ソーシャルディスタンス
●テレビ画面
小池都知事の会見映像。「引き続き外出自粛」や「夜の街のクラスターの怖れ」などを話している。
急に消され、
●居酒屋なかむら
店主の仲村(34)がリモコンでテレビを消したところ。ため息をついて一方へ。客のいない店内を横切り、
●駅近の飲み屋横丁(夜)
仲村が店先に出て見まわす。周囲に人はいない。のれんを店内にしまう。看板の電気が消える。
●居酒屋なかむら・店内
仲村がテーブル席やカウンター席の仕切り用アクリル板を消毒。
厨房で冷蔵庫から料理を出し、ラップをとってにおいを嗅ぐ。ひとくち味見したあとゴミ箱に捨てる。
●高校・外観(昼前)
●高校・校内
休み時間のスケッチがいくつか。男女共学の高校。皆マスクをしている。
その中に高校2年の内田麻耶(16)がクラスメイトと楽しげに話している。
●スーパー
麻耶が学校帰りに買い物している。同級生の吉野舞花と磯山留美が一緒にいる。惣菜コーナーを見てまわり、
舞花「悪くないっちゃ悪くないよね、毎日好きなの食えて」
麻耶「いいよ。前からわりとそうだったけど。ほら母親医者で忙しかったから」
舞花「ふーん。これうまそ。しかも割引」
麻耶「おー、どれどれ」
留美「全部うまそうに見える」
舞花「それ腹減ってるだけな」
麻耶「な」
笑う3人。麻耶だけが一方に気づく。少し離れた場所で品出しの作業をする少年がいる。同級生の松本。視線に気づいて麻耶の方を見る。すぐ仕事に戻る。
麻耶「――」
●タイトル
●内田亜季の写真
麻耶の母。写真立てに入った写真。
●内田家・ダイニング(夜)
麻耶がテレビを見ながら買ってきた惣菜で夕飯。亜季の写真立てはキッチンとのあいだのカウンターにある。麻耶は特に見ない。
●高校・校門(朝)
早い時間で登校する生徒がまだ少なめ。
●高校・教室
麻耶「(ひとりで来て一瞬とまってから)おはよ」
松本「(ひとりで宿題していて顔を上げ)ああ、おはよ(すぐ宿題に戻る)」
麻耶「(少し離れた自席につく。鞄から教科書やノートを出しながら)あそこでバイトしてんだ? スーパー」
松本「(宿題したまま)ああ」
麻耶「内緒?」
松本「ん?(と見る)」
麻耶「なら黙っとく。昨日のふたりにも、一緒にいたでしょ舞花と留美。まだ言ってない」
松本「あぁ、どっちでもいいよ。別に隠してない」
麻耶「ふーん、そう」
松本「(宿題に戻り)元気だね、内田」
麻耶「なにそれ」
松本「いや、元気だからさ」
麻耶「悪い?」
松本「知らないと思うけど、俺は父親いないんだ。中学のとき交通事故で死んで」
麻耶「――そう」
松本「急だったから、しばらくヘコんだ。だいじょうぶならいいけど」
麻耶「うん――」
留美の声「お、早い。おはよ」
麻耶「(振り向いて)おはよう」
留美「(自席に行きつつ)宿題やった? これから? 見せて?」
●高校・外観
始業のチャイムが鳴る。
●高校・教室
授業中の麻耶たち。麻耶が気になって松本の横顔を見る。松本は気づかない。
●書店
放課後の麻耶と舞花と留美が来ている。
●公園(夕方)
3人がベンチで話している。
●十字路(夜)
3人が「バイバイ」と言い合って別れる。
●スーパー
松本がスーパーの制服でまた働いている。
麻耶の声「毎日なの松本君」
松本「ん?(と振り向く)」
麻耶「(買い物カゴを持ってそばにいて)バイト。偉い。遅くまで?」
松本「いや」
麻耶「いや?」
松本「(腕時計を見て)今日は、あと10分」
麻耶「そう」
松本「塾? 帰り?」
