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「愛」への執着と諦観
人間は愛に飢えている。それは孤独の治癒には必ず愛が必須条件であるからだ。しかし「愛」は他者(自分ではない何か)の眼差しなしには成立しない。すなわち持たざる人間の多くはそれを求めても逆に孤独の輪郭を削り一層一人を自覚する。とても恐ろしい特効薬なのである。
「愛」の厄介な点は他者に由来することである。大事なので重ねて強調する。社会的動物である人間は、個人だけでは自立していくことが非常に困難な生物なのだ
はやくこんな人生はクソでしたって言って死にたいなあ
クソだと思えるように生きねば
病んでたと自覚できてた時はあんなに泣けたのに
幸せを自覚してからまっっっったく泣けない
辛いこともわからない
だって辛くないもん
ずっと穏やかな憂鬱
最近の問題は全く泣けない
今日こそ泣きたい
私は結局エゴイスティックで死にそうだね
何もかもがカッコ悪くて頭も悪くてそれの何が悪いと開き直れる精神力だけは身につけてしまっているからとてつもなく格好がつかない
お酒に飲まれるのことの何が悪いかって
自分に対してはそんなに悪くないけど、他人に負担をかけることは事実なんだよな
と同時にそんくらいどうしたみたいな傲慢さが拭えなくてなんだかな
何者かになりたかった
これは事実
ものは整えておくべきなのはわかっているけど、綺麗に並ぶものより落ちて朽ちてるもののが好きなんだ(棚から人形が落っこちたまま本が机の上に散らかったまま)
こんなところ汚いと言わずに聞いてくれる人がいい
だから掃除しなきゃと言いつつその状態を崩していくその無意味な作業は好きじゃない
死にたいことが夢になる前は本に囲まれたいんだった
結局変わらずにそこに落ち着くらしい
今はそれでいいか
未来はよくわからないまま古本の資金調達のために生きようと思う
生き様、態度、本当よくわからない
死にたいはださい生き方なのか
ださいと何がダメなんだ
でもこれじゃあ死にたいと何ら変わらない
ただ目的が死ぬ準備から本を買うための資金集めに入れ替わっただけだ
何をしたいかではなく何になりたいか
古本に囲まれたい
自殺じゃなくて病死でいい
それまで何をしたらいい
私には死ぬ準備ってのがあったのにそれさえなくなった
わからない
何になりたい
何にもなりたくないのは本心か
死ぬことをやめるとほんとに何をしたらいいかわからない
目の前でできてたこともやりたくなくなって何を思考したらいいかわからない
死ぬことを諦めたなのかやめたなのか
生きることへの渇望はないのに死にも魅力がなくなってしまった
海を漂うビニール袋くらいに有害だ