見出し画像

令和元年改正意匠法の施行後の建築物、内装の意匠の登録状況と、デザインと知財、広報のミックス戦略について

 本記事は、パテントサロン主催の「知財系アドベントカレンダー2021」の12/21のエントリーになります。
 来年1/21夜にオンライン開催される「オープン弁理士合格祝賀フェス2022  ~弁理士は自由だ!~ 参加のお誘い」の記事を執筆されたちざたまごさんからバトンをつないでいただきました。

知財系 Advent Calendar 2021

1.はじめに

 近年まれにみる大幅な内容変更となった改正意匠法が令和元年5月17日に公布され、その大部分が令和2年4月1日に施行されるとともに、残りの部分が令和3年4月1日に施行されました。
 その中でも保護対象の拡充として、従来では保護対象とならなかった建築物、内装の意匠が新たに保護対象となったのが大きな改正点となります。
 ここで、令和2年4月1日に施行されてから今日に至るまで、建築物、内装の意匠を住宅メーカー、ゼネコン、デベロッパーが有効活用しているか気になるところです。
 本記事では、令和元年改正意匠法の施行後の建築物、内装の意匠の登録状況を前半パートで検討するとともに、知財と広報のミックス戦略について後半パートで私見を述べたいと思います。

改正意匠法
令和元年改正意匠法の施行時期

2.建築物、内装の意匠の登録状況について

 では最初に、大手住宅メーカー、スーパーゼネコン、大手デベロッパーによる建築物、内装の意匠の登録状況を見ていきましょう。

 以下で紹介する統計は、令和2年4月~令和3年11月に登録された建築物および内装の意匠の登録件数となります。建築物は、日本意匠分類L0-0、L2~3台(L3-7を除く)が付与された意匠登録出願を計上しています。
 ただし、通常主として物品を対象とする分類(L2-52台:ブロック、L3-2020:住宅衛生設備室等)が付与されたもの、又は意匠に係る物品の欄の記載に「組立」の語を含むものを除いています。
 また、「内装」は、日本意匠分類L3-7が付与された意匠登録出願を計上しています。

 まずは大手住宅メーカーについて見ていきましょう。

住宅メーカー
住宅メーカーの売上高と建築物、内装の意匠の登録状況

 上記の表に示すように、売上高上位8社のうち7社については何らかの建築物の意匠の登録を行っておりました。また、各社の登録件数と売上高との間には大きな相関関係がありませんが、積水ハウス、ヘーベルハウス、ミサワホームが2桁の建築物の意匠登録を行う等、積極的な会社とそうではない会社との差が大きく出ました。
 なお、上記の表はあくまで建築物、内装の意匠についての統計であり、住宅メーカーが従来から積極的に行ってきた組立て家屋の意匠登録は含まれない点に留意してください。トヨタホーム等、建築物の意匠登録が少なくても組立て家屋の意匠登録が多い会社もあります。

 次に、スーパーゼネコン、大手デベロッパーについて見てみたいと思います。

画像3
スーパーゼネコン、大手デベロッパーの売上高と建築物、内装の意匠の登録状況

 ゼネコンについては業界最大手である鹿島建設が建築物、内装の登録なしというのがやや驚きです。他のスーパーゼネコンでも建築物の登録件数が1件~3件のところが多いところ、大林組の積極姿勢が目立ちます。大林組の取り組みについては後で紹介します。また、大手デベロッパーでも大東建託が数多くの建築物の意匠を取得しているものの、他の会社については、病院の内装の意匠で話題になった三菱地所(建築物1件、内装3件)を除いて登録なしという結果でした。

 このように、大手住宅メーカー、スーパーゼネコン、大手デベロッパーによる建築物、内装の意匠の登録状況について現在では大きなばらつきが見られます。原因としては、そもそも従来では保護対象ではなかった建築物、内装の意匠について各社がどのように取り扱えば良いか、また登録後に意匠権をどう活用すればいいか考えあぐねているという現状が挙げられると思います。
 また、従来、建築物で重要視されてきた「美しさ」と、意匠権の登録要件である「視覚を通じて美感を起こさせるもの」との間に大きなギャップがあることが建築士、設計士、建築デザイナーの「新たな意匠」への忌避感を生んでいるかもしれません。建築学を学んできた建築士、設計士、建築デザイナーにとっては、自己の創造の産物である建築物はいわば「美術品」に近いものであるのに対し、意匠権では必ずしも美しさは登録要件ではなく、新規性および創作非容易性を有していれば美しくなくても登録可能です。このため、例えば登録された建築物の意匠権の例を建築デザイナーの方に見せると、「何でこんなものが登録されるのか?」という疑問を持たれることもあると聞きます。
 さらには、創作非容易性の基準についても、建築デザイナーの方にとっては、世界で唯一無二のもの、画期的・斬新的なデザインでなければ登録できないと勘違いしている場合もあります。創作非容易性のレベルは建築関係の方が考えるよりもずっと低いことを知れば、彼らも積極的な意匠権の取得に動くかもしれません。
 このあたりの認識のギャップの差を埋めるべく、建築士、設計士、建築デザイナーの意識改革を行うことも知財担当の役割の一つでしょう。

