兼業はつらいよ|はらだ有彩×ひらりさ 対談④
『日本のヤバい女の子』の著者、はらだ有彩さんと、ライターのかたわら劇団雌猫メンバーとしても活動するひらりささんの人気対談企画の第2弾! 柏書房の編集者・竹田もちょくちょく口をはさみつつ、赤裸々なトークをお届けします。
第1回はふたりの共通点でもある兼業について。会社員として働きながら人気ライターとして活躍するおふたり、もちろん自己管理はばっちりかと思いきや……? (第1弾の①②③へ)
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正直、時間管理がめちゃくちゃできない!
ひらりさ さっそくなんですが、私は今めちゃくちゃ風邪を引いています。
はらだ めちゃくちゃ辛そうです。どうしたんですか?
ひらりさ やっぱり30代に2週連続オールナイトは厳しかった…。まず、2週間前の土曜、お昼にミュージカル『刀剣乱舞』を観て、そのままピューロランドのオールナイトパーティーに行き ――
はらだ 超遊んでる。それはお仕事も兼ねて?
ひらりさ 全く関係ないです。で、次の週末は映画『神と共に』2部作と『アシュラ』のオールナイト応援上映に行き、そこから完全に体調を崩しました。あっそうだ、3週間前には上海にも行ってる! 朝6時に羽田に着いたあとそのまま出社したので、実質3週連続オールナイトです。先日劇団雌猫のイベントに登壇したときがピークで、みなさんにはご迷惑をおかけしました。ちゃんと休まないとと思いましたね……。――あれ? でもはらださんにこの対談を持ち掛けたのも風邪の最中でしたっけ?
はらだ 風邪の最中でしたね(笑)
ひらりさ 私、馬鹿なんじゃない!? ほんと、スケジュール管理がうまくないんですよね…。このあいだも『本業はオタクです。シュミも楽しむあの人の仕事術』(中央公論新社)という本を出した関係で「ひらりささんの時間管理術を知りたい」という取材を受けたのですが、ちょっと申し訳なくなって。私はとくに工夫もせずに「(予定を)詰める! やる!」という暮らしをしているんだなってあらためて思いましたね。
はらだ 以前、兼業漫画家さんが睡眠時間が3時間のタイムテーブルをツイッター上に公開して物議を醸していましたよね。「私も兼業で連載できているから、やりたい人は諦めないでやってみてもいいのでは」っていうポジティブな文脈だったんですけど、「そういう無茶な生活を勧めるのはどうなのか」って意見が目立っていました。
「どこまでを労働時間と該当させるか問題」
ひらりさ 兼業という働き方にはいろいろ問題もありますよね。副業がOKの会社は増えてきたけれど、本業をしっかりやった上で副業も……となったときに、どうしても労働時間は長くなる。トータルで労基法にのっとった働き方をしたうえで、本業でもしっかりとパフォーマンスが求められるわけで、本業の言い訳に「副業が忙しくて……」とは言えないんですよね。
はらだ 言えませんね。そして副業の言い訳に「本業が忙しくて……」も言えない。インターネットにも書けません。
ひらりさ 書けません。会社の人がTwitterも記事も読んで応援してくれてるし!(笑)でも実際、仕事そのものではなく、業務外のこまごました連絡とか、資料を読んだり、仕事でつながった人と会ったり、興味を持ったイベントに行ったりする時間などが重なると、自己マネジメントに失敗する時期もあるのも事実で。なので、同じく兼業されているはらださんがどうやっているかがすごく気になります。このつらさを分かち合いたい!はらださんは仕事について考える時間はけっこう多いんですか?
はらだ 私は会社で働きつつ、家で絵と文を書いていますが、この「どこまでを労働時間と該当させるか問題」ってありますよね。「何書こうかな」って考えている時間は、仕事ではなく遊びの方に含むこともできますし。魂の遊び、的な。逆に、生きてる時間、遊びも含めて全部仕事と考えることもできるし…。芸の肥やし、的な。
ひらりさ わかります。前に、「SPUR」のダブルワーク特集でタイムテーブルを公表されていましたよね。
はらだ 最近では「会社の仕事をしながら、絵と文のアイデアを脳のクラウドに上げる」っていう技も編み出しました。
ひらりさ 脳のクラウド。
はらだ 机の前に座って考えると「机の前に座って考える」という時間が発生するし、何も浮かんでこないことの方が多いので…。生活全部にうっすらブレストを敷いておくみたいな。あっ、でも会社をクビにならないために一応言っておくと、仕事中に別の仕事をしているわけではなく(笑)。脳の5%くらいを空けておいて、思いついたことを脳のOneDriveに上げ続けて、ウィークエンドに一括ダウンロードするみたいな。
竹田(編集):脳のOneDrive(笑)。
ひらりさ 私は平日の夜はめちゃくちゃ飲み会に行っているので、ウィークエンドは「ヤバいヤバい」って言いながら原稿書くターンです。
はらだ 何の飲み会なんですか?
