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【今生編】14.カサブランカ城へ

 何時間走っても同じような風景の続く、なだらかな丘陵の牧草地にどこまでも伸びた道を、スノードロップ家所有の二台の箱型自動車が前後して進んでいる。
「スノードロップ家の本領地だというから、てっきり汽車を使うとばかり」
 朝早くに雪花亭を発ち、払暁を経て日が高くなるあいだ、刻々と移り変わる色彩の鮮やかさが景色にあるうちはよかったが、市街を離れ、郊外にさしかかってからほとんど変わりばえしない車窓の眺めにうんざりしたのか、冬物の旅行服を着込んだアリアドネがため息まじりに言うと、ひとつの座席で隣に並んだリィンセルが微笑んだ。
「ベニントンは煙霧京とさほど離れてないもの。北部にあるマネット領のほうはだいぶ遠いわね。鉄道が通るまでは行き来が大変だったそうよ」
 アリアドネとリィンセルの向かいには、こちらも外出着姿のエヴァグリン夫人とヴァイオラが座り、それぞれ相槌を打った。
 女性たちの乗る先導の車をサフィルが運転し、旅行用の荷物を積んだ後続車のハンドルを握るのはコハクだ。
 階上のスノードロップ家のかたがたが外出や旅行をされる際、家令のアダムシェンナは決まって雪花亭の留守番だ。家令と執事の二人をそろえるのは主家の負担が増すものの、こういうとき役割を別にできるのが理由として大きい。
 ローズオンブレイは、遠方で入院している病気の知人を見舞うというので、休暇を兼ねて今回は同行しなかった。
「こうして車で移動できるのは、雪が降り出すまでことですよ」
 伴侶を事故で亡くしてから自動車が苦手というだけあって、顔色のよくないエヴァグリン夫人は、路上の起伏や砂利を踏んで車体がぐらぐら揺れるたびに、口元をハンカチで押さえた。
「ごめんなさいね。無理をさせて」
「とんでもございません、姫様。私もそろそろ慣れませんと。この先、時代が逆戻りすることはないのですから」
 夫人の言葉はリィンセルに返されたものというより、自分に言い聞かせているようだ。
「あちらに着いたら遅い昼食になりますよって、あとのことは、わてとサフィルに任せて、エヴァグリン夫人はお休みになっておくんなまし」
 ヴァイオラがそう労わると、気丈にふるまったにしては遠慮する余裕がないのか、げっそりした顔つきの夫人が「悪いわね」とかぼそく返した。続けてヴァイオラは「コハク様もおられますよって」と屈託なく言う。
 コハクの名を聞き、車酔いのエヴァグリン夫人とはまた違った具合の悪さでうつむくアリアドネは、暗い表情で革靴のつま先に目を落とす。
 リィンセルは、アリアドネの大切な友だちだ。
 この小さな可愛らしい白雪姫が背負う偉大な公爵家にまつわる、数百年におよぶ因縁と復讐の歴史をコハクの口から聞かされたアリアドネは、ふと考え込むことが多くなった。ひとりでに涙があふれ、頬を濡らしていることもよくある。
 友だちといいながら、近ごろはまるで姉か母のような気持ちで幼いリィンセルを案じ、守らなくては、と思いつめるアリアドネに、コハクはまた別の意味で気がかりな存在だ。
 白と黒の両公爵家の復讐の連鎖において、より差し迫って現実味があるのは、今もっとも新しい執事ボイドたるコハクだ。
 黒太守と呼ばれるダネル公が自身の復讐を成し遂げたのだから、次の報復は当然のように、白雪公の執事ボイドの番だといった一種の期待が、コハクにかかっている。
 その期待めいたものを回避する方便のひとつが、後継者がなければ復讐の連鎖に加わらないという、ねじれた因縁と復讐が絡み合う数百年のあいだ、時間とともに形成された原則だ。もちろん原則破りの前例もあるので、コハクがまだ独身だからといって、復讐を免じられるとは限らない。
