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【小説】神社の娘(第7話 橘平、嘘をつく)

「じゃあ、マジでこ、今夜。こんや?コンヤ?本日の夜??ええ、親になんて言えば」

 周囲に大きな言い訳や嘘をついてこなかった橘平。「仲間に入れてください」などと宣った時とは別人のように、手を首に当てて掻いたり、頬をむにむにつかんだり、立ち上がっては座ったりと落ち着きがない。

「八神さん、ご無理は」
「無理じゃないです!行く!ちょっと、親に電話してきます」

 橘平はダウンコートを掴み、ばたばたと部屋を出ていった。

「ちょろっと、テキトーなウソつけばいいだけなのに。ずいぶんアワアワしてたねえ」
「素直そうな子だからな。向日葵みたいに適当はできないんだろうよ」

 葵は言いながら、部屋の隅にある小さな戸棚から本を取り出す。

「ケンカ売ってるう?」
「買ってくれるなら売るけど」
「買いません」
 向日葵はぬるくなったココアを一気に飲み干した。

 10分、20分、30分…いつまで経っても、橘平は戻ってこなかった。

「八神さん、遅いね。寒いけど大丈夫かな」
「なかなか親が納得してくんないとか~?」
「まだ何を言おうか考えて、その辺ぐるぐるしてるんじゃないか」

 結論から言うと、葵の推測がおおむね正しかった。
 橘平は歩き回りながら、頭の中で言い訳を考えては消し、考えては消しを繰り返していた。
 これでいける、よし電話だ。と決めても、通話ボタンが押せずに時ばかりが過ぎていく。

「心配だから、私ちょっと見てくるね~」と、向日葵は部屋を出た。

 玄関にやって来た向日葵は、上着を持ってこなかったことに気づいた。ちょっと見に行くだけだからいいだろうと、年季の入った下駄箱から靴を取り出そうとする。
 ふと、下駄箱の上に目が行く。そこには適当に畳まれた黒のモッズコートが置いてあった。
 葵のものだ。
 向日葵はそれを手に取り、目の前で広げる。

「……これでいっか」と、そのコートを羽織り、外へ出た。

 葵の物に触れる。
 それは、昨日までの彼女なら絶対にしない行動だった。


 熟考の末、橘平は親友の優真に電話をしていた。上擦った声で、変に早口である。

「何も言わずに、とにかくなんでもいいすまん、優真んチ泊まる事にしといて!お願い!」

 ここまでに何十回も深呼吸を繰り返した。電話帳の友人の名前を押そうとしてはやめて、も繰り返した。そして震える指先を押さえつけ、なんとか通話にこぎつけたのだ。
 彼の考えた今回の言い訳は「今日遊んでいる(ということになっている)友人の家に宿泊」であった。
 悩みすぎてもう訳が分からなくなり、「今夜バケモノ倒しに行くから帰れない」と言いそうになったが、実花からつっこまれるのは確実。うまい言い訳もなしに電話せず帰宅しなければ、お巡りさんを呼ばれて…桜たちに迷惑をかけてしまうかもしれない。
 これが今の橘平に考えられるベストの言い訳だった。実際、優真宅には昔から何度も泊っている。何も不自然には思われない。ただ、念には念を重ね、その友人に口裏を合わせてもらうための根回しをした。根回しと言うか、理由は告げずに力で押し切ったのだが。
 そして次は親だ。こちらのほうが緊張する。自分の心臓の鼓動が聞こえてくるようだ。
 ココアで温まった体はすでに冷え切っている。2月の空気を思い切り吸い込み、母親の電話番号を押した。

「もしもし、あのさ…今夜優真んチ泊まる…うん…それじゃ」

 何も疑われず、通話はすんなりと終了した。
 橘平は彼の視界を全部覆うほどの白い息とともに、ひときわ大きなため息をついた。体の力も抜け、しゃがみこむ。
 ダウンコートのポケットにスマホをしまった。まだまだ寒さ厳しい季節。橘平の手はすでにカチカチだった。手をポケットにつっこんだまま、村の真ん中にある森の方を見つめる。
 家族にいままでで一番大きなウソをついた。命の危険もあるかもしれない「危ない」事にこれから挑む。
 罪悪感はあるけれど、それよりも彼にとって今大事なことは、自称・超能力者三人と謎のバケモノを倒しに行くことである。

