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30歳で自立したくなった話16/ミントグリーン

憧れの「フレンチモロッコメキシカン」にするためには壁の色を変えることが必須だ。
最近は賃貸OKの壁紙が出ていて、自分でDIYすることもできる。
でも不器用な私は自信がなく、例の後輩に相談すると、壁紙業者を紹介してくれた。
後輩の素敵部屋も実際にこの業者を使ったということだった。

「イケメン社長が貼りに来てくれますよ!」
後輩はロバートの秋山を日本一イケメンだと思っている。期待せずに予約した。

引越し当日は、地元の友達とその先輩が手伝いにきてくれた。
先輩はその日がはじめましてで、初対面の女の引越しを手伝うって相当謎なシチュエーション。にも関わらず、気さくに対応してくれた。手伝ってくれたお礼にふたりにお昼をご馳走しようと思っていたのに、なぜか友達が鰻をご馳走してくれた。

そんなふうに楽しく引越し作業をしていたから、寂しさは全く感じなかった。
思ったより時間がかかったのでとりあえず荷物を全て新居に詰め込み、片付けは後日することにしてその日は彼の家に帰った。

夜中に彼が帰ってきたが、引越しについては何も聞かれなかった。私からも何も言わなかった。
翌日から仕事帰りに時間があれば新居に立ち寄り、片付けを少しずつした。そのことも彼には話さなかった。


次の土曜日、壁紙業者の予約の日。
片付けは一通り済ませて住める形にはなっていた。あとは装飾だけだ。

時間通りにチャイムが鳴った。
「壁紙の○○ですー」
扉をあけると、イケメン…かはわからないが、いわゆる「業者」っぽくない清潔感溢れるおしゃれオジサマがこれまたおしゃれアタッシュケースを持って立っていた。

「女性一人暮らしで見知らぬ人が作業するのって不安ですよね、すみません。すぐ終わらせちゃいますね!」と、テキパキと作業を進めつつ、気まずい雰囲気にならないように適度に雑談を振ってくれる。
オジサマはなんだか毒気を抜かれる雰囲気を持っていて、気付くと私は今回の引越しのいきさつを全て話していた。誰にも話していないことも。

「う〜ん、そうか…あなたが寂しがりやじゃなさすぎて、男性は戸惑っちゃうでしょうね。」
全てを聞いたオジサマはそう言った。

「え、でもさっき話したとおり、私はすごく寂しがりやだし甘えすぎて自立できなくて…ひとりが寂しくてすぐに転がり込んじゃうし…」

「本当の寂しがりやで自立できない人は、まず自立しようとしませんよ。その環境が一番幸せなはずです。なんなら、早く結婚して仕事も辞めて家に入りたいと思うかもです。
彼のようなバリバリ働いて稼ぐタイプの人は、自分がいないと生きていけない存在を守ることで自分の存在意義を確かめる場合もありますよ。」

「あなたみたいな人、強くて美しいです。でも周りはあなたが心配です。…さぁ、壁紙できました!すごく素敵な色選びましたね。朝の光の中で柔らかく爽やかに映りますよ。新しい門出にぴったりですね!」


後輩の言う通りだった。


この見知らぬオジサマの言葉は、今でも私の心の奥にある。たまに心の奥に手を伸ばすと柔らかな風のようになめらかで、新しい門出を選んだ自分を愛してあげようと、そう思う。



















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