 あるいは、コハク自身が矜持を損なうのを覚悟のうえ、嘲笑も侮蔑もすべて許容し、ここで連鎖を断ち切るというなら、復讐は止められる。そうすれば、いずれ公爵位を受け継ぐリィンセルにおよぶだろう将来的な危機も、未然に回避できるはずだ。
 しかし、かかる恥辱を耐え忍ぶべし、と誰がコハクに言えるのか。それが問題だった。
 ただ言うだけなら簡単だ。アリアドネにもできるだろう。復讐などという非道なものに囚われてはならない、と諭すのは正しいことだが、正しさだけで感情は動かせず、人心も救えない。
 コハクは父親を殺されている。たとえそれが過去の凶行の因果応報だとしても、コハクが父親の仇討ちを願望することは、当人の自由意思だ。それは理屈ではないのだ。善悪ではどうにもできないことだった。
 コハクと同じく父親を喪ったリィンセルが、両公爵家の復讐の連鎖のことをどう考えているのか、アリアドネには分からない。まだ幼い子どもだから、そんな恐ろしいことまで考えがおよばないのかもしれないし、父親がなぜ死んだのか、そもそも復讐の連鎖をあまり理解できていないこともありえる。
 ただ、あれほど大人びて利発な白雪姫が、父親の死をめぐる因縁についてだけ幼稚な思考しか持たないというのも不自然で、アリアドネの心配もそこだった。
 リィンセルを血なまぐさい争いに巻き込みたくない、というのはアリアドネのみならず、おそらくスノードロップ家のひとびとの総意であろうし、世間のおおかたも同意するはずだ。
 リィンセルの考えがどうあれ、まだ非力な子どもである以上、コハクが事を起こさなければ、あと数年から十数年は何事もなくいられるはずで、時間が経つほどに恨みが薄れていけば翻意させやすくなる。今はとにかくコハクをどうにかしなければ、との思いがずっとアリアドネの胸中を離れない。
「……ほら、見えてきたわ。あれがカサブランカ城よ」
 リィンセルの声が耳に届き、思惟に沈んだアリアドネは我に返った。
 ほとんど隆起のない平らかな地形とあって、はるか遠くの緑の丘にぽつんと小さく建つ城が見えている。この距離で車窓から小さくとも城を眺め通せるということは、よほどの規模になろうし、いま見える限りのほぼすべての土地がスノードロップ家の所領だ。
 アリアドネは、二人で押し合うように窓辺へ寄ったリィンセルの、痩せ気味の体に腕を回して抱き寄せる。白繻子の飾り帯でわけた黒檀色の髪に鼻先を埋め、華奢な肩にかかる毛先を指で梳いていると、不安がやわらぐ気がした。

 距離を縮めるにつれ、壮麗な姿を間近にあらわしたカサブランカ城は、石造りの外壁に漆喰を塗りつくした、名前のとおり白く輝くような城《カースル》だ。
 門扉をくぐりぬけた自動車が、広大な敷地を横断する一本道を辿っていくと、城の正面の車寄せに出迎えの人影が見える。
 例の下馬兵装のパトリック・リグルワースともう一人、背広姿の若い美形の紳士だ。
 ばたばたと手を振るパトリックは先導の車が停まるやいなや、後部座席の扉を開く。
「ようこそ、皆さまがた。お待ちしておりました」
 まず最初に車を降りたアリアドネが、後ろに続くリィンセルを抱き上げる。
「わざわざ先入りごくろうさま、パトリックさん。城のほうはどうかしら?」
「まずまず良好です。先代白雪公の入棺のときに一度開けて、まだ半年経っておりませんからきれいなものです。それより、姫様がこちらに来られるのを聞きつけた小作人たちが、たくさん届け物をしてきましてね。野菜やら菓子やら花やら……。階下の厨房にまとめておきましたので、あとでご覧になってくだされば。それと、僕の兄を覚えておられますか?」
