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【小説】神社の娘(第23話 唐揚げ教室)
橘平は日曜の朝から、桜、向日葵とともに、村唯一の食品スーパー「だいこく」にやってきていた。
村とはいえ、人口が減りも増えもしないおかげで、意外と人口の多いこの村には一応、小さいながらスーパーがある。今日は街の大型スーパーで、月イチの超特売日があるせいか、弱小スーパーは日曜だというのにさみしさが否めない。
本日は八神家で段ボール開封の儀、の予定であったが、古い本が出てきたことから予定変更。古民家で本の内容発表の日となった。
せっかくなら、ついでに料理教室やっちゃお!という向日葵の提案により、現在、村のスーパーにいるのだ。
向日葵はお団子ヘアーで蛍光オレンジのニットに細身のパンツ、ロングブーツ。桜は淡いピンクのシャツに白のジャンパースカート。そしていつも通り可もなく不可もなくパーカーな橘平。そんな三人は今、肉売り場の前にいる。
向日葵は二人に問いかけた。
「さて、一般的な鳥の唐揚げのメイン材料はなんですか。はい、きっぺーちゃん」
「鶏肉」
「んなの当たり前でしょ。部位だよ部位」
「ええ?ぶ、ぶい?」
「そう。足とか胸とか内臓とかあるでしょ~?」
知らないんだきっぺーさん、と桜は得意そうに手をあげ、「モモ、もしくはムネ!」と答えた。
「そうそう!きー君が真っ先に思い浮かぶいわゆる一般的なとりからちゃんは、モモ肉ね。さっぱり食べたいときはムネ。手羽もおいしいね。ま、今日はふつーにモモ肉の唐揚げ作りま~す」
こーいうお肉がおいしいのよ、食べ盛りが2匹いるから大目に買おうね、味付けはこれね、など、向日葵による食材や量のレクチャーを受けながら買い物を進める。
橘平もたまに母と買い物に来るが、いつも自分の食べたいお菓子をかごに入れたら、それ以外は興味なし。いつも「早く終わらないかな」と心の中でつぶやきながら、買い物に付き合っていた。こうして、「何かを作る」という目的があると、料理について考えるし、周りの食材にも興味がでてくる。退屈を感じる暇がなかった。
橘平以上に退屈を感じずワクワクしているのが桜だ。「野菜ってこんなに種類あるんだ」「お肉って産地ごとに値段が違うんだ」「チョコってカカオの量ごとに分かれてるの?」と、コーナーごとにいちいちコメントがあり、まるで初めて来たようだ。
「初めて来たわ!」
まさかの初めてだった。
「料理のお手伝いはたまにするけど、買い出しまでは。バレンタインの時もひま姉さんが用意してくれるから、あとは一緒につくるだけで」
「甘やかしすぎちゃったかもね」
思っている以上に、一宮家は箱入りらしい。わりと適当に育てられた橘平には、信じられなかった。
「もしかして、コンビニも未経験?」
「コンビニはあるよ。学校のなかにある」
「あれは購買よ、さっちゃん」
「コンビニじゃないの?」
「じゃ、じゃあゲーセンは?」
「ない」
離れた学校に通っていることもあり、放課後はほぼ遊ぶ時間はないだろう。跡取りとしての勉強もあるだろうし、自由になる時間は少なさそうだ。
「バーガー屋は?」
「ない」
「ファミレスは」
「それは家族と行ったことある」
一般的な高校生が楽しんでいる多くを、桜は経験したことがなさそうだった。
必要な食材のほか「一人一つまで!好きなおやつ買っていいよ!」との向日葵の計らいもある、楽しい買い出しとなった。
買い出しが終わった3人はピンク軽に乗り、古民家へ向かう。到着すると桜がカギを取り出し、玄関を開けた。
「なんで桜さんが?」
「ほら、ここってうちの物だから。合鍵持ってるの。葵兄さん、午前中は用事があるんですって」
理由は分かる。けれど男の人が住んでる家の合鍵…と橘平は変な気持ちになった。
しかしそれ以上の意味はないのだ。頭から妙な考えが起こりそうになるたびに、それを消す。昨日は二人きりだったよな、という妄想も頑張って頭から追い出す。
葵には向日葵。そこに桜を加えてはならない。そもそも、桜は二人を自分から解放するために奮闘している。それに、向日葵も加われば親子のように見える3人である。葵と何かがあるはずはない。
台所に入ると、早速「ひまわり料理教室」が始まった。
向日葵先生が大まかな工程を説明する。生徒たちはまず、味付けのショウガとニンニクをすりおろすように指示された。
「すりおろすのって…疲れるっす」
「ニンニクをぎりぎりまですりおろすのって、難しい…」
「さっちゃん、ケガしないように気を付けて。料理ってなかなか地味で根気がいるのよね~よく食べる2匹がいるから、たくさんすりおろせ~」