麻耶「ううん、遊び。しゃべってるとつい時間経って。タイムスリップ?」
松本「好きだな(と苦笑)」
麻耶「え(ドキッとする)」
松本「あ、いや、しゃべんのが好きだなって」
麻耶「あぁ、うん、まぁ」
松本「急ぐ? 帰り。それでもう終了?(とカゴの中身を見る)」
麻耶「(カゴの中身を見て)うん、あとそうね、会計」
松本「駐輪場んとこで待ってて。送るよ(と一方に行ってしまう)」
麻耶「え(と固まって見送る)」
●スーパー・レジ
麻耶が会計している。
●スーパー・駐輪場
麻耶が学校の鞄と買い物用のエコバッグを持って立っている。スマートフォンを見ている。
裏口の方から松本が自転車を引いてきて「悪い悪い、ちょっと遅れた」と声をかける。麻耶が首を振る。
麻耶の声「(先行して)松本君は家どっちなの?」
●夜道
歩いている麻耶と松本。
松本「俺はあっち」
麻耶「真逆じゃん」
松本「自転車ならすぐ」
麻耶「別に送ったりいいのに。そんな遠くないし」
松本「ついてくんなって?」
麻耶「そうじゃないけど」
松本「じゃあ途中まで。家のそばまでは行かない」
麻耶「うん――」
松本「ここらわりと物騒じゃん。遅くまで出歩いてなんも言われない?」
麻耶「遅くもないよ。まだ8時ちょっと過ぎ」
松本「でも今は特にさ、ステイホーム」
麻耶「あぁ」
松本「まだ帰ってない? 親」
麻耶「そうね。父親は最近早いけど、それでももうちょっと遅い」
松本「ふーん」
●別の道
麻耶「スーパーなんて大変だね、たくさん人が来て」
松本「怖いことは怖いね。対策はしてっけど」
麻耶「ふーん」
松本「でも忙しくて、休めなくて。休校の時も実はバイトしてたんだ。見つかったらさすがにヤバイかってヒヤヒヤした」
麻耶「そうなんだ」
松本「まいるよな、コロナ」
麻耶「うん――」
松本「なんでこんなことになったんか」
麻耶「私は別に、元気にしてるわけじゃないよ」
松本「うん?」
麻耶「自然にしてる。普通に元気。無理してない」
松本「――そう」
麻耶「まだ実感ないんだよね、母親亡くした。突然入院して、面会できなくて、苦しんでる時にLINEで何度か顔見たけど、話したけど、それきり」
松本「そう」
麻耶「死んじゃったって言われても、顔は見れなかったし、いきなり御骨になって戻ってきても、なにそれって。嘘だよって」
松本「うん――」
麻耶「元々医者で忙しくて、だから院内感染したんだけど――今も泊りがけで働いてて、家に帰ってこないだけ、そんな気がする。現実逃避だろうけどね」
松本「――」
麻耶「逃げて、ショックなのから逃げてんだろうけど」
松本「いいじゃん逃げれば、必要なら」
麻耶「うん――」
松本「間違ってないよ。頑張ることない」
麻耶「――そうね(止まって)ありがと。もういいここで」
●歩道
麻耶と松本が別れるのを遠くから見ている視点。反対側の歩道のクリーニング店から出てきた内田純次郎(45)が見ている。
自転車に乗った松本が戻ってくるのを純次郎は見送り、自宅に向かう麻耶を見る。追う。手にはクリーニング店で受け取ったワイシャツ数点。
●夜道
麻耶が速めの歩調で行く。純次郎は追いつこうとするが信号の具合などで追いつけない。
●自宅マンション前
麻耶がオートロックの自動ドアを入っていく。純次郎が続いて入ろうとするが間に合わない。
●内田家・麻耶の部屋
麻耶が学校の制服を着替えている。
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