「電話終わった~?」

 後ろから向日葵が声をかけてきた。

「あ、はい。今終わって戻ろうと」

 橘平が声の方を振り向くと、雪だるまのようなファーコートではなく、黒のモッズコートを着た向日葵が立っていた。

「あれ、そんなコート着てました?」
「葵のだよ」
「へー、仲良しですね」
「ナカヨシ?」
「仲良くないと、人の服なんて借りないですよ」

 橘平の言葉に深い意味はない。ただからかうつもりで
「もしかしてお付き合いしてるんすか~?」と軽く言ってみた。

 バカだなあ、アイツとそんなわけないじゃ~ん。そっすよね。そんなやり取りになるかと思ったからだ。
 予想に反して、向日葵の顔がさあっと青ざめる。

「違うから!きょ、兄弟、兄弟みたいなもんだからアレとは!兄貴の服借りる感じで、まーったく深い意味ないから!!」

 彼女は急いでコートを脱ぎ、「さ、寒いから早く家はいろ!!」と橘平を手招きする。

「ああ、はい」

 向日葵の慌てように違和感を感じながらも、玄関へ向かう。
 電話が終わって安心したからだろうか。ふと別の疑問が湧いた。

「あの!」
「ん?早く中に」
「なんで今夜なんですか?」
「ほら、明日は日曜だから学生にも社会人にもちょうどいいでしょん?私らも仕事してるからさ」

 早口の裏には、別の理由が透けて見える。

「本当にそれだけの理由ですか?」

 真剣な少年のまなざしに、向日葵はどの程度答えようか惑う。経過する時間分、彼女の指先も氷のように冷たくなっていく。

「……というのもあるけど、奴を一日でも早くぶっ殺したいから。超巻きでやってきたいわけ」
「もしかして、悪神の手先の危ない妖怪がわらわらでてきたとか」
「まあ近いことはあるかなあ」

 桜同様、橘平には正直に言えないことがありそうだった。にこにこはしているが、ごまかすためであろう。

「まあ…うん、あのね、タイムリミットがあるから。先生以外に『なゐ』のこと聞ける大人いなくて、子供ながらに調べてきたわけよ。でも全然手掛かり無くてさ。諦めそうになった時、森に入れるようになって…マジで時間ないのよ」
「時間って…」
「桜ちゃんが高校を卒業する、いや、それじゃちょっと遅いかな……」

 向日葵は無意識にモッズコートをぎゅっと抱きしめる。その中に隠された葵への複雑な感情が、少しだけ垣間見えた。
 切ない表情から一転、向日葵は明るい声で「まあね!いろいろあるんだわ!私らも生まれた時からの付き合いだから!いろいろすぎ~!あはは!はい、かえろー」 と、橘平の腕を引っ張った。
 彼女の怪力に抵抗できるはずもなく、そのまま家に引きずり込まれていった。
 一番、軽くて陽気で話しやすい。と思っていたけれど、向日葵は一番、肝心なことは話さない人。これ以上聞いても、すべてのらりくらり交わされるだろう。
 桜の高校卒業。
 そういえば、橘平は桜の年齢を知らなかった。同じくらいだろうが、年上、年下、同級生。どれであろうか。

 夕飯は、向日葵が「腕によりをかけて適当に作る!」、葵が「適当は困るから手伝う」ということになった。
 橘平と桜は何か手伝うことがあれば、と申し出たが「いいから座ってて!」と怪力でソファに押し付けられた。

「何もしなくていいのかな。なんか申し訳ない」
「台所に4人もいると狭いですしね、仕方ないです」
「…夕飯までけっこー時間あるなあ」
「だったら、奥の部屋にいきませんか?先生の集めた書物などが残してあるんです」