「ええ。リチャードさんとはしばらくぶりですわ。前にお会いしたとき、わたしはまだずいぶん小さくて」
「あなた様のお記憶に留めていただき恐悦に存じます、姫様」
 進み出たリチャードというらしい額際が涼やかな紳士と話すあいだに、リィンセルを腕からおろしたアリアドネを、パトリックは人好きのする満面の笑顔で見返した。
「久しぶり。元気だった?」
「私からすると、お会いしたのはつい昨日のことのようだわ。あなたは違って?」
 小気味いい返しに、パトリックが声をあげて笑う。
「君は肉親を探すために、雪花亭に残ったんだってね。それで? なにか進展は?」
「残念ながら、まだなにも。リィンセルが方々調べてくれたんだけど、政府系の印度の駐在員でそれらしい人はいないみたい。たぶん民間の商売人じゃないかって」
 並び立つパトリックの促しに従って、アリアドネは城の玄関のほうへ足を踏み出した。ちょうどそこで、少し遅れて到着した後続車の、運転席から出てきたコハクが珍しく弾んだ声をあげる。
「リッキー! あなたも来られるとは!」
「ご無沙汰した、コハク。弟だけじゃ心配でお邪魔させてもらった」
 親しげに呼ばれたリチャードは、弟のパトリックとは雰囲気がずいぶん違っているのに、笑うと口元の造作や顔つきの端々がよく似ている。
「ベルナー館は?」
「なに、数日のことだ。父さんにお願いしてきた」
 言葉を交わす二人の紳士のそばを、あるじが不在のあいだカサブランカ城を守る数名の使用人たちが通り過ぎ、車の荷台に詰め込まれた旅行鞄や長持をおろしにかかった。
「ところで、君の後ろに見えるずいぶん大きな猫がお待ちかねのようだけど」
 指摘されてコハクが振り向いた先には、普段は人が乗る後部座席の窓に、ふてくされた様子の星星が鼻面を押しつけ、太縄のような縞模様の尾で、布張りの車内の壁面といわず座席といわず、そこらじゅうを鞭打っていた。
 コハクが後部座席の扉を開けると、白銀の毛並みをうねらせた星星の大きな肢体がぬっとあらわれ、驚いた使用人たちが、両手にあまる旅行鞄をかかえて逃げ惑った。
「星星! のどがかわいたでしょう、こちらにしぼりたての牛乳があるのよ!」
 玄関先で待つリィンセルに呼ばれ、星星は跳ねるように走り出す。ああしていると、大きさが違うだけで動きは子猫そのものだ。
 数歩離れたところで、パトリックに付き添われたアリアドネの姿を見とめたコハクは、かたわらの紳士を彼女の前へ連れていく。
「ラズーリ嬢。こちらはパーシーの兄の、リチャード・リグルワース。リッキー、彼女がアリアドネ・ラズーリさんだ。噂は聞いていると思う」
「お目にかかれて光栄です。あなたの弟さんのおかげで、私が踊り子をしておりましたサーカス団を、ベルナーに呼んでいただけましたわ。家族と仲間にかわって、あなたがたに感謝します」
「お噂はかねがね。想像していたよりずっと、美しいお嬢さんだ」
 リチャードから差し出された手を、アリアドネが握り返すと、その手を引き寄せられて「接吻をお許しいただいても?」と紳士らしく丁重にたずねてくる。こういった挨拶に慣れないアリアドネが戸惑いながらも首肯すれば、ここも涼しい薄い唇が手袋ごしに指先をかすめてすぐさま離れた。
 ようやく自分の手を取り戻し、アリアドネは胸の高鳴りを抑えるように、大きく肩で息をつく。雪花亭に残ってからずっと外出時の手袋を疎ましく思ってきたが、今日ほどありがたかったのは初めてだ。
「印度の踊り子は、こういうときに駄目ね。アルビス育ちじゃないんだもの」
「僕のことはリッキーと呼んでほしい。あなたも、アリアドネでよろしいか?」
「もちろん。そうしてくださると、私も嬉しいわ。今日からしばらくお世話になりますね」
