河川とニューラルネットワーク:生命の起源と知性の交差点

地球上に最初の生物の細胞が登場した過程として、無生物である化学物質が生命に近づくように進化していったという考え方を、化学進化と言います。

生物の進化であれば、自己複製と変異の機能を持つDNAを中心にして進行したことが説明できます。化学進化ではこのDNAの機能に頼る事はできません。では、何に頼っていたかという疑問が浮かびます。

私の仮説は、地球の水の循環システムが化学進化の土台になっているというものです。そう考えると、水の流れである河川の構造が、化学進化による生命の誕生に大きな影響を与えたとみることができます。

この記事では、初めに化学進化に対する私の仮説について簡単に説明します。そして、河川のネットワーク構造について触れ、その構造が人工知能のキー技術であるニューラルネットワークの構造と類似していることを説明します。

河川とニューラルネットワークにはもちろん違いもありますが、河川が生命を作り出し、ニューラルネットワークが知性を作り出していると考えると、この構造的な類似点に、何か意味があるのではないかと思えます。

生命と知性は、それぞれ多くの謎に包まれており、科学的にも哲学的にも技術的にも探求が進められています。私たちの探求心を魅了してやまないこの二つの現象には、共通点も多く指摘されています。河川とニューラルネットワークの類似点を探る事で、生命と知性の共通点を、より深く理解できる手がかりになるかもしれません。

では、以下で詳しく見ていきましょう。

■化学進化メカニズムの仮説

化学進化におけるこの疑問に対する私の仮説は、地球の水の循環と地形を利用して、自己強化的なフィードバックループと、多様な化学物質の組合せを実現していた、というものです。

無機的な物質も、有機的な物質も、水の流れに沿って山から海の方向に移動する事が出来ます。また、細胞よりも小さい物質は容易に空中を漂い、水蒸気や雲の流れに乗って海から山に移動する事が出来ます。

この水の循環に乗って化学物質も循環することで、様々な化学物質同士が出会い、太陽の熱や光、地熱、雷などのエネルギーを利用して様々な化学反応が発生したと考える事が出来ます。これにより、多様な化学物質を生み出すことが可能です。

かつ、この水の循環というループ構造は、自己強化的なフィードバックループを形成可能です。

新しい化学物質が合成された時、その化学物質の作用により、このループ構造の中に何らかの変化が起きる場合があります。どのような変化が起きるかは、その化学物質の性質と、既存のループ構造の中にある他の化学物質の性質に依存します。

この変化が、その新しい化学物質自身の合成を促進するような変化であった場合、その化学物質はループ構造の中で増殖し、定着します。このように、自己強化的な作用を持つ新しい化学物質が合成され、ループ構造の中に定着することで、化学進化が一歩進んだと解釈することができます。

この一歩一歩が積み重なる事で、ループ構造の中の化学物質の多様性が増加していきます。また、このような新しい化学物質は、元々あった化学物質の合成であるため、進化が進むと、より複雑な構造を持つ化学物質が生成されていくことになります。

このような形で、安定的に再生産される化学物質の種類が増加し、複雑な構造の化学物質が生成されていきます。こうして、DNAの自己複製と変異の機能に頼ることなく、地球の水の循環を利用して化学物質の化学進化が進行したというのが、私の仮説です。

■河川のネットワーク構造

私の仮説の中は、水の循環がポイントになりますが、新しい化学物質が出会うためには、河川の構造が重要になります。もし河川が山から一直線に海に流れるようなシンプルな構造であれば、新しい化学物質の出会いは限定的でしょう。

実際の地球の河川は、複雑かつ多様です。

海で蒸発した水が雲になり山に雨を降らせ、山から染み出た水が小川として流れます。この小さな川の流れは次第に合流し、段々と太い河川になっていきます。河川は合流するだけでなく、途中で分岐することもあります。

流れている川の途中でも合流と分岐はなされます。一方で、池や湖などでも、複数の川から流入して、複数の川に流出することで、合流と分岐がなされます。

化学反応は流れている川の中でも起きると思いますが、安定的な化学反応のためには、水と物質が貯留される場所の方が適切でしょう。このため、河川の途中に、池や湖が存在することも、化学進化のためには大きな意味を持ちます。

