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魔法の石

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小説です。8章までの魔女の話は無料です。 番外編の男の子の話は有料です。
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2016年8月の記事一覧

第一章:なぜ私を救うのか

さびれた街道に子供が座っている。住む家がないのだ。

学者風の痩せた人が通りかかった。長い髪を編んでいて男か女かわからないが妙齢で落ち着きがある。

学者風の人は子供に言った。

「おいで」

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きれいな服と食事、そして物語風にした子供が楽しめる教育、毎日を過ごす暖かい部屋と眠る場所、そして小さな子猫、

学者は子供に全て与えた。

「わあ」

子供は女の子だった。嬉しそうに与

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第二章:子供のその後

そうして魔法使いはいつまでも気の利いたセリフを言わなかった。

大人が嘘でも子供に対して言うであろうセリフを魔法使いは言わない。例えば「貴方がいてよかった」とか「あなたが大好き」だとか、善意の育ての親が子供に対して言うであろう場面で、一度もそのように接しなかった。

いわゆる”物語に出てくるようなロマンティックで華やかで明るくて人を喜ばせてくれるよくある定型句”をことごとく発言してくれなかった。

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第三章:猫を撫でる

助けた男は大変感謝した。そしてしばらく自分をかくまってくれるという娘に好意を抱いた。若かったこともあり、同じ生活圏に容姿に問題のない男女が一緒にいれば自然なことだった。娘は珍しく彼を拒絶しなかった。理由はわからない。

「なぜ追われていたの」

「逃げ出してきたんだ。あそこにいたらいずれ乾いて死んでしまう。殺される。」

「大変な目にあったのね。」

あまり大変だった理由に興味はなかった。そんなこ

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第四章:追放

魔法使いは帰ってくるなり娘の寝室を叩きあけた。

「その男はこの部屋には置けない。あちらへ返さねばならない。石をとられてしまう。」

服を着ていない男女二人にさして驚く様子もなく魔法使いは言った。

男は急な来客に怯えて慌てて下着をはこうとしながら床を這って隠れ逃げようとた。男は転倒し猫の尻尾を踏みつけて引っかかれている。

娘はその無様な姿に「情けない男だとは思っていたが、ここまでとは思わなかっ

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第五章:魔法の石のつくりかた

宝石で家を建てて娘は隠れ住んだ。宝石が半分になってくると、娘は不安になった。この先何があるかわからないのにこれで足りるのだろうか。

不安そうな娘を男は抱きしめた。

「心配しないで。君は魔法使いだったんだね。見てて。」

男は手をぎゅっと握るとしばらくして手品をするように手を開いた。そこには魔法の石があった。

「僕は魔法の石をつくることができる。少し疲れてしまうけど、君を助けるだけなら十分だ。

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第六章:宝石職人たち

男は娘をあまり外に出したがらなかった。娘がいろいろと知ってしまえば自分を尊敬してくれないのではないかと思ったからだった。意図して命令して外に出さなかったのではない。無意識に奨めなかったのに近い。

娘は娘で猫を撫でて本を読んで学に興じ、ボードゲームの勝法を考案していれば満足だったので外に出たいとも思わなかった。

ある日男は魔法の石をつくれなくなった。

娘が持っていた残りの石を使って生きることは

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第七章:瓦解

ある朝、魔女が目を覚ますと宝石職人は一人もおらず、宝箱は空だった。

寝ぼけてまどろんだ眼は、虹彩も瞼も痛いほどに見開いた。目覚まし時計が止まっていたのに気が付いた時のような表情をして倉庫や工房を確認し、しばし唖然としたかと思うとはっと気が付いたように男のもとへ走った。

最悪の事態を想定しながら走ると、男は砕け散って宝石になっていた。

女は足が傷つくのも気にせずに細かな宝石の破片の上に崩れ落ち

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第八章:私はなぜ救うのか

実際宝石職人が死ぬかどうかはどうでもよかった。

既にすべてを失っているのだ。

ところで地中に埋めておいた宝石は無事だったようだ。

魔女は人里離れた場所に移り住み、宝石を使って生活した。彼女一人であれば宝石職人がいなくても生きていけるだろう。

魔女は宝石と子猫を交換しようと思い、学者風の姿に扮して街へ出かけた。

目当ての猫を買って店の外に出ると、さびれた街道にみすぼらしい子供が座っている。

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