 桜は立ち上がり、橘平を奥へと案内した。

 
 この古民家は3部屋で構成されており、玄関から入って左がソファやテーブルのある居間。右が台所だ。水回りは家の右側に固まっており、台所の隣に風呂やトイレがある。
 奥に進むと、葵の寝室、そして先生が書斎としていた6畳ほどの部屋がある。
 書斎の襖をあけ、桜が電気をつける。
 橘平の目には本が飛び込んできた。本、本、本。視界は本でいっぱいになった。

「ええ!?なんか怖い。本しかない」
「隙間をみつけるのが難しいほどですよね。何の本があるのやらで」

 奥と左右、つまり襖側以外の壁は本棚になっており、地面から天井まで本でぎっしりだった。本棚の前にも本が積まれている。学校の図書館よりも「本」というものを感じる空間だった。
 先生は各地の伝説の類を調べていたそうだ。部屋の書物も分類できないほどに、さまざまなジャンルが林立している。その研究の過程で、村の秘密にもたどり着いたらしい。
 書斎らしく、歴史を感じさせる文机もあった。

「お、文豪っぽい」
「確かに。ここで物書きをしている姿は作家さんのようでした」

 そうした文化の香りがするこの部屋に、似つかわしくない置物を見つけた。
 机の後ろにある資料棚の上に、日本刀が置いてあるのだ。

「これカタナ?ちょっと短い気もするけど」
「ああ、それは葵兄さんのものです。脇差と短刀です」
「葵さんの?あれ、時代劇でみるような長いのは?」
「それは葵兄さんの部屋にあります」
「へー。剣道?する人なんだ」
「そうです。とてもお強いんですよ、剣術は」

 橘平は先ほどの会話を思い出す。確か向日葵は「素手ならアオなんて瞬殺」とのことだった。

「じゃあ葵さん、素手は弱くて剣は強いと」
「格闘も決して弱くはありません。それに関してはひま姉さんが別格なだけ」

 桜は刀掛けから脇差を手に取り、橘平に示す。

「ただ、日本刀は有術を使用するときのものです。私には相手の目が必要、葵兄さんには刀が必要なのです」
「向日葵さんも、なんか必要なんすか?」
「いえ、ひま姉さんは有術を使うのに何も使いませんよ」
「あ、まさか怪力だから?」

 桜は手を口に当て、くすくすと笑いながら「いえいえ、能力の問題です」と否定する。

「それにひま姉さんは武具の扱いが不得手なんですよ」

 桜は脇差を台の上に戻した。

「剣術も一応習ってはいましたが、早々にリタイアしました。その代わりに、己の拳を磨いたのです。もし八神さんがお強くなりたいということでしたら、きっと、喜んで教えてくださいますよ」

 桜を守るには、強くあらねばならないだろう。しかし今日、件のバケモノを倒しに行く。橘平の修行編もなさそうだった。
 仮に向日葵に修行をつけてもらうとして、明るく優しく教えてくれるのか、実はかなりスパルタなのか。どちらであろうかと想像してみた。きっと、あれだけの腕力を身に着けるまでには、血のにじむような努力を重ねてきたに違いない。ゆるい陸上部の自分が付いていけないほどの。つまり。
 スパルタだ。向日葵から教わるのは怖そうだ。そう結論付けた。
 普段優しい人ほど、裏では厳しいかもしれないし。と橘平は心の中でつぶやく。それならば、逆に葵は優しいかもしれない。
 この本面白いですよ、と彼女が手にしようとしたとき、橘平が「そういえばさ、一宮さん」と問いかけた。

「はい、なんでしょう」
「なんで一人で森に入ったの?あの二人が強いんだったらさ、3人で行けばいいのに」

 桜は本を取ろうとした手を引っ込める。
 悪神を倒す動機。あの質問をしたときのような硬い表情になった。

「すいません、言えないことがあるなら言わなくても」
「…お二人私は生まれた時からずっと、どんなことでも私に付き合ってくれています。だからこそ、私は悪神を消滅させたいのです」
「…つまり、悪神を倒すのは二人のため?」
「そうです。二人を私から自由にするため。それが……動機」