この河川の構造は、ニューラルネットワークの構造にも似ています。

通常、ニューラルネットワークも入力となる層から出力となる層まで、一方向に処理が流れます。またニューラルネットワークも、ノードと呼ばれる情報が集積する点があり、そのノード間が接続されることでネットワークが形成されています。河川においては、池や湖が、このノードに相当します。

流れる方向が定まっており、ノードを中心に合流と分岐を繰り返す構造を持つという点で、河川のネットワークとニューラルネットワークは、構造が類似しているのです。

■ニューラルネットワークと河川ネットワークの違い

河川のネットワークとニューラルネットワークは、構造は似ていますが、違いもあります。ここでは簡単にその違いを説明しておきます。

◇流れる物の複雑さの違い

まず、ノードの間を流れる物の複雑さが異なります。

ニューラルネットワークの場合は、情報が流れることになりますが、そこに流れる情報は、複雑な構造を持った情報でなく、単なる1つの数値です。

一方で、河川の場合は、物質が流れることになりますが、その物質は複雑な構造を持つものも含みます。この点は、河川ネットワークによる化学進化のシミュレーションを行う際には、ニューラルネットワークよりも複雑な情報をノード間で受け渡す必要があるという事を意味します。

ただし、ニューラルネットでも全てのノードがフラットに並んで接続されているだけでなく、ノードの塊をブロック単位で扱い、ブロック同士を接続させるようなネットワーク構造も構成可能です。


その場合、マクロレベルの視点でブロック間の情報のやり取りに着目すれば、単一の数値ではなく複数の数値がやり取りされることになります。したがってブロック間では複雑な情報を受け渡すことができると言えます。このマクロレベルで捉えれば、河川で受け渡される構造を持った化学物質と同等の複雑な情報も扱うことも可能と言えるでしょう。

◇フィードバック方法の違い

もう一つ大きな違いは、フィードバックの方法です。

ニューラルネットワークでは、出力が期待したものでなかった場合に、各ノードにフィードバックを掛けて、次回はより期待した出力が得られるようにします。これは学習と呼ばれるプロセスです。

ニューラルネットワークの場合、学習のためにフィードバックをネットワークに与える際には、出力層側から逆向きにフィードバックの情報を流していくことになります。

一方で、河川の場合は、学習ではありませんが、最初に述べたように化学進化を促進するためにフィードバックループを形成しています。このループは、海の方からまた最初の山の方に向けてのフィードバックになります。

これは、ニューラルネットワークの用語で言えば、出力層に出力した結果を、再び入力層に渡すようなループです。

この違いは、ニューラルネットワークが正解に向かって能力を高めていく「学習」に使われている一方で、河川による化学進化は正解がなく進化の方向を探索して新しいものを生み出す「創造」を行っているという違いのためだと考えられます。

私の不勉強のため、残念ながらニューラルネットワークの最新技術や研究の中身は把握できていません。ただ、もしかすると、生成AIのような「創造」的な使い方をするニューラルネットワークの場合は、河川のフィードバック構造のように、出力層で出てきたものを再度入力に与えるという形でフィードバックするような技術も登場しているのかもしれません。

◇違いについての整理

以上で述べた、流れる物の複雑さとフィードバック方法の観点からの違いは、私が把握しているような、比較的シンプルなレベルの、学習型のニューラルネットワークでは、差異がありそうです。

しかし一方で、より高度なレベルの、創造型のニューラルネットワークというものが実現されていれば、それはもしかすると流れる物の複雑さやフィードバック方法は、河川とかなり類似したものになっているかもしれません。