鶏肉の切り方も教わる。
「余分なところ切ってって。うんそうそう。食べやすい大きさに」
そして、それを調味液に漬ける。
「漬ける時間はぱぱっと5分の人もいればさ、一晩って人もいるんだけど、今日はお昼ご飯までってことで!あとは揚げるだけ~」
びっくりするほど美味しい神唐揚げ。きっと何か秘密があると思っていた橘平だったが、今のところ、普通の唐揚げと何ら変わりはない。
「隠し味とか、美味しく作るコツとかは」
「まあ、揚げ加減はあるけどお、なんも特別なことはいらない!一番大事なのはキモチ」
向日葵は心臓のあたりに両手を置き、にこりとした。
「ゲストのことを思い浮かべて、美味しく食べてもらいたいって、楽しい食卓にしたいって思うの。嫌いな兄貴ふるまう時でもね。私、料理だけは、そーいうキモチでやんの」
そして桜が付け合わせのサラダを、橘平は味噌汁を作る。
「二人とも、俺の味噌汁は飲める味なんで。安心してください!」
桜が吹き出した。
「やめて橘平さん…お腹痛いよ…」
「さっちゃんたら、葵の料理下手がツボっちゃった~?」にやにや笑いながら、向日葵は炊飯器のスイッチを押した。
あとは葵が帰ってくるのを待つだけだ。
桜はエプロンを外しながら「そうそう、八神家のことで他に分かったことあったんだ。説明しておくね」と言い、3人は居間に移動した。
彼らが料理教室を楽しんでいる間、三宮葵は隣町の駅に来ていた。都会の大学病院で働いていた兄の青葉を迎えに来たのである。青葉は村の病院に勤務するため、このたび帰郷することになったのだ。
葵が車の中で本をよんでいると、窓ガラスをこんこん、と叩く音がした。中肉中背の男性が手を振っている。弟は兄の姿を認めるや扉を開け、「おい、危ないな」という兄の言葉は無視して車を降り、トランクに荷物を詰め込む。
「葵!お迎えありがとう。いやあ、今年は正月に帰れなかったからなあ。1年ぶりくらい?」
「早く乗って」 と、さっさと車を出す。
車内で「久しぶりだね」とぺらぺら話す兄と、正反対にあーうーしか答えない無味乾燥な弟。
彼らは性格も容姿も実に正反対だった。青葉は背は高くないし、顔は凡庸でこれといった特徴はない。しかし口達者で人当たりが良く、勤務先では可愛がられていたそうだ。その人が欲しいコメントを適格にするし、冗談も面白いと、女性陣からの受けもよかったという。話術で人を誑し込む技術に長けており、どんな美人でも上司でも騙されてしまう。
「相変わらず喋んないな。何か変わったことないの?」
「なし」
「妖物のことは」
「聞いてるだろお父さんから」
「そうなんだけどさ。だから帰って来て、結婚もさせられるわけだしなあ。直前に彼女5人いたんだけど、別れるの大変だったよ。いやあ僕が生きてる間にこんな状況になるなんて思いもよらなかったよ。結構、シャレになんないくらい強いんでしょ。治療要員が必要なんだってねえ。もう少し都会に居たかったけど、どうせ帰ってくるから、それがちょっと早くなっただけか。医者修業は終わりと。ああそうそう、体なまってるだろう、鍛練しろってお父さんに言われてさ、まあその通りだよ。筋肉ゼロ。ほら腹がヒレ。治療要員で鍛練必要?葵はさすがに締まってるね。いいねうん」
うるせーだまれ。と言いたいが、言っても効果なし、しゃべり続けるのがこの兄である。向日葵のように露骨に嫌うことはしないが、積極的に関わりもしない。さっきからのペラペラどうでもいい話を、葵は窓の外へ捨てている。
「向日葵ちゃんは相変わらず金髪?」
「ああ」
「そっかー。彼女その2も金髪ギャルだったけどさあ、あ、その子10歳年下でさあ。かわいいけどスタイルあんまりよくなかったね。そこが欠点。あと箸が持てない」
こんな腐った奴と付き合う女も腐ってるんだろうな、と毎度毎度呆れてしまう。10歳年下の子はきっと騙されたんだ、かわいそうに、と葵は同情した。
「向日葵ちゃんはさ、ほんとスタイル良いよね。ああ、顔は全然好みじゃないけど。スタイルが素晴らしい。帰ったら早速拝もう」
そして、子供のころから知っている向日葵を、昔からそういう目でしか見ない事には心底腹が立っている。桜のことも子猫みたいな妹系だよね、など、気持ち悪いやつなのだ。
家までまだ時間がかかる。地獄のドライブだ。
「結婚しても遊びはいいわけじゃない。一度くらい向日葵ちゃんともお付き合いしたいよね。遊びでね」
車から蹴り落すか、それとも助手席側だけ事故を起こしてやろうか。
何をしようと、村にとってコイツが必要であれば助かってしまうのだが。
残りの古文書も、ほとんどは日記のようなものだったそうだ。
解読を進めてわかったことは、まもりが無理矢