3.大林組の取り組みについて

 上述したように、大林組は他のゼネコンと比べて建築物の意匠登録件数が段違いに多いですが、その秘密を紐解く鍵が日経アーキテクチュア「特集 意匠権ウォーズ」(2021.4.8号)に掲載されています。同社の知的財産管理部の方へのインタビューによれば、自社設計の独自性を守り、模倣防止効果を高めるために、自社設計部が手掛けた創作物で出願可能なものは原則として全て出願するというルールがあるそうです。

日経アーキテクチャ
日経アーキテクチュア「特集 意匠権ウォーズ」

 大林組では2007年頃から積極的に意匠権の権利取得を進めていますが、同社の取り組みとしては、意匠法には装飾美だけではなく機能美の考え方も含まれているとのことです。やはり同業他社は建築物をあくまで装飾美として捉え意匠法との距離の取り方を捉えきれていないのに対し、意匠法に携わる者にとってなじみのある物品の機能美の保護という観点から建築物の意匠の保護を図ろうという大林組の取り組みは同業他社を一歩先んじており、逆に言うと他社もこのような建築物への見方を変えることにより意匠法による保護への道筋が見えてくるかもしれません。
 記事の中では大林組は柱、梁、床、壁の主要部分をすべて木材とした「純木造耐火建築物」に関する意匠を複数件取得していることが記載されていますが、実はこの建築物に関しては同社の定時株主総会の報告書でも基盤変革への取り組みとして木造建築市場への取り組み強化が挙げられており、また、その中で「知的財産戦略」もピックアップされています。このように、同社の重要な戦略である次世代型研修施設としての高層純木造耐火建築物に知的財産、とりわけ建築物の意匠権が深く関わっていることが窺えます。

大林組 第117期報告書 (2020年4月1日~2021年3月31日)

 大林組の登録意匠の例を紹介しましょう。意匠登録第1674140号(【意匠に係る物品】オフィス)は、定時株主総会の報告書でも挙げられている純木造耐火建築物の前面の縦横の格子状の枠組みについて部分意匠となっております。

大林組外観
使用状態を示す参考図
意匠登録第1674140号

 このように部分意匠を活用することにより、高層木造建築物のユニークな前面外観について広い範囲での権利取得を図っています。

 また、登録意匠の別の例として、意匠登録第1677477号(【意匠に係る物品】オフィス)では、実質的に建物のユニークな内部構造を建築物の意匠として意匠権を取得しています。こちらも側壁から天井に向かって徐々に湾曲するような多段のパネル構造について部分意匠を活用することにより広い範囲の権利を取得しているという印象です。

大林組の内部構造
意匠登録第1677477号

 以上のように、大手住宅メーカー、スーパーゼネコン、大手デベロッパーにとっても、建築物の意匠権を戦略的に取得することによって、単なる模倣防止だけではなくIR情報等にも掲載することにより会社としての次世代の建築物の方向性を見せるベースにもなり得ると考えられます。

4.住宅メーカーの苦悩

 建築物、内装の意匠の登録状況について、スーパーゼネコンや大手デベロッパーでは登録件数がゼロまたは1~3件程度と非常に低調であったのに対し、大手住宅メーカーでは売上高上位8社のうち7社については何らかの建築物の意匠の登録を行っており、後者のほうがより積極的に建築物、内装の意匠に取り組んでいるという結果になりました。両者の間に差がでた理由は何でしょうか?
 この謎を解く手がかりとして、先ほど挙げた日経アーキテクチュア「特集 意匠権ウォーズ」では改正意匠法前の住宅業界の状況について詳しく述べられています。
「模倣天国だ。」住宅業界に詳しい秋野卓生弁護士は住宅業界の現状をこのように断言しています。集客のために他社のデザインをまねたり、「あの建物に似たデザインで設計してほしい」という見込み客の要望に応えてしまったりという悪しき習慣があるそうです。
 今回の意匠法改正では、意匠権の保護対象が建築物、内装まで拡充されたことによりこのような住宅業界の悪しき慣習を変えるきっかけになるのではないかという期待もあります。

