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幸せな夢【ショートショート】

 その男は、眠気と闘いながら駅のホームにいた。スマホに映る月曜日という文字が、頭を痛くする。
 しばらくしてホームに来た電車は、大勢のスーツで溢れかえっている。なんとか電車に身体を押し込み。電車の中にある、買えもしない車の広告を見つめている。

 目的の駅に着くと、多くの人と肩をぶつけ合いながら改札を抜ける。街はあちこちにある、他社に負けたくないと叫ぶ広告のモニターの音と、会社への不満を口の中に溜め込んでいる人々で溢れかえっている。太陽は照っているものの、雲と車の排気ガスとため息で見えづらい。

 会社に着くと、赤の他人同士が、まるで幼馴染でいるかのような笑顔を作って挨拶をする。至るところに、赤字でバツをされた企画書が散らばっている。
 デスクに着き、ため息でコーヒーを濁らしながらパソコンを開く。そこには、取引先からのテンプレートのメールが山ほど届いている。そのメールに、テンプレートのような返事をしなくてはならない。男は、早速仕事に取り掛かった。会社内には、キーボードの音と誰かを怒鳴る声と、微かな作り笑いが響いていた。

 しばらくすると、男は上司に呼び出された。案内された部屋は、電気はついておらず、少し曇った太陽の光が窓から差し込んでいた。空気はあるが、息がしづらい。上司は言いにくそうな演技をして、その男に左遷を言い渡した。左遷の理由を長々と話していたが、社会の言い訳をする文化に耳が進化したのか、そんな話は一切入ってこなかった。
 その後、必死に反対をしたなどとつらつらと嘘を並べながら、上司はその男の肩に手を置いた。上司はその部屋を出て、空虚な空間を残していった。その部屋は、雲が少し避けたのか、入ってきた時より明るくなった。

 その時、男は目を覚ました。息は荒く、不安な程汗をかいていた。男はつぶやいた。

「夢か」

 男を乗せた車は砂利道を進んでいた。男は、車の中で眠ってしまっていたのだ。

 しばらくすると、車は目的地に着いた。男は腰のベルトを強く結び直し、両手で銃を構えた。車が止まると、長官の合図と主に、男を含む他の兵隊は一気に車から飛び降りた。灰が舞って、無色の戦場となっている。大きな音がその男の耳を壊した。しかし、銃を構え前に向かって進むしかない。
 その時、敵軍の兵隊が目に入ったと同時に、首のあたりが暖かくなった。そして、男はゆっくりと倒れ込んだ。首を手で押さえ、その手を見た。感覚が薄れてきたのか、はっきりとは見えないが手は赤く染まっている。灰が舞うのを止め、少し見えた太陽を眺めながら男はつぶやいた。

「幸せな夢だった」



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