同棲【ショートショート】
朝の光が差し込み始めた頃。その女性は、隣で寝ている彼の寝顔をじっと眺めていた。起こすわけでもなく、じっと見つめている。
しばらくすると、男性はゆっくり目を覚ました。女性に声を掛けることもなく、ベットに腰をかけたまま、スマホのメッセージを確認していた。
メッセージの確認を終えると、男性は立ち上がり、眠たい目を擦りながら寝室から出て行った。
この日は、会社で大事なプレゼンがあるため、男性は少し緊張している。もちろん、女性はそのことを知っているため、何も声をかけなかった。寝室を出ていく彼の背中を、優しい目で見守っていた。
男性は、トースターで焼いた少し焦げたパンをコーヒーで流し込みながら、資料を読み返している。女性は、そんな仕事に熱心な彼が大好きだった。そして、仕事の邪魔はしたくないと思い、女性は寝室の開いたドアから彼を覗いていた。
静かな空間に、パンをかじる音とコーヒーを啜る音が響いていた。たまに、資料をめくる紙の音もした。女性は目を閉じベットの上で横になると、その音に耳を済ませた。朝の気怠さと、差し込む光の眩しさ、ベットに残る微かな彼の温もり、そんな瞬間を女性は幸せに感じていたのだ。
朝食を終えると、男性は身支度を整え玄関先に向かった。女性は彼を見送ろうと思ったが、おそらくまだ寝ていると思われている。プレゼンでナーバスになっている彼に、起こしたと気を遣わせてしまってはいけない。女性なりの気遣いで、何も声はかけなかった。そして、ドアの閉まる音がした。
また、静かな空間が訪れ、女性は寝室を出た。机の上のコーヒーカップには、緩くなった少しのコーヒーが残っており、女性はそのコーヒーカップに触れ、彼の体温を感じた。その温度で手を温めるかのように、両手でコーヒーカップを優しく包んだ。そして、静かに帰りを待つことにした。
男性は会社に着くと、すぐにプレゼンの最終確認に取り掛かった。
その夜、男性は張り詰めた糸が緩んだようにホッとしていた。大事なプレゼンは大成功を収めたのだ。その大変さや緊張感を、同僚と酒を交わしながら話していた。同僚もその成功を素直に喜んでくれた。
肩の荷が降りた男性は、同僚と時間を忘れ会社の愚痴や不満、そして将来の展望などを話し合った。
夜も更けてきた頃、男性と同僚は酒が回り上機嫌に店を出た。男性は、もう一件寄りたいところだったが、同僚には家族がいる。帰りが遅くなると、同僚の家族が心配するだろう。
二人で駅に向かいながら、男性は同僚に言った。
「家族がいるっていいよな」
同僚は少し照れながらも、男性にこう返した。
「それはそれで大変だよ。でも、いい歳なんだしお前も彼女ぐらいつくれよ」
男性は、笑いなが答えた。
「まあ、一人暮らしの快適さを知っているからな、しばらくこのままでいいよ」
そう言い、二人は別れた。
男性は、最寄り駅から少し千鳥足で自宅に帰って行く。
一人で住んでいる、女性の霊が出るという事故物件の家に。
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