 改正意匠法が施行される前は住宅のデザインは物品としての「組立て家屋」の意匠として保護されてきました。皆様ご存知の通り、この組立て家屋の意匠権について2020年11月に画期的な地裁判決が出ています。ここではこの地裁判決について簡単に紹介したいと思います。
 原告の株式会社アールシーコアは、個性的な木の家(住むより楽しむBESSの家)を「ワンダーデバイス」シリーズとして販売していました。同社は一貫したコンセプトに基づいた商品展開を行い、そのベーシックかつ個性的なデザインにより熱心な支持者を獲得するとともに、BESSブランドの認知度を高めてきました。また、同社は組立て家屋の意匠権を取得し、個性的なデザインを保護してきました。

アールシーコア社の意匠権(同社のプレスリリースより)

 それに対し、競合他社が類似するデザインの家の販売を開始しました。競合他社の模倣品の広告を発見したアールシーコア社は模倣会社との間で協議に踏み切りましたが、解決の見込みが立たなかったことから、やむなく意匠権を侵害しているとして訴訟を提起しました。判決では、アールシーコア社の主張を認め、「意匠権侵害」に当たると判断しました。そして、意匠権に抵触する建物の販売等の中止や、損害賠償金の支払いが模倣会社に命じられました。また、訴訟の間に特徴となる十字の柱の一部が模倣品から被告会社によって撤去されることにより、デザインが盗用された住宅がそのまま残ってしまうことを防止することができました。

アールシーコア社のプレスリリースより

 このように、日本発の住宅デザイン模倣裁判で勝訴したことによりアールシーコア社のユニークなデザインは保護されることになりましたが、同社のプレスリリースによれば、住宅業界において「工業的に量産可能な住宅(組立家屋)が意匠法の保護対象である」ことの認識が薄く、結果として、住宅建設業者や建築主が安易にデザイン模倣を行っているケースが多く見受けられるとのことです。
 また、多くの住宅建設業者が、自社のWEBサイトやSNS等で広告を行うことにより、これらの模倣行為が顕在化しているそうです。今回の地裁判決は、このような模倣行為を許す住宅業界の風潮に一石を投じたものであり、住宅デザインを保護するという機運につながることが期待されます。

 今回の裁判で興味深いのは、模倣業者は鳥取市の会社であり、わずか3棟しか模倣品を分譲していなかったため、通常は侵害の発見が難しいケースであるところ、アールシーコア社の住宅デザインには根強いファンが多くおり、ファンのSNSの投稿により侵害行為を認識することができた点が挙げられます。建築物や内装の意匠権は、愛着を持ったエンドユーザーに対して、一種のシンボルとなることにより、模倣品の侵害行為を印象付けることができます。いわば、侵害発見の道しるべとして意匠権を活用することができるのではないかと思われます。

 また、注文住宅等において設計会社が見込み客から「あの建物に似たデザインで設計してほしい」と要望された場合であっても、模倣しようとするデザインについて建築物や組立家屋の意匠権が取得されていたときは、他社の権利を侵害する可能性が高いことや、施工中・施工後のデザイン変更を余儀なくされる可能性があることを見込み客に伝えることにより、思いとどまらせることができます。このように、住宅の意匠権は、客の要望による模倣行為を未然に防ぐエクスキューズとしての活用もできると考えられます。

5.CCC(カルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社)の取り組みと、デザイン、知財、広報のミックス戦略

 昨年11月に、内装の意匠第1号としてくら寿司株式会社による回転寿司店の内装の意匠(意匠登録第1671153号)とともにカルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社(以下、CCC)による書店の内装の意匠(意匠登録第1671152号)が登録になったと話題になりました。
 また、同社では権利の取得時のプレスリリース発表だけではなく、意匠登録出願時にもオンライン記事で取材記事を掲載してもらうことにより積極的な意匠権の出願および登録をアピールしています。

画像8
書店の内装の意匠の出願および登録時のニュース

 では、CCCはなぜ書店の内装の登録のみならず出願したという事実まで積極的に広報活動を行うのでしょうか。そこには同社の知財と広報を融合した全社としての戦略が窺えます。