 四人の若者たちが、歩調を合わせて歩き出したところへ、城の玄関から飛び出してきたのは、華やかなよそゆきの衣装を揺らす少女だ。
「コハク!! Mon che’ri《わたしのいとしいひと》! 遅かったじゃない!」
 まっすぐに突進してきた小柄な体を、コハクはやんわり受け止める。
「もうしわけありません、エリカ様。お待たせいたしまして」
「やめてちょうだい、エリカ様なんて言わないで。よそよしいんだもの」
 少女はリィンセルより年上のようだが、背の高いコハクに比べて身の丈は半分もない。
 幼い女主人のリィンセルなら腕に抱き上げることの多いコハクでも、まだまだ子どもっぽいとはいえ他家の令嬢にそう易々と触れたりはしなかった。他人行儀なのは、相手をひとりのレディとして敬しているともいえる。
 階下の者としてのコハクの分別が、少女には不服らしく、外出用の上着の裾あたりにまとわりついて離れないのを見て、パトリックは芝居がかってうなだれた。
「僕たちの妹のエリカだ。今年で十二歳になるが、コハクにお熱でね。こちらの城に来たいってきかなくて。おかげで、こんなかたちで久々にきょうだいがそろうことになってしまったよ」
「花の名前なんて素敵だわ。リィンセルのいいお姉さんなるわね」
 消沈するそぶりの友人をなぐさめるつもりでアリアドネが言うと、コハクとともに数歩先を歩いていたエリカがやにわに振り返った。
「エリカって荒野に咲くのよ。ここらあたりや、ベルナーにもいっぱいあって、とても平凡なの。花言葉もよくないんだもの」
「スノードロップが花の名前ですから、きっとご親戚としてあやかったんですわ。花言葉は種類がいろいろありますから、ご本をたくさん読んでお調べになれば、よい意味のものが見つけられますよ」
 アリアドネの言葉にひとまず気がおさまったのか、前に向き直ったエリカは、少女らしく踊るような足どりで歩いていく。
 先ほど城内に星星を招き入れたリィンセルが、再び玄関から顔をのぞかせた。
「エリカさんはフラン語がお上手なのね。『モンテ・クリスト伯』はお読みになった?」
「私は『レ・ミゼラブル』が好きなの! それより、さっきの大きな猫は? びっくりしたじゃない!」
 そう言うわりに平気で玄関に飛び込んだエリカは、リィンセルと連れ立って城内に消える。
「もう一人前のレディね。お若いのにきちんとしたお嬢様だわ」
「うちの両親も、そろそろ社交界に出すつもりみたいだ。まだ子どもっぽい気がするんだがねえ」
 弟とアリアドネの会話を、傍らで聞いていたリチャードが口を挟む。
「あなたは社交界に?」
「まさか。私、そんな大層なものじゃありませんわ」
 冗談めかして謙遜するアリアドネに応じたリチャードが、「では安心した」と悪戯っぽい笑みで相好を崩す。
「ああいうところは、自らの信望を捧げるべき女神を求める連中が大勢いる。皆があなたに夢中になったら、僕が困る」
「それがお褒めの言葉でしたら、ありがたくちょうだいします。お世辞でもかまいませんよ。私の寛大さをごらんにいれますから」
 アリアドネの軽妙な口調につられて、リチャードが吹き出した。
「はははっ! それはいい。寛大は好もしい美徳だし、お世辞でもない」
 女性に合わせて歩をゆるめる兄と入れ替わりに、コハクへ追いついたパトリックが耳打ちする。
「彼女のおかげで、兄さんは上機嫌だ。エリカはコハクがいれば満足だし、今回は僕の仕事がやりやすそうだな」
「あまり浮かれるなよ。君は油断するとすぐ、足元をすくわれる」
 釘を刺し、コハクは小走りになると、にわかに執事らしく玄関の鎧戸を押して、後ろに続くひとびとを城内へ迎えた。

