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コスモナウト--月--

必死にただ闇雲に空に手を伸ばして
あまりにも大きな感情のもとで、彼の魂は
気の遠くなるくらい向こうにある何かを見つめて…

私の目の前からロケットが、雲が、夕陽が静かに姿を消した
輝く夜空に気付かずに、コツコツと鳴る靴の音、私の音じゃないみたいだ
肘を曲げてポケットに手を入れたまま歩く彼、白線と私より少し左を歩く彼

彼が他の人と違って見える理由が少しだけわかった気がした
そして同時に彼は私を見てなんていないんだということに、私ははっきりと気付いた

私の歩が止まる
当てもなく、月を見上げる
沈んだ太陽を見つめて光る白い月
その月の光に包まれる私の視界
ぼやけて見える、螺旋状のムーンライト

彼の歩が止まる
振り向かれた私は咄嗟に小走りで彼のもとへ駆け寄る
電灯もないこの夜道で彼の表情を見ると、私はただ歩くしかなかった

だからその日、私は彼に何も言えなかった

迎えにきた飼い犬が吠え、私と別れて彼は帰路に就く
いつものようには手を振ることができない私は
少しだけ早く、手を振るのをやめた
手をおろしながら少しずつ潤んでいく瞳に
私の瞳に映る彼の背中は小さくなっていく

彼は優しいけれど
とても優しいけれど、でも彼はいつも
私のずっと向こう、もっとずっと遠くの何かを見ている

私が彼に望むことは、きっと叶わない
それでも、それでも私は彼のことを
きっと明日も明後日もその先も、やっぱりどうしようもなく好きなんだと思う

彼のことだけを思いながら泣きながら
私は眠った




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新海誠監督「秒速5センチメートル」を数年ぶりに見ました。


遠出の散歩