 橘平に一層硬くなった表情を向け、続ける。

「これ以上二人には迷惑をかけたくないのです。だから、最後は私一人で始末をつけるべきだと判断しました」

 向日葵と葵。桜が生まれた時から彼女の側にいる二人。3人は親子のように見えると感じたが、そう単純な関係ではなさそうだ。
 子供のころから、3人で悪神の封印について調べてきた。でもその実、桜はたった一人、二人のことを心から思って行動してきた。
 3人一緒のようでいて、彼女は孤独だったのかもしれない。

「それに」

 桜はぎゅっと拳をにぎる。漆黒の瞳に、明るい光は見えない。

「『なゐ』は私の有術でしか消滅させられないから」
「え?一宮さんにしか倒せない?」
「先生が言うにはそうらしいのです」

 小柄で愛くるしい子猫のような女の子に、悪い神などという恐ろしいバケモノを倒す力がある。にわかには信じられなかった。

「でもあの巨大なバケモノは、本当に想定外だったので…あればかりは二人
の力が必要となります…」

 握った拳を緩め、桜は文机に視線を移す。
 小さな体に、悪神を消滅させられるほどの力を秘め。
 子供のころから世話になる青年たちのために、危険を顧みない勇気を持ち。
 誰にも言えない本心も、まだまだ心の奥にしまっていそうな。
 そんな女の子。
 会うのはまだ2回目だけれど、橘平は彼女を守ってあげたいと思った。孤独から救ってあげたい。
 その理由は具体的はには説明できない。彼女を見ていると、隣にいると、そう思うのだ。
 顔を上げられない桜に、橘平は気持ちを伝える。

「ねえ、一宮さん。俺にはいくらでも迷惑かけていいんだよ」
「え…?」

 桜は声の方を振り返る。暖かな光を宿した薄茶色の瞳が、彼女を見つめている。

「今日もさ、もし二人に申し訳ないなーって思う場面があったら俺を頼ればいい。有術は使えないけど逃げ足は速いから」
「そんな、会ったばかりの方に」
「さっき仲間になったじゃん。それに同い年くらいでしょ?今何年生?俺、高1」 
「高校2年生です」
「え、年上?同い年か、もしかしたら中学生かと…」
「そんな変わりませんよ」
「いやー大きいって。一つでも下の学年は、先輩の雑用だもん」

 と、橘平は部活での理不尽な扱いを桜に面白おかしく聞かせる。硬く思いつめたような表情だった彼女が、くすくす笑い始め、可愛らしさを取り戻していった。
 それから間もなく、「ご飯できたよ!!」と髪の毛が逆立つような大声とともに、向日葵が部屋にやってきた。

「うわ、びっくりした」
「あら、いい雰囲気ね。何のお話してたの~?」
「え?あー、一宮さんの方が俺より一つ年上なんだな~って」
「あーそー。桜っちのが年上か。だったらさ」

 向日葵は桜の肩を抱き、顔を覗き込む。

「きっぺーのこと、もっとこき使っちゃおうよ。一番年下じゃん」
「こ、こき使うなんて!」

 桜のためなら何でもやりたい橘平は、「はいぜひ、俺のことは舎弟とでも思って!雑用でもなんでもやります!!」と喜び勇む。

「そーだよー、私らの舎弟にしよ!あ、舎弟なんだからさ、八神さん、なんておかしくなーい?きっぺーでいいっしょ」
「あ、そうっすよ、きっぺーでいいっすよ、一宮さん!」
「橘平もお仲間になったんだからさ、『さっちゃん』でいいっしょ」
「あ…ああ、そうですね!桜とお呼びください、やが…き、橘平さん!」
「はい、さ…」

