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赤く鈍いアイ 【ショートショート】

 近年、とある問題が深刻化されている。それは、人型ロボットの問題だ。テクノロジーの進化により、今や人間にそっくりなロボットが作られている。見た目では、それがロボットか人間なのかわからない。
 また、人工知能の発達により話し方も人間と変わらない。さらには、喜怒哀楽もあり、感情さえもそのロボットは持っている。
 唯一の違いは、ロボットの場合は背中に「作動中」という文字が小さく光っているということだけだ。そんな人型ロボットが、街のあちこちにいるのだ。

 そして一番の問題は、そのロボットに人間の記憶があるということ。つまり、ロボット自身が、自分がロボットだという自覚がないということなのだ。
 仲良くなった友達が、その何年後かにロボットということがわかった。またその友達自身も、自分がロボットというのに気が付いていなかった。こういった事件があちこちで起きている。
 街にいる人が、誰がロボットで誰が人間なのか全くわからないのだ。

 そんなニュースばかりを取り上げているテレビを消し、ある男性は身支度をしていた。黒で統一したカジュアルなセットアップを着て、髪をワックスで整えていた。
 最後に、少しだけ香水をつけ、洗面台の鏡の前に立つ。髪を少し整え直し、微笑んだ。気持ちが浮き足だったのか、予定していた時間よりも随分と早くに家を出た。

 今日は、ある女性とデートをするのだ。その女性とは、勤めている会社の近くにある喫茶店で出会った。
 その女性は店員として働いており、一目見た途端に恋に落ちた。普段ならそんなことはしないが、あの日は違った。
 その男性は、自分の電話番号を書いた紙をその女性に渡したのだ。
 今まで味わったことのない胸の高鳴りは、口からその鼓動の音が漏れているように大きく感じた。その女性は笑顔で受け取り、後日連絡が来たのだ。
 それから、何度かランチに誘い、互いの中が深間っていった。

 男性は、そんな彼女との出会い方を振り返りながらレストランに向かった。
 ディナーに誘うのは、今回が初めてだ。ランチなら、お互いの仕事の休憩の時に何気無く誘うことができる。
 だがディナーは何かが違う。少し大人な雰囲気と、しっかりとこれからの二人を考えるような感じがしていた。

 集合場所は、そのレストランの最寄駅の改札口。早く着いた男性は、そわそわしながら待っていた。
 そうしていると、彼女も予定より少し早い時間に現れた。大勢の人混みの中にいるが、まるで彼女だけに何かの光が当たっているかのように、輝いて見える。
 彼女は男性に気付き小さく手を振った。

 二人でそのレストランに入り、男性は改めて彼女を見つめた。ワインレットで、背中は少し大胆に開いている艶かしいカジュアルなドレス。その上から、大人らしさのある薄い黒色のカーディガンを羽織っている。

 二人は、楽しくもたまに照れ合いながら食事を楽しんだ。
 レストランの中は、周りのお客さんの会話やナイフやフォークが皿に当たる音、そしてゆったりと流れる音楽が響いている。
 そんな中、二人は静かに少しずつ愛を言葉にしていた。

 しばらくすると、彼女は化粧室に行くため席を立ち上がり、背を向け化粧室に向かって歩き始めた。
 その瞬間、男の中で全ての音が止まった。彼女の、背中が少し空いたカジュアルなドレスから見えたのは、赤く鈍く「作動中」と光っている文字だった。
 男の中で、美しく輝いていたレストランが真っ暗になった。そして、光っている「作動中」の文字だけがうっすらと見える。

 彼女は、ウエイトレスを交わしながら、席に戻ってきた。そして、笑顔でその男を見つめた。
 彼女は、自身がロボットだということに気付いていないらしい。今の人型ロボットの最大の問題である。男は、何もなかったかのように会話を続けた。
 しかし、ただ口が動いているだけで頭の中ではロボットのことで一杯だ。

 しばらくして、二人はレストランを出て駅に向かった。男は、今まで通りに接し、別れを告げた。
 しかし、彼女は男の様子のおかしさに気付いていた。体調が悪いのではと問いただしてきた。どれだけ頑張っても、表情に出てしまっているのだろう。男は、大丈夫だということを伝え彼女を見送った。

 男は、自宅に着くと洗面台で自分の顔を眺めた。デートに行く前と今の表情はまるで別人だった。
 彼女自身は、自分がロボットだということに気付いていなかった。それを伝えてしまえば、彼女の頭の中にある小さい頃の思い出などは、全て嘘になる。
 自分の行動や感情が、全てプログラムで管理されているとわかれば、自分自身が何者かわからなくなるだろう。そんな自問自答を繰り返し、崩れていく彼女の姿など見たくはない。

 彼女にその事実を伝えずに付き合ったとしても、彼女からの愛はプログラムされたものだ。
 そして、男から彼女に対しての愛は、コンピューターで処理される。
 人間とロボットが付き合ったとしても、二人の先に待っているのは、不幸しかないのだ。
 かといって彼女を責めることはできない。まだロボットだと彼女自身も気づいていないからだ。やり場の無い怒りは、絶望に沈んでいった。

 泣き叫ぶことすらできなかった。ただ、頬に涙を垂らしている自身の顔を鏡で見ていた。
 彼女のためにセットした髪型や香水がより一層男を苦しめた。

 男は、全てを洗い流したくなり、彼女のために着たセットアップを脱ぎ捨て、洗面台の向かいにあるシャワーに向かった。
 洗面台の鏡には、赤く鈍く光った「作動中」の文字が映っていた。



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