ひらりさ 職場の送別会とか、歓迎会とか、取引先の方との会食とか、副業のほうの打ち合わせとか取材とか交流会とか……。
はらだ それ、もう仕事じゃないですか!
ひらりさ 飲み会も取材も「楽しいおしゃべり」みたいな感じでカウントされてはいますが、やっぱり疲れるといえば疲れます。
はらだ MPが減りますよね。 RPGで言うところの、ヒット・ポイントじゃなくマジック・ポイントがね。
ひらりさ そう、MPが減ります。はらださんは体調は崩さないんですか?
はらだ なぜか体力が異様にあるので今のところ幸運にも体調は崩してないんですが、幸運を過信しすぎるのはサステナブルじゃない気がする。サステナビリティなきところにレスポンシビリティなし…。と言いつつ体力頼みになっちゃうことはよくあります。「もうひと粘りしたい」というときのバッファを体力から捻出してしまいがち。
ひらりさ 体力頼みのバッファ捻出って、美大あるあるなんですかね。
はらだ あるあるかもですね。展示前に全てを投げ打って作業して、搬入後床で行き倒れて寝てる人とか、いっぱいいますもんね。ひらりささんもレポート提出前とかにありませんか?
ひらりさ 私は無理や徹夜はしません。ずっと受験勉強をしてきた人間はテストの日がXデーなので、健康を保ちながらコンスタントにやり続けないといけないというマインドがあるんですよ。展示に向けた制作の場合なら、作品完成の瞬間がXデーだから、違いがあるのかもと思った。
はらだ 確かに、Xデー当日はとにかく作品があればいいですもんね。「いつが脳の本番なのか」によるのかがパワー配分を左右するのかも…。
ひらりさ でもこのところは留学の準備も重なっていて、睡眠時間が減っていたんですよね。反省して、寝るようにしました。
はらだ 留学は現地へ行って勉強する時間がXデーですもんね。…ん!?めっちゃ自己管理できてるじゃないですか!
世間の無駄を「お詫びしながら」取り除く
ひらりさ 私、仕事を掛け持ちしてることによる特典として「承認欲求に滅ぼされない」というのはあると思うんです。私はライター業のほうで承認欲求を得られているから、会社では自分のやったことが褒められようが褒められなかろうが関係ないというスタンスでいられます。成果は気にするけれど、感情的に報われるかどうかに対しては、比較的気にせずにいられているかなと。
でも一方で掛け持ちすることのデメリットも感じています。私は会社員をやりながらのライター業なので、平日の取材依頼になかなか対応できないわけです。今は、一般の人にこちらから取材をお願いするスタイルを取っているから回っていますが、専業と兼業にはいろいろトレードオフな部分があると思います。
はらだ 私も取材や打ち合わせの時間が、私の都合で制限されてしまうのがすごく心苦しくて…。
ひらりさ 劇団雌猫は、時間が合わないときはグループLINEで打ち合わせも座談会収録もやります。
はらだ めっちゃハイテク!LINE座談会、考えながら話せていいですね。最初から文字起こしされてるし。
ひらりさ 取材や打ち合せって、行って戻ってくるだけでもわりと疲労しますから。仕事を掛け持っていると、時間の効率化みたいなものはすごく考えます。
竹田(編集) そういうのもありな一方で「会わないとダメ」って流派の人もいると思うんですが…。
ひらりさ そこはちゃんと「すいません」とお詫びしつつ、理解していただくみたいな。世の中の無駄な部分はそうやって改良していけると思うんです。私は請求書を紙で出すと死んじゃうので、「請求書を紙で出すと死んでしまうのでPDFにさせてください」って頼んだりしています(笑)。
はらだ 請求書! 私は死んじゃわないので、紙で出してって言われたら紙で出します(笑)
ひらりさ 偉い!
起こせ!一人シナジー!
はらだ 仕事を掛け持ちするって、天津飯の応用っぽいイメージなんですよ。
竹田(編集) 天津飯? 『ドラゴンボール』のことですか?