■ニューラルネットワークのサイズの性質

河川とニューラルネットワークの構造が類似しているという目線で見ると、片方で言える性質が、他方の性質を知る上でとても参考になる、というようなことが期待できます。

この観点から、ネットワークサイズの影響について、ニューラルネットワークの研究で得られた知見が、河川における化学進化に洞察を与える可能性が高いと考えています。

チャットAIに使用されている大規模言語モデルと呼ばれるニューラルネットワークでは、一定のサイズまでは、ネットワークのサイズを大きくすればするほど、知的な能力が高くなっていく傾向があるそうです。これは、単に記憶する情報の量が多くなるとか、質問に対する回答の正確さが向上するというだけの意味ではありません。

あるサイズまでのニューラルネットワークでは、単に覚えた文章の中から答えを返す程度だったものが、あるサイズ以上になると連想的な回答を出すようになると言います。そして、さらにサイズが大規模化すると、推論を重ねるような形で回答を出すような能力を獲得するのだそうです。

これは、人工知能の設計者が意図してそのような機能を持つようにしたのではありません。基本となる人工知能技術を基にして、その中に含まれるニューラルネットのノード数やノード間の接続数を増していくと、人工知能の研究者や設計者も予期しない能力が開花していったという話です。

■河川ネットワークのサイズについて

この、ネットワークサイズの話を、化学進化と河川の関係に当てはめてみると、興味深い可能性に気がつきます。

もし、地球の河川の構造、つまり山から海に流れる川が構成するネットワーク構造が、もっとシンプルであったとしたら、地球上の生物の構造や機能も、もっとシンプルだったかもしれません。あるいは、生物として成立するためには原初の細胞くらいの複雑さが必要だったとすれば、よりシンプルな地形では生物が誕生しなかったのかもしれません。

これは、宇宙の中にある地球に近い条件下にある惑星において、生命が誕生するかどうかの議論に関係します。あらゆる条件が地球に類似していても、たまたま地形がシンプルで、河川の構成するネットワークの合流や分岐の数、あるいは池や湖の数が不十分だった場合には、その惑星には、地球と同様の生命は誕生しないかもしれないという事です。

河川ネットワークのサイズが重要だとすると、太古の地球のどの地域が、より化学進化が活発であったかを知る事もできるでしょう。また、生命が誕生するために必要な河川ネットワーク内の池や湖、合流と分岐の数が判明すれば、具体的に生命が誕生し得た地域の特定も可能になるかもしれません。

加えて、そのあたりの研究が進めば、この地球上に生命が誕生したことが、奇跡的な低い確率だったのか、十分に必然的と言えるような高い確率だったのかも、分かるはずです。

このように、ニューラルネットワークと河川の関係を探る事で、こうした洞察が得られる可能性があるのです。

■さいごに

地球の水の循環が、生命を産み出す基盤になっていたという話は、あくまで私の個人研究における仮説です。このため、それを下敷きにして河川ネットワークの構造と、ニューラルネットワークの構造の類似点を探る今回の記事の内容は、仮説に仮説を重ねていることになりますし、やや勇み足に見えるかもしれません。

一方で、この記事で書いたように、ニューラルネットワークという現実に知的な機能を生み出すことのできている技術との類似点から、私の水の循環による生命の誕生という仮説を眺めてみることができる可能性が開けてきました。この観点から知見や洞察を重ねていくことで、知性と生命の類似点やその特性が見えてくれば、逆に、水の循環による生命誕生という仮説を補強できるかもしれません。

特に、記事の途中で言及したように、河川ネットワークがやり取りしている物の複雑さやフィードバックループの方法をニューラルネットワークの研究に適用することは有効かもしれません。それにより、創造性のようなものが人工知能にもたらされるようなことになれば、河川ネットワークも創造性を持つという仮説を裏付ける、強い証拠となるでしょう。


<ご参考1>
以下のマガジンに、生命の起源の探求をテーマにした私の個人研究の記事をまとめています。

<ご参考2>
生命の起源の探求の個人研究の初期段階の内容は、以下のプレプリント論文にまとめています。

■日本語版

OSF Preprints | 生命の起源の探求に向けた一戦略:生態系システムの本質的構造を基軸とした思考フレームワークの提案

■英語版

OSF Preprints | A Strategy for Exploring the Origins of Life: A Proposal for a Framework Based on the Essential Structure of Ecological Systems

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