 雪花亭のどの室よりも広い、城の食堂に用意された、遅い昼食と午後のお茶を兼ねた食事のテーブルには、エリカの女家庭教師《ガヴァネス》だというミズ・ジョンソンも同席した。
 皆と席につくどころか、コハクが執事として給仕をすることに納得がいかないエリカを、ミズ・ジョンソンは「使用人に気安い口をきくなどもってのほかです」と、きつい印象の眉をいっそうつり上げてたしなめた。
 アリアドネは、踊り子の自分と食事をともにしたと知ったら、この気位の高い職業婦人の家庭教師は卒倒しかねないと思う。
 ちょうどそのとき、アリアドネのところへお茶を淹れにきたコハクと目が合った。ミズ・ジョンソンに背中を向けるコハクがわざとしかめっ面を作ったので、アリアドネは忍び笑いをこらえるのが大変だった。
 隣に座ったリチャードはすまし顔だが、よく見ると手のひらで覆った口元が笑っているし、その向かい側ではパトリックまで肩を震わせている。
 リグルワース家の兄弟の反応を見る限り、ミズ・ジョンソンのベルナー館での立場がどのようなものか、アリアドネにもなんとなく察せられた。
 お茶を配りおえたコハクは、あらためてリィンセルのそば近くまで寄りつき、「星星の様子を見てまいります」と小声で言い置いた。
 食堂に星星がいないのは雪花亭と同じで、今はおそらく階下にいるのだろう。
 ほかの使用人に目礼したあと、コハクは室を下がった。
 ベニントン公爵スノードロップ家の書生預かり、というアリアドネの微妙な立場を、執事であり紳士でもあるコハクは共感してくれている。コハクに対して不安と心配だらけの今のアリアドネには、お互いに通じるものがひとつでもあるというだけで心強かった。
「これまでずっと、お食事は私たちといっしょだったじゃないの。リィンセル様の執事になるってこういうことなの?」
「コハクはコハクのままよ。わたしの執事でも、そうじゃなくてもね」
 リィンセルの大人びた言い方に、べそをかいたエリカの涙が引っ込んだ。
「紳士と使用人が同じだっていうの?」
「身分は違うわね。でも、コハクとエリカさんは対等だわ」
 子どものくせにこましゃくれたことを言う、とばかりにリィンセルの意見に眉をひそめたミズ・ジョンソンだが、公爵令嬢に面と向かって反論するわけにはいかず、早くも取り込まれかかったエリカに「お食事中のおしゃべりは控えめになさいませ」と、横合いから冷水を浴びせるような物言いをした。
「お茶がすんだら夕食まで散歩に出ましょう。城のまわりを探検するんです。姫様の猫も、外で遊びたいでしょうし」
「それはいいわね。ベニントンに来られるのは偶のことだもの。ぜひ見て回りたいわ」
 リチャードの提案に、リィンセルが身を乗り出して賛成した。
 このときもミズ・ジョンソンが、すっかり散歩に誘われたつもりで「けだものと連れ立って歩き回るなんて、品位ある人間のすることではありません」と暗に星星の排除を示唆してぶつぶつ言うので、いかにも話が通じた口ぶりのリチャードが「それもそうだ。猫はわれわれが引き受けるので、品位のある先生は留守番を」とさらりと言ってのけた。
 文句が多くてそばにいるだけで気が滅入る家庭教師を、城に留めおく言質をまんまと本人から引き出した兄のやり口に、パトリックがいよいよ失笑する。
「パーシー、お茶のおかわりはいかが?」
 今度は、紳士にむかって馴れ馴れしい態度のアリアドネに、ミズ・ジョンソンが目をむいた。
「ありがとう、もらうよ」
 家庭教師の苛立ちがアリアドネに向けられるあいだ、パトリックが手ぶりで合図すると、階上の客同士の会話には関しない顔つきの使用人が、ポットを取り上げてせかせかと近づいた。

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