを選ぶことが、本当は最も非合理だ!

僕には大事なパートナーがいる。妻だ。転職活動が大詰めを迎えた頃、妻に丁寧に説明することにした。それぞれの会社の特徴を説明し、自分は最も非合理な選択肢に見える3番目の会社にワクワクしていること、しかしその3番目の会社を選択すれば、再びアメリカ横断の大移動が発生することを伝えた。妻は、僕が選んでいい、それを応援すると言ってくれた。僕の性格を僕以上に把握している妻は、すでに僕が3番目の会社を選択すると予想していたようだった。とても嬉しかった。その妻の言葉で、もうひとつワクワクするプロジェクトができた。ボストンからサンフランシスコへ大移動するリロケーションプロジェクトだ。夫婦共同作業でできるプロジェクトだ。僕たち夫婦の長い人生の中でもきっと思い出に残る共同作業にできるだろう。

こうして僕は、サンフランシスコベイエリアにある製薬会社に転職することを決め、オファーレターにサインした。さあ、これからどんな人生が待っているか? この年になるまで自分のやりたいことに挑戦できる恵まれた環境に感謝!









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