 さっちゃん。
 橘平は前歯あたりまで出かかっていた。
 しかし、まだそこまで呼ぶ決心はつかず「…桜、さん」と呟いた。
 
 彼の何が、どこがどうだとは説明できない。
 でも向日葵には、橘平が桜を変えてくれる力があると感じていた。
 そして、桜の初めてのお友達にもなってくれたら…そう願うのだった。

 テーブルの真ん中には、からりとよく揚がり、つやを感じる唐揚げ。ふわっと軽さをかんじる香ばしい香りが鼻を喜ばせる。

「こ、これを向日葵さんが…?」
「そーだよーん」

 これは、絶対、美味い。
 橘平は確信を持って、大きな口で唐揚げにかぶりついた。
 じゅわっと広がる肉汁。テレビで見た、有名店の唐揚げ。橘平はあれを思い出した。もちろん、食べたことはないけれど、きっとこういうことだ。
 いつも美味しい食事を作ってくれる母や祖母らには悪いが、今まで生きてきた中で一番の唐揚げだった。

「すげえうめえ…!」

 涙が出るほど美味しい。ご飯で感動できる。そんな、驚きの美味さであった。

「やーん、ほめて、ほめて!」
「神の唐揚げっす!毎日食いたいこれ!」
「だっしょー!人の心は胃袋で掴めってね。私のこと好きになっちゃった?」
「はい!大好きです!」
「やだ~高校生から告白されちゃった~」と、向日葵はきゃあきゃあ騒ぐ。

 その様子を桜はにこにこ眺める。葵は黙々と米を食らっていた。

「は!?もしや俺が初告白ですか」

 唐揚げ酔いの橘平。こんな冗談まで飛び出す。

「んな訳ないでしょ!こんなにスタイル抜群で美人の向日葵さんだよ?何百人に迫られたことか」
「ははー、盛ってますね。美人?」
「美人にハテナ付けるんじゃない!シツレイな!」

 二人のじゃれあいに、桜は「こんなに楽しいご飯初めて」と笑う。桜に「楽しい」を提供できたなら本望。橘平も向日葵も、同じ気持ちだった。
 調子に乗った橘平はがははと笑いながら、葵にも話をふる。

「もしかして、葵さんも向日葵さんに迫ったことあるんすか?」

 唐揚げを味わっていた葵は、それを飲み下し、鋭い目つきで少年を睨んだ。
 あ、殺される。橘平の動物的な本能が告げる。
 冗談のつもりが、葵には通じなかったらしい。
 しかし恐怖を感じたのは一瞬。すぐに向日葵の明るい声が場を支配した。

「なわけないでしょ~!!さっきも言った通り、素手なら瞬殺。そもそも葵の好みのタイプはね」

 向日葵は立ち上がり、橘平に耳打ちした。

「わ、意外。そんな人が」と口元を両手で隠す。
「おい、何を吹き込まれた、少年」
「うふふ~し・ん・じ・つ」

 席に戻った向日葵は、残りのご飯をもぐもぐ食べすすめた。
 釈然としないながらも、夕飯を食べ続けた葵は、あとで少年に吐かせようと決めた。


 桜と向日葵が夕食の後片付けをしている間、橘平は葵からヘルメットのかぶり方を教わっていた。
 先日は葵が桜を森の近くまで車で送ったらしいが、今回はバイクで移動するという。乗り物は森の近くの茂みに隠しておき、明日取りに来るということだった。理由は「車より隠しやすいからな」とのことだった。
 バイクに乗ったことがない少年は、「これがバイクの…メット…」と若干感動していた。教わったとおりに着脱し「大丈夫そうです」と葵に告げる。

「そうか。じゃあさっきのこと教えろ」

 唐突な話題変更に、橘平には何を指すのか見当がつかない。

「へ?さっきのこと?」
「好みのタイプ。何を吹き込まれた」
「別に大したことは」
「じゃあ言え」

 やけにむきになる葵を不思議に思うも、殺されたくないので正直に答える。

「…外国のアメフト選手のようなでかくてごつい体で、優しくて、男気のある長男タイプ…」

 密談の内容を明かしてしまった。
 また向日葵とケンカになったらどうしよう、と心配する橘平だったが、葵の反応は意外なものだった。

「…マジで真実じゃないか…もっとふざけたことを話したのかと…」

 向日葵はふざけていると思っていた。橘平もそのつもりで反応したのに。
 マジで真実?

「え、真実って…」
「俺が好きな男性のタイプだ」

 葵の予期せぬ言葉に、橘平はヘルメット落としてしまった。

「あ!道具は大事にしろ」
「すす、すんません」

 橘平はヘルメットを拾いながら「ええと、葵さんは男性がお好きな方で」と続けると「男性の、だ。女性はまた別にある」と葵は返した。

「じゃあ女性はどういう人ですか?」
「…よく笑う人」

 そう言って、葵は奥の方へ消えていった。
 入れ替わりに、洗い物が終わった女子二人組が部屋に現れた。二人もバイク用の上着やヘルメットなどを準備する。
 しばらくすると、葵が日本刀と刀袋を手に現れた。慣れた手つきで刀を収納する。

「わあサムライだ…」
「まあ、珍しいよな」
「は、はい。日本刀で戦うなんて漫画みたいでかっけーっす」
「あはは。そーよねえ、現代っ子はそう見ちゃうかもね。そんないいもんでもないから、期待しないようにね~」
 橘平にはファンタジーの話でも、彼らには日常。明るい物言いではあるけれど、橘平は彼らとの落差を感じた。


 それぞれ準備が済み、とっぷりと暗くなった外へ出る。
 葵と桜が駐車スペースに向かった。

「向日葵さんは?」
「なにが?」
「バイク」
「私は免許持ってないよ。運転すんのはさっちん」
「え!?桜さんが運転すんの!?向日葵さんじゃなくて!?」

 すると、二人がそれぞれのバイクを転がしてきた。葵が中型の真っ黒いバイク、桜がぽってりした白と青の小型バイクだった。

「通学のために免許取ったのよ!」

 橘平の驚きに、桜が答える。

「へーかっけー。外の高校だもんな。俺もバイク取ろうかな」
「わーい、取ったら乗せて!海いこーぜ!」
「いいっすね海、ぜひ行きましょ。あ、泳げますか?」
「あら何、水着見たい?」
「いや別に」
「そういうフリじゃないんかい!」
「そう答えると思ったんでふってみました!」

 桜は彼らの漫才を楽しそうに聞いていたが、葵はてきぱきと先に進める。

「ほら、遊んでないで、早く行くぞ」
「ほいほい。きーくん、アオの後ろ乗って」
「え、俺のがチビなのにいいんすか。大きいバイクの方で」
「うん。橘平くんが桜っちにセクハラしちゃうかもだからね~」
「桜さんにセクハラするのは向日葵の方だろ」
「はあ?おい、きっぺー、葵にセクハラしろ」
「え、し、しませんよ」

 そんな調子で、乗り方などを教えてもらいながら出発した。
 向日葵は桜の二人乗りの練習に何度も付き合ってるらしく、慣れた様子でバイクにまたがる。
 ちなみに、葵のバイクには乗ったことがないらしい。「こいつの運転あぶねーから乗れねー」「安全運転だよ!初めて乗る人を不安にさせるな」ということらしい。
 雪が降ってもおかしくないほど寒い夜。人っ子一人いない、雪が残る田舎道を2台のバイクが走っていく。
 初めてのバイク。乗り始めは恐怖が勝ったが、慣れてくると体で感じる速度が心地よく、楽しくなってきた。いつもの通学用自転車では味わえない風。
 これからあのバケモノにまた会うのか。そう考えると恐怖と心配はある。でも、初めての経験は新鮮でわくわくした。
 さらに嬉しいことに、葵は安全運転だった。橘平の初バイクは安全安心のうちに終了した。

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