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【小説】神社の娘(第9話 橘平は模型を直し、葵はぐちゃぐちゃ悩む)

「わ~!!間に合ったー!!」

 向日葵は桜と橘平を一緒に抱きしめ、半泣きで叫ぶ。

「だいじょぶだいじょぶ!?生きてる?ケガしてない~!?」
「向日葵、まだ『なゐ』が」
「あー!!そうだ!!」

 葵以外は巨大な怪物を無事に倒せたことで、安堵しそうであった。
 しかし、本来の目的はそれではない。「なゐ」の消滅だ。再び気を引き締め、彼らは桜の木の方に視線を向けた。
 先ほどの怪物が木々をなぎ倒してくれたおかげで、4人のいる場所から桜の木が見えるのだ。
 次第に桜の花びらが次々と落ち、緑の葉に変わる。瞬く間に葉は落ち、あっという間に枯れ木になっていった。

「理科の番組見てるみたい…」と桜がつぶやくと、すぐに橘平が反応する。
「確かに!朝顔がハイスピードで咲いてくやつとかね」
「そうそう!」
「教育的な番組のね。ずいぶんなつかしー話題だわ。みたみた、学校でそーいうの」
「授業中、起きてたことあるか?」
「あるよ!失礼な!」

 軽く雑談を交えつつしばらく様子を見ていたが、何かが現れる気配はない。木の方に行ってみるかと、まず葵が日本刀を手に立ち上がった。

「桜さん、足大丈夫?」
「うん、あっ」

 桜は立とうとするも、痛みでまたしゃがんでしまう。

「そかそか、転んじゃったんだよね。じゃあ」

 向日葵がおぶろうとすると、橘平がそれよりも早く桜の方に自分の背を向けた。

「はい、おんぶ」
「え!?じ、自分で歩けるよ!!」
「立てもしないじゃん」
「うふふ、さっちゃん、甘えちゃいなさいよ。こいつ年下でしょ」

 向日葵たちに迷惑をかけたくない。
 その発言もあったように、桜はあまり人を頼りたくない、頼るのが苦手、といったふうだった。

「なんだ、橘平君の方が年下だったのか。もしかして中学生?」
「高1です」

 ううう、と小さく唸るも、桜は「えい!」と橘平の背に乗った。うんしょ、と橘平は立ち上がる。

「すいません、橘平さん…」
「いいって。それにさ、悪神って桜さんしか倒せないんでしょ?これ以上けがしたらどーすんの」
「そーだよお、さっちゅん。甘えるときは甘えなさい」

 全くの役立たずで、足まで痛めてしまって。
 桜は橘平におぶわれながら、悔しくてみじめな気持ちを噛みしめていた。
 しかし、「なゐ」の消滅までくじけていられない。悪神だけは私しか倒せないのだからと、桜は気持ちを切り替えた。

 
 ゆっくりと警戒しながら、4人は桜の枯れ木に近づいていった。
 神社のミニチュアはどこにも見当たらなかった。怪物とともに消滅したのだろう。用心しながらあたりを見回したり、木や地面を観察する。

「悪神とかでてこなさそうっすね」
「…先生から聞いていたのは、神社を壊せばヤツの封印が解けるということだったんだが」

 向日葵が桜の太い幹に触れ、「もしかしたら、先生はそこまでしか知ることができなかったのかなあ」と枯れ木を見上げる。

「つーことは、それ以外に封印の秘密があるかもってこと?」
「可能性はあるよね」

 橘平の耳元に、子猫のような愛くるしい声が広がる。

「『なゐ』を直接封印したのは一宮の先祖なんだけど、どう封印したとか、詳しい言い伝えが全然残ってないの。他にも封印の仕掛けがあるのかもしれないし、実は別の場所にも封印があるのかもしれないし」
「ねー!!なんかあるよ!!ここに!!」

 声の方に注目すると、向日葵がゆるいゼリー状になったバケモノの死骸の側にいた。死骸は徐々に小さくなっていて、今では家庭用の子供プールほどだ。
 葵はべちゃっとゼリーに足を入れる。プールの真ん中あたりに小さい物体が浮かんでいる。それを拾い上げた。
 物体は手のひらサイズの置物のようなものだった。よく見ると神社の形なのだが、真ん中できれいに割れて半分になっていた。

「また神社だ。今度は半分」
「半分ということは、もう片方の死骸に片割れがあるのかしら…」

 桜の言葉通りで、広場の外の死骸の中にも、半分の神社が落ちていた。向日葵が拾い上げ、葵が持っていた方と割れている面をくっつけた。

「あ、ちょうどペアみたいだね~ボンドでくっつける?」
「違うだろ、さすがに」
「だよね~うーん、でもこれが手掛かりっぽいしねえ…」
「橘平さん、降ろしてくれるかな。神社をよく見たいから」

