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もしかしたら、 【ショートショート】

 歴史というのは、伝言ゲームである。人から人へと話が繋がれていく中で、多少の着色が入り、少しずつ話がズレていった可能性がある。
 もしかしたら、今伝えられている歴史も、本来は違っていたのかもしれない。

 1582年、ある男は寺の見回りをしていた。その寺には、その男の尊敬する武将が泊まっている。男は、運よくその尊敬する武将の家臣になることができたのだ。

 寺にはその男を含め、数人しかいない。静かな夜が続いていた。
 寺の周りを照らす炎が、パチパチと音をたて、辺りを照らしている。その明かりに負けないよう、夜空には燦々と星が輝いている。

 男が、見回りを続けていると、武器庫の近くで数人の家来が、次の合戦に向けて鉄砲に火薬を詰めていた。
 男は、その家来達と何気ない会話を楽しんだ。静寂の夜の一部が、少し賑やかになった。

 話を聞くと、数人の家来は、一晩中火薬を詰める作業をしているというのだ。家来達の顔はだいぶ疲れているように見て取れる。
 男は不憫に思い、家来達に気分転換に散歩でもしてくるよう声をかけた。
 家来達は、顔を見合わせ笑みを浮かべた。そして、立ち上がり背中を伸ばした。家来達は、その男に感謝を伝え、武器庫を離れて行った。

 また、静かな時間が訪れた。男は一人、武器庫からじっと月を眺めていた。その場に座り込み、ただ夜が流れるのを感じている。
 しばらくすると、あまりの静けさに男は睡魔に襲われ、うつらうつらとし始めた。

 次の瞬間、男はバランスを崩し大きく横に倒れ込んだ。手は、明かりを灯していたロウソク台に当たった。
 ロウソク台はゆっくりと倒れ、武器庫の少しの火薬に引火し、小さな爆発を起こした。

 男は、急いで砂をかけ鎮火しようとするが、炎は段々と大きくなる。そして、次々と火薬に引火し爆発を起こしていく。男は、どうしようもなくその場から逃げ出した。

 炎は、寺全体を燃やし始めた。寺の中には、まだ男が尊敬している武将が眠っている。
 男は叫ぶが、その声は炎の強い音にかき消され届く様子がない。遠くにいた家来達も、武将を心配に戻ってきた。

 そして遂には、炎は寺全体を包み込んだ。少し離れた場所にいた別の家来達も、その立ち登る炎に気付き、馬で駆けつけて来た。

 静かだった夜に、轟々と炎が燃える音がした。駆けつけてきた、家来の中ではその男が一番偉い。
 しかし、睡魔に襲われうっかりとロウソクを倒してしまい、武将と寺を燃やしてしまったなど不格好でとても言えるものではない。
 そこで、男は家来達にこう嘘をついた。

「これは、私が故意に行ったことだ。自ら、この寺を燃やし、武将を殺したのだ。我らの武将は天下を取ると申しておったが、私にはできそうには思えなかった。
 近いうち、敵の軍に殺されてしまうだろう。そうなれば、我が軍は全滅してしまう。よって、武将を殺すほか無かった。武将を裏切ったと考える者もいるであろう。しかし、私は君らを守るために我武将を殺したのだ。
 これから我が軍は、大きく成長し天下を統一するだろう」

 そのあまりの堂々とした男の発言に、誰も嘘などとは気づかなかった。家来達は、その男を崇め、その男についていくと決めたのだ。
 男は、燃え盛る寺に背を向け、家来達を連れ歩き出した。
 先導を切るその男の名は、明智光秀。


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