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【夢日記】夜の蜘蛛

なにかを飲みこんでしまったかもしれない、と思った。

喉の奥にひっかかる感覚、かたくて、とがったものが、喉仏あたりに残っていて、ちくちくと動いている気がする。仰向けになったまま、つばを飲みこんでも、その感覚は消えない。どうしてか、蜘蛛を飲みこんでしまったのだ、と思う。もしかしたら、寝るまえに小さな蜘蛛がベッドのそばを歩いていたのを見つけたのかもしれない。わからない。ただ、僕はそのとき、蜘蛛を飲みこんでしまったんだ、と思った。そう考えると、喉のちくちくとした痛みは、僕の粘膜を鉤のような足さきで刺しながら、ゆっくりと移動しているように感じられた。

ベッドを抜け出して、母親かあるいは父親を起こしに行こうか。
僕はそこで、夢のことを思い出す。それは、その日に見た夢だったのだろうか? あるいは、もっと前に見た夢だったのかもしれない。とにかく、それは僕が覚えているなかで、もっとも古い夢だ。ベッドから抜け出して階段のところまで行く。満月のように丸くて大きな橙の灯りが天井から吊り下がっている。僕は階段を降りて母を呼びに行こうとするけれど、うまく降りられなくて、その瞬間、僕は満月になっている。階段の下で母が涙を流していて、僕は自分が死んでしまったのだとわかる。階段から落ちて、死んでしまったのだ。僕は涙を流そうと思ったけれど、うまく泣けなかった。隣の家の大きな大きな犬が、悲しげな声で、長い遠吠えを一度だけした。

そういえば、両親はよく、僕がベッドから落ちて頭蓋骨を骨折したときの話をした。あのときは、ほんとうにどうなるかと思ったよ。僕はそのときのことを全く覚えていなかったけれど、次第に自分もそれを見ていたような気持ちになってくる。僕は夢のなかでそうしていたように、自分の外側から、泣いている小さな僕と慌てる両親の姿を見ている。父は急いで電話をかける。母は落とした花瓶をみるように僕の頭を点検している。やがて僕はどこか遠い場所に運ばれていく。

僕は結局、両親を呼びに行かなかった。仰向けになったまま、手のとどかない遠い場所から眠りが運ばれてくるのを待っていた。しかし、それはなかなか訪れそうになかった。喉の奥の違和感は消えていなかった。小さなその痛みは、僕の内側からちくちくと刺して、見えはじめた眠りの糸の切れ端をすぐさま遠くへ追い払ってしまう。ときどき、ぞわぞわ、とその違和感が僕のなかで動いた気がして、僕はまた、階段の方まで行って両親を呼ぼうか、とぐるぐる考えはじめる。

僕は死んでしまうのかもしれない、と思う。蜘蛛を飲みこんでしまったのだ。あるいはもっと恐ろしいものかもしれない。毒があって、僕のからだのなかを刺し、やがて僕のなかで大きくなっていくような、恐ろしいなにか。僕は死んでしまうのかもしれない。僕はまた満月になって、死んでしまう自分のからだを見つめはじめる。

なにかを飲みこんでしまったかもしれない。

僕はすぐにも死んでしまうのだろう。


Code: 記憶にある最も古い夢_夢日記

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