 今回の意匠法改正が行われる前に、産業構造審議会 知的財産分科会 意匠制度小委員会にて、画像、建築物、内装の各分野について企業からのヒアリングが行われました。CCCも小委員会にて空間デザインの保護について意見を述べておりますが、代官山蔦屋書店や武雄市図書館に代表されるような同社の特徴的かつ斬新なデザインは他社からの模倣の対象になっており、模倣対策が同社にとっての重要なテーマになっているとのことです。

 権利取得としては、今回の意匠法改正前までは、契約関係で著作権を保護していたり、商標登録をしていたり、個々の什器について意匠登録を行っており、事後的には不正競争防止法や民法で対応してきたものの、対応には苦慮してきていました。このため、CCCは米国のトレードドレス制度のような法的制度の導入と、意匠法の改正という2つの提言を行っており、そのうち意匠法改正については意匠制度小委員会による議論を経て立法化されることになりました。そして、改正意匠法により新たに保護対象となった内装の意匠について、積極的に出願、登録を行うことにより広報活動の一環として活用し、著作権の依拠性の主張の根拠となる更なる著名性の獲得を行っています。また、広報活動により同社の空間デザインが一般に広く周知されるようになれば、模倣行為に対して一般の方からの通報やSNS投稿等による侵害の発見も可能になります。また、広報活動により空間デザインが有名になれば、模倣者に対するSNS等での批判や炎上が巻き起こることになり、このため模倣者に対する抑止力も働くでしょう。

 このようなデザイン戦略、知財戦略および広報戦略の融合をまとめると以下のような表になります。

知財戦略と広報戦略
デザイン戦略、知財戦略、公報戦略の融合

 この中でもまずはデザイン戦略が大事になってきます。優れたデザインがなければ知財による保護を行っても模倣されることがないため権利を活用する機会がありません。また、広報戦略も不発に終わるでしょう。優れたデザインが生まれて初めて、知財権の取得や広報戦略が生きてきます。建築デザイナー等によるデザインを建築物や内装の意匠権で保護することにより、模倣品に対して直接の権利行使が可能になります。狭義の知財戦略の範疇はここまでとなりますが、それだけではなく知財権の取得は広報戦略の後押しにもつながります。このような広報戦略により一般のファンを獲得すれば、先ほど挙げたアールシーコア社の例のように、模倣行為に対する侵害の発見もファンからの通報等により容易に行うことができるでしょう。また、広報活動により著名性の確保を行うことによって、著作権や不正競争防止法による権利行使も容易になります。このように、建築物や内装の意匠権に限った話ではありませんが、デザイン戦略、知財戦略、広報戦略を融合させることにより、模倣品対策を効果的かつ多方面から行うことができるようになると考えられます。

 最後に、上記の表ではデザイン部門から知財部門への一方向ではなく、知財部門からデザイン部門へのデザイン展開の方向性の提案も可能となっております。このことについて簡単に触れたいと思います。

 例えば、ある物品のデザインについて競合他社が登録意匠を有しているときに、当然ながらこの意匠と同一または類似するデザインを行うことができませんが、その際に、どのようなデザインを行うことが好ましいかは、この競合他社が登録意匠だけではなく、それまでの公知意匠や競合他社の登録意匠の後に登録された後願意匠によっても変わってきます。日本知的財産協会の2008年度意匠委員会が出した「意匠実務に関する知的財産活動マニュアル」に詳細が掲載されていますが、競合他社の登録意匠の後に登録された後願意匠によって、競合他社の登録意匠の類似の範囲が明らかになるため、実質的な権利範囲を見極めることができます。そして、それまでの公知意匠を含めた意匠マップを作成することにより、公知意匠の少ない領域にデザイン展開の方向性を向けることにより、競合他社の登録意匠を侵害することなく、かつ自社でも登録可能なデザインが見えてきます。デザイン部門単体ではここまでの分析を行うことは難しいので、知財部門とデザイン部門が連携することにより、将来の権利取得も見越した戦略的なデザイン戦略を取ることができると考えられます。

登録意匠の権利範囲
競合他社の登録意匠の類似の範囲
意匠マップ
公知意匠の隙間をついたデザインの方向性を決めるための意匠マップ

6.次のバトンは?

明日(12/22)はNAKAGAKIさんによる「商号等の会社法による保護」となります。「きのこの山」が圧倒的人気を博しているのは衆目一致するところ、NAKAGAKIさんはいまどき時代遅れな「たけのこの里」の原理主義者という点で残念極まりないですが、その一点を除いては日頃から素晴らしい情報発信をされているので明日の記事にも期待大ですね。

商標公報6031305


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?