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『上陸』第4号感想2 「OTHER」朝倉千秋


先日、公式ツイッターからラドンという名前を脱ぎ捨て、『上陸』になったということを知ったので、この記事の表記もそちらに従います。
前記事に続いて、『上陸』第4号の感想記事です。書評のようなかたちに感想をまとめました。

●「OTHER」朝倉千秋


この小説は、徹底的に、あるいは決定的に冷たい。
雑誌自体の末尾に挿入された作者のコメントには、清美に「肩入れしてみた」と書かれていたが、僕はあまりそうは読まなかった。もちろん、作者がある程度まで清美に寄り添っていることはわかるが、どこか読者を安易な肩入れから拒む閉塞がこの小説にはあって、それが冷たさとしてこの小説を支配しているように感じた。

母親との確執に悩みを抱え、その影に怯えるように生活する清美の背景は、一般に同情を誘うものだと言えるだろう。あるいは、清美と交際し、ラブホテルで娘について自慢げに話す吉村、清美と肉体関係をもちながら、微妙な横恋慕を続ける大学の同期の明良。彼らの造形も非常に輪郭は明確だ。しかし、この小説では、どの人物に対して、安易な感情移入や、自己投影や、あるいは同情を寄せることさえ許されていないように思う。むしろ、感情移入しようとしても、どこか文章に、語りがもっている登場人物への距離に突き放される。どこまでいっても、お前は「他者」だ、と言われているような気になる。そういう意味で、この小説は、どこまでも冷たい。どことなく、ハードボイルドの感さえする。

言うまでもなく、この冷たさは表層的なものではなく、この作品の本質から要請されたものだ。清美が求めるのは、母親との確執などという言葉が無意味になるほどに、あくまで個別的なものとして、過去を自分の現在に反映させることだ。だから、「親子の確執を乗り越え、最期の瞬間に僅かに分かり合う」という一見温かで、よく見るドラマは、彼女には「クソ妄想」でしかない(p.27)。安易に理解しようとしてくるよりも、酔ってすぐに「興味をなくしてくれる」明良の態度が気に入っている。この清美の冷たさは、この小説全体をつらぬき、文章自体と絡みながら、小説の基調をなしている。
このような湿り気のある閉所に押しこめられたような圧迫感、緊張感が続くからこそ、花火のシーンの開放感は、圧巻だった。当然、明良も「他者」でしかない。明良が清美への好意から、恐る恐る彼女に言葉を投げかけるとき、清美にとって大抵は的外れで、あるいは見え透いたものだ。しかし、明良は、あくまで「他者」として清美に疑問を投げかける。彼女の意思を解釈するのではなく、問いかける。
花火は、全体的に色彩の少ないこの小説のなかに、一瞬鮮やかな色彩と、熱をもたらしてくれる。もちろん、それは儚く、すぐに燃え尽きるものなのだろう。所詮、他者は他者なのだから。しかし、この小説の末尾は、不思議な明るさに包まれている。自らの過去を現在に投射するように生きてきた清美は、母の末期をきっかけに、わずかにそのつながりから自由になる。花火は、彼女たちの生きる現在時そのものを象徴している。彼にとって大切な言葉さえも聞き逃してしまう明良は、あくまで他者だ。それを受け入れたうえで、それでも、いま、このときは大丈夫だ、と思える危うさとともにある強さがこの小説の結末にはある気がした。

●次回予告

次回も、『上陸』第4号から、伊藤浅『秋風日記』の感想を近日中にアップロードする予定です。よろしければ、ご覧ください。


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