はらだ そうそう。天津飯には4人に分裂する「四身の拳」という技があるんですけど、これって1人あたりのパワーも4分の1になっちゃうんです。それだと本末転倒ですよね。実際、天津飯も悟空に負けてたし。
竹田(編集) けっこう初期のほうのドラゴンボールですね。
はらだ 仕事を掛け持ちすると、時間も体力も単純計算で2つに分裂することになるから、「四身の拳」ならぬ「二身の拳」状態ですよね。初期天津飯スタイルで分裂するとパフォーマンスも2分の1になっちゃうんだけど、1を2つにぶった切るんじゃなくて、1が2に枝分かれする応用ができないかなと思って、最近トライしているところです。脳の入り口は1のまま、アウトプットの出口を2つに分ける、みたいな。会社員の自分と、絵と文を書く自分の「二身の拳」同士で連携を取って、「一人シナジー」を起こすイメージ。
私はファッション資材関係の会社で働いているので、ありがたいことに常に「最新の女性像」を目にする機会が多いんです。ファッションって「次に求められる女性像」を具現化して提案する場だと思うので、それを見た会社員の自分が「こういうイメージが模索されているということは、つまり……?」とトスを上げ、絵と文を書く自分が「こういう課題があるのでは!?じゃあこれを書こう!」とアタックするシステム。
ひらりさ なるほど一人シナジー! 私も会社で編集やライティングをやっているわけではないですが、日々のニュースには本業でも常にアンテナをはる必要があるんですね。その結果、ライター業のほうにも活きる脳活動ができているなと感じます。
竹田(編集) 二人とも副業と本業が微妙に重なり合っていて、影響しあっている感じはします。
ひらりさ うーん、ものすごく重なってない本業を持つ……たとえば飛行機のパイロットをやりながらライター業をするってことになっても、普通に空で学んだことについてのライティングをするとは思います(笑)。
はらだ うん、そうなりますよね。それが自然ですよね。だから、「偶然副業と本業が重なり合っていた」というより、「本業のシャワーを浴びた結果、副業の輪郭が掘り出された」ということもあるかもしれないと思うんです。
劇団雌猫さんの作品って「たった今生きていて、たった今この世の中にさらされている『オタク』の人々」の肌感覚を文字に焼き付けていきますよね。ひらりささん個人の活動でも、「ここ2、3週間でみんなが何となく何度か耳にして、うっすら気になっていたトピック」を咀嚼されているような気がしていて。それは本業で常に日々のニュースを浴びて、肌感覚を蓄積しているからなんじゃないかな。それがパイロットなら空の話になる。
私は会社の仕事のために「最新の女性像」を見るし、仕事で「最新の女性像を提案しようと模索している人」にお会いする機会があります。そこで交わされる言葉の端々に「女性像」についての空気感が宿っている。会社の仕事で見聞きしたことをそのままどこかに勝手に書くことはもちろん絶対ないんだけど、空気感を感じられる場所というのがいいんです。「あ、みんなが模索している女性像の、まとっているオーラが移り変わってきたな」と肌感覚で感じられる場所というのがありがたい。自分にトスを上げやすくなるから。
それでも会社員として働く理由
ひらりさ それこそはらださんだったら、専業という選択肢もあるんじゃないかと思うのですが。
はらだ ちょっと前までは折に触れ、イキッて「会社辞めたる」と思って悦に入るという趣味があったんですけど(笑)、今は「それを自分で決めるのはむしろもったいないのでは?」という感じになっています。
私、自分の場合は計画を立てないほうがうまくいくってことに最近気付いたんです。「私ごときの想像通りに事が展開するはずがない」って。それまでは年間計画とか立ててたんですよ。
ひらりさ すごい! 年間計画はいつごろ立ててたんですか?
はらだ 『日本のヤバい女の子』が出る前です。企画の売り込みをするために資料を作って、月単位の計画と、中期経営計画と、長期経営計画をそれぞれ立てて。
ひらりさ 会社だ。
はらだ でも、一切その通りになりませんでした…。そんなときに、確かビジネス雑誌に載っていたIT系ベンチャーの方のインタビューだったと思うんですが、「業界が猛スピードでどんどん変化するから、長期経営計画は立てない」 という話を読んで「ほんまや!私は特にトロいから、計画を立てている間に世の中が変わっているのでは!?」と思ったんです。
ひらりさ なるほど。私は会社で働くこと自体がけっこう好きです。フリーでライターをしていると、相性の合う人と仕事をする機会の方が多いので。飽き性だから会社にもいる、みたいな感覚です。
はらだ いろんな人と会えるのは本当にありがたいですよね。私は自分が一人で机の前に座っていても、大したものがでてくるとは一切思えないんです。何かしようとしている人の横顔を見て、誰かと喋らないと、たぶん何も生み出せない。
ひらりさ 会社で勉強できることいろいろありますよね。
はらだ 触れる人生の数が全然違いますもんね。「四身の拳」ならぬ「一億身の拳」なのでは…。
(構成・いつか床子)
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(⑤は近日公開)
はらだ有彩
関西出身。テキスト、テキスタイル、イラストレーションを手掛けるテキストレーター。ファッションブランド《mon.you.moyo》代表。2018年に刊行した『日本のヤバイ女の子』(柏書房)が話題に。2019年8月に続編にあたる『日本のヤバい女の子 静かなる抵抗』を刊行。「リノスタ」に「帰りに牛乳買ってきて」、「Wezzy」にて「百女百様」、大和書房WEBに「女ともだち」を連載。Twitter:@hurry1116 HP:https://arisaharada.com/
ひらりさ
1989年東京生まれ。ライター・編集者。平成元年生まれの女性4人によるサークル「劇団雌猫」メンバー。劇団雌猫の編著に、『浪費図鑑 悪友たちのないしょ話』(小学館)、『だから私はメイクする 悪友たちの美意識調査』(柏書房)など。最新著『誰に何と言われようと、これが私の恋愛です』(双葉社)。ひらりさ名義として「FRaU」で「平成女子の「お金の話」」、「マイナビウーマン」にて「#コスメ垢の履歴書」を連載。
Twitter:@sarirahira