 橘平の背から降りた桜は、半分の神社を隅々まで観察した。
 先ほど壊した神社には、お伝え様の神紋が描いてあった。この神社にも神紋、もしくは何かヒントが隠されているかもしれない。二つを並べてみたときに、あっと気づいたことがあった。

「これってお伝え様の本殿だ!」
「え、そーなのさっちゅん?」
「うん。さっき壊したのは拝殿のミニチュア、これは本殿のミニチュア。本殿は普段見られないから、あんまり知らないよね。神紋とか家紋とか…なさそう」

 半分に割れている方から中身をのぞくと、八角形と丸のような形が小さく彫られていた。

「何かの記号かしら?うちでは見たことないなあ」

 桜は三人にこの模様を示す。葵と向日葵も同様に分からない、という顔だった。
 橘平だけが「あ!!」と答えた。

「お守りじゃんこれ!」
「え、なにきーくん知ってるのこれ?」
「はい、これうちに伝わるお守りの模様なんです。あ、おまじない、って言ったほうが分かりやすいか」
「どんなおまじないなんだ?」
「例えば、自転車にこの模様を書いておくと事故が起きないとか、教科書にかけば成績が上がるとか。あ、上がんなかったけど」
「へえ、八神家ってそういう言い伝えがあるんだ」
「八神の人が書かないと効果ないんだって。迷信だと思うけどさ」

 よく見せて、と橘平は桜から神社を渡してもらった。模様部分をよく見る。確かに八神家のお守りの模様だった。

「うんうん、そうだそうだ。俺、今も癖でよくこれ書いちゃうんだよね」といい、神社の割れた面を合わせて桜に返そうとしたとき、

 かちゃ
 と、橘平の手のひらで何かがはまる音がした。
 手の中のものを眺めてみると、神社が継ぎ目なくくっついていた。
 つまり、元の形、一つになったのである。

「え?!」
「わー何なんで?!さっき私と葵で合わせたとき、くっつかなかったよー!?何したのきー坊!?」
「な、何もしてないっすよ!勝手に…えど、どうどうしよう、くっついちゃった…直ったの?」

 神社を破壊して出現したバケモノから出てきた神社のミニチュア。ということは、これもただの置物ではないはずだ。何かしら特殊な力が働いているに違いない。
 それをあるべき姿に戻した。有術を使える桜たちではなく、ただの村人のはずの橘平が。
 この現象を前に、葵は向日葵の言葉を思い出していた。

 一般人じゃないよ、八神橘平君。私たちみたいに「使える」。
 確実にね。

 これはもしかして、少年の有術だろうか。それに八神の模様。もしかしたら「なゐ」に辿り着くヒントは一宮家ではなく、八神家にあるのかもしれない。
 そう睨んだ葵はまだ「どうしよう」と慌てている橘平に「じゃあ明日、八神家に行くから」と声をかけた。

「え、おれんち??葵さん俺んちくんの?」
「そーだよね、ほかに手掛かりなさげだし。行くべ!」
「ほえ、向日葵さんも?ってことは」

 明日はきーくんち~楽しみ~と向日葵がいつもの軽い調子で言いながら、桜の両手を持ってぶんぶんふっている。

「私も楽しみ!」

 桜も来るようだ。

「でも、俺きょうは優真んち泊ってることになってて。明日、友達じゃない人が三人も家に来るってさ、どう言い訳すれば」
「えー、優真君と遊んでたら私らに出会って仲良くなって、そのままお茶に誘っちゃった的な??そんなんでよくない??」
「向日葵さんならそれで通るかもしんないけど!」

 また言い訳を考えなければならないのか。
 橘平はとんでもない犯罪をおかしている気持ちになった。


「ん~ほかにはもう手掛かりなさげかな?」
「かもな」

 八神家行きが決定してからも念の為、周りに何かないか探してみた。やはり橘平が再生した神社以外に手掛かりはなさそうである。それに、もうバケモノ出現しそうな気配もない。

「じゃあ帰りましょーか」
「はい!じゃあ桜」

 と、また桜のことを背負おうとした橘平だったが、そうする前に葵がひょいっと横抱きにしてしまった。

「わ!葵兄さん!」
「俺が桜さんを」
「大丈夫だ。慣れないことで疲れただろう」
「あ、葵さんこそ、ぶっ飛ばされて日本刀振り回して」
「向日葵、すまんが俺らの前歩いて誘導してくれ」
「はいよ。ほら、きー君、ぼーっとしてないで行きますよー」
「桜さん、懐中電灯つけて。念のため方位磁針も」
「は、はい」

 桜を守ることは橘平の仕事だ。全うしたかったが、最後の仕事を葵に取られてしまった。
 軽々と桜を抱く葵は、まさに姫を守る侍。橘平が桜をおぶっていた姿なぞ、妹のお守りにしかみえなかっただろう。それ以前に身長も見目も差がありすぎて、比べることも恥ずかしい。
 橘平は今日のことを振り返る。バケモノから逃げることは出来たし、理由は分からないけど、踏み潰されずに済んだ。
 足を痛めた桜を…そう、桜は転んでしまった。足も痛めた。

「俺、桜さんを全力で守れてないじゃん…」

 向日葵はぽん、と隣の少年の肩に手を置く。優しく、彼にしか聞こえないほどの声で伝える。

「超守れてたよ。だから生きてるんじゃん。きっぺーちゃんがいなかったら、桜ちゃんアイツに潰されてたと思う」
「わ、え、聞こえてたんすか」

 独り言のつもりが、向日葵に聞こえていた。
 さすがに桜本人には聞こえていないだろうが、橘平は体中が熱くなった。上着を脱いでしまいたいくらいだ。

「ふふん、地獄耳だから。ってかさ、目なしの奴、二人の前で止まったよね。何したの?」

 向日葵たちからは分からないと思っていた。しかし、後ろからでも止まって見えていたらしい。

「いやあ何も。わっかんねーけど、これ以上踏めないって感じでした。桜さんの有術なんじゃないんすか?」

 桜にそんな能力はない。向日葵は少年に何か秘密があると考えていた。彼自身も分からないだろうとは思うが、一応問うてみる。

「…きー君じゃないの?」
「え、俺、超能力ないし。じゃあ奇跡かな」

 おそらく橘平の能力だ。向日葵はそう確信している。やはり本人には何の自覚もないらしい。
 これ以上聞いても何もでてこないし、確証となる出来事を自身の目で見ていない。「そうね、神様のおかげかも」と、そこで話は仕舞にした。

「あー、そういえば」と橘平は有術の話題つながりで、二人の能力について尋ねた。

 まず葵は、物体で物体を「破壊」する能力。日本刀のような物体に有術を纏わせることで、物体や怪物を破壊できるというもので、実態のある物以外は破壊できないという。

「そんなん、当たり前じゃないですか。見えないものは壊せないっすよ」
「あるのよ、見えないものを壊せる有術」
「ふへー」

 また、彼の破壊の能力は一族随一の威力だという。彼の有術を纏わせた武器に少しでも触れると、並の人間は一瞬で死ぬかもしれないらしい。

「え、やば!!葵さん怒らせたら死?!」

 素直に恐れおののいた橘平の声は森中きーんとよく通り、後ろの葵にも十二分に聞こえていた。

「じゃあ怒らせるなよ少年。別に刀じゃなくてもいいんだからな」
「え、刀じゃなくていいんすか?」

 その辺の小枝でも定規でもなんでも、物体であれば武器はなんでもいいという。
 だが、さっきのように怪物などを殺したりするほどの力に耐えきれるのは、「いろいろ試して、思いっきり有術を使ってもOKだったのが刀。俺と同じような能力を使える人はだいたい刀使うな。理由は知らん」ということだった。

「爪楊枝で有術使ったとして…まあ、せいぜい病院送り程度だよ。俺はな」
「…怒らせないよう気を付けます。じゃあ、向日葵さんのは?」
「私はねえ」

 彼女の能力は、相手の気の流れを狂わせて体を倒す、というものだった。

「なるほど、攻撃系じゃないっすね」

 確かに転ばせたりするだけでは、打ち所が悪ければ大きな打撃を与えられるかもしれないが、それに頼るのみだ。
 拳を磨かざるを得なかった理由は、ここにもありそうだった。

「それにさ、敵に超近づかなきゃいけないのよ。遠隔操作みたくできたらさいきょーなのに」
「葵さんと手合わせしたくないっていうのは、刀の長さの分、近づけないから?」
「刀相手だって、接近することは可能だよ。背後とったり懐に入ったりさ。でも葵くん、刀持つとかなり強いから。簡単には接近させてくれないわけ」

 漠然と、「超能力って万能でかっこよくて強くて、いつでも好きなように使えて便利で」のように考えていた橘平は、実際は制約や能力にも種類や相性があって、なかなか自由にならないものなんだと知った。桜の能力だって。

「目がないモノには無力で役立たずで本当にすいません…」

 手の中のミニ神社を見つめながら桜はしゅん、と答える。

「あ、そういうつもりじゃ!桜さん!ケガ治すのすげーっす!」
「そ、そう?」
「だって、ボロボロの葵さんが一瞬で元気になっちゃったんだよ?すごすぎ!!」

 一宮に生まれたものとして、有術が使えるのは当たり前。跡取りなのだからもっと優秀であるべき。
 有術は基本的に、一人一能力である。 壊すことと、治すこと、2つもの能力を使いこなせる人間はそう多くない。
 より上を望まれてしまうのは立場上仕方ないにしても、そういう意味では桜はむしろ、有術の才能は豊かな方である。
 彼女の小さな不幸は、菊というおそろしく優秀な兄の存在だ。一族の大人たちは、いつもどこかで比べてしまっている。彼が有術も頭脳も、でき過ぎていたために。この世にはもういないとは言え、天才の存在感は、みなの記憶にまだ深く刻まれているのだ。
 そうした環境に育った桜は、自身の能力もふくめ、あまり人から褒められたことがなかった。

「尊敬する!!」

 橘平が初めてだ。素直に彼女は賞賛したのは。

「今度、俺もケガしたら治してください!」
「はい!喜んで!」

 桜は他人から初めて「心から」褒めてもらえた。橘平の言葉は単純で素直で、裏がない。聞いていて心地よいくらいだ。
 雑談の延長かもしれないが、それでも桜は嬉しかった。

「うふふ。2人ともすっかり仲良し!ま、そもそも、ケガしないよーに気をつけてちょうだいね。万能じゃないのよ」
「そ、そりゃもちろん」
「桜っちにも、治せないケガはあるからね」
「あんなにひどいの治せるのに?例えば?」
「心のケガ。失恋とかさ。フラれて胸が痛んでも、さっちゃんに治してもらおうなんて考えないでね~?」
「あ…はい」
「それよかさあ、学校どうよ?楽しい?あ、今高校生の間でさ何が人気~??」
「ええ、そうだなあ」

 2人は絶えず、賑やかに会話を続ける。ライブ帰りに異様なテンションで感想を語り合っているファンのようだ。危険な経験をした後だからこそ、高揚し、解放的になっているのかもしれない。

「ひま姉さん、すっごい楽しそう」

 後ろの2人は対照的に、月夜の美しい海岸沿いを散歩するような物静かさ。
 橘平とじゃれ合う向日葵は、桜といる時よりもリラックスして見える。

「橘平君のこと、気に入ってるみたいだしな。良い子だって」
「うん、とても素直で良い人……私とは全然違う」

 誰にも明るく接するように見えて、桜とは一線引いているところがある。向日葵の本当に気取らない姿に、桜は「私に付き合わせて申し訳ない」気持ち、「やっぱり橘平さんに来てもらって良かった」という気持ちが入り混じっていた。

「…桜さんも素直で良い子だよ」

 彼女の内心を察している葵には、その一言を返すのが精いっぱいだった。おそらく、素直で良い子な彼女は、葵にも申し訳ない気持ちでいっぱいなのだ。
 葵も「なゐ」が消えてほしいと心から願っている。腕の中にいる女の子には申し訳ないが、彼女から解放されたい。自由になりたいのだ。
 子供の頃から桜に縛られてしまっている。けれどそれについて、彼女は何一つ悪くない。むしろ、いつも葵や向日葵に謝罪の気持ちを持って接している。
 ただ、この村に生まれ、神社の娘に生まれてしまっただけの桜。
 それを理解してるからこそ、葵は彼女を嫌いになれないし、この鬱屈を誰かにぶつけることもしない。彼の状況を理解してくれる唯一の人間、向日葵の存在だけが救いだった。

「…ありがとう」

 桜とは兄妹のようなものだ。自分も彼女の言うことを聞くし、彼女も葵の言うことはよく聞く。
 わがままを通すことはあるけれど、それは自己中心的な考えからではなく、いつも他人がそこにある。
 だいたいが葵と向日葵を想っての「わがまま」。ある意味手に負えない。

「そういえば葵兄さん。メガネは?」
「壊れた。たぶん吹っ飛ばされた時だな。家に帰れば予備あるから」

 そもそも「3人で悪神を消滅させようよ」と提案したのは桜だ。葵には口が裂けても「悪神の封印を解こう」だなどと、言う勇気はない。
 だからこそ、「なゐ」の消滅に彼女を利用しているのではないか。そう思うことがある。
 桜がそう言った日から、みんなでそう決めた日から、彼はずっと悩み続けている。

「そっか。なら良かった。また作ってくれるよう頼んどくね」
「ありがとう。あれ、桜さんもメガネは?」

 おっと忘れてた、と桜はコートのポケットからメガネを取り出し装着した。

「まあ、付けなくてもいいくらい疲れちゃったけど」
「すまんな。あんなひどいケガ、治療したことないだろう」
「そんな、気にしないで!私にはあれしかできないんだし!」
「あれだなんて…本当にすごいよ、桜さん」

 きっとそれも、向日葵は察している。

「葵兄さんまで。からかわないで」

 くすりと、葵は小さく笑顔になる。

「俺も尊敬するよ」


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