第六章:宝石職人たち

男は娘をあまり外に出したがらなかった。娘がいろいろと知ってしまえば自分を尊敬してくれないのではないかと思ったからだった。意図して命令して外に出さなかったのではない。無意識に奨めなかったのに近い。

娘は娘で猫を撫でて本を読んで学に興じ、ボードゲームの勝法を考案していれば満足だったので外に出たいとも思わなかった。

ある日男は魔法の石をつくれなくなった。

娘が持っていた残りの石を使って生きることはできたが、娘は不安定になり、男は自分を追い詰めた。

「どうして石がつくれなくなったの?」

「わからない…」

「貴方が石をつくれないのは”どうしても欲しい”と思わなくなったから?もう私たちのことはどうでもいいの?」

「そうじゃない、そうじゃ、」

男は疲れ切っていたが、石をつくらねばならないと思って目をつぶった。

すると手が石に変わってしまい、開くことができなくなった。

男はしぼむようにやせ衰えて気絶した。

娘はどうにかして男を助けたかったのだがもう宝石は少なくなっていた。

その為他の宝石職人を連れて石で願いをかなえるから石をつくってほしいと頼んだ。娘は石を買ったことがなかったのでどのくらいの値段で石がもらえるのか知らなかった。

娘が捕まえた宝石職人は自分に条件がいい破格の交換条件をだす魔法使いを大歓迎した。石ひとつをうまくつくかって家を建ててくれれば問題ないと喜んで応じた。宝石職人は石で願いをかなえられないのだ。

女は男のもとに戻ると手を治し男を起こした。しかし石が足りなかった。

女は家を建てるので、これっぽっちの石では足りないと宝石職人の襟首をつかんで脅すと、宝石職人はおびえながらたくさんの石を出した。

女は数々の宝石職人を集めて石を宝箱一杯にため込んだ。

女は更にその石を使って宝石職人たちを脅すことができたので少しのお礼でたくさんの宝石を手に入れることができた。

それでも男は起き上がらなかった。石が足りないと手がまた石化して、身体の方まで及んでくる。

しかし大量の石をつぎ込むと男は時折「ううう、いぁら、しなせ、いぁら」と呻いた。女は一縷の望みをかけて大量の石を欲しがった。

男は食べては寝て食べては寝てという繰り返し以外には何もできなくなった。

万が一石が足りなくなると男がどうなるかわからないと思った女は、宝石箱にに石をたくさんため込んだ。

叶える願いよりも多くの石をため込むので、宝石職人の何人かは石をつくる力を使い果たして干からびて死に、死んだ宝石職人がくだけたところに小さな魔法の石が散らばった。

その小さな石を他の宝石職人はむさぼるように拾った。そういう宝石職人は、他の石を拾えなかった宝石職人に”死体漁り”と呼ばれて忌み嫌われたが、各々、自分や自分の家族を救うために使ったり何かのものと交換したりすることで生き延びようと必死だったのだった。石になった男を救いたい女と変わりがない。

力のない宝石職人がいる宝石工房では、お互いを死体漁りと責めるものはいなかった。むしろ死んだ宝石職人のほうが愚かな宝石職人として嘲笑われる。

なぜなら石を拾うもののほうが多く、拾わねば生きていけないこと、大切な人を守れないことをみんな知っているからだ。

その風潮が中級の工房にも少しずつ感染するように広がって、さらに力のある宝石職人がいる工房にもその風潮が徐々に徐々に拡大していった。実際に広がっていたのは風潮ではなく、実質的な貧困だった。

明日砕けた宝石職人と同じになることは自分や家族や仲間のために何が何でも阻止しなければならない。皆、敗者を笑わねば生きていけなかった。

宝石職人たちは心身共に苦しみ、魔女を恨んだ。宝石職人が恨んだのは魔女だけではない。宝石職人たちは自分より力のない足を引っ張る宝石職人も恨んだし、自分より力がある自分を見下す宝石職人、あるいはお節介にも手助けをして自分を力ない惨めな職人だという気持ちにさせるような宝石職人すら恨んだ。

宝石職人たちは何より自分自身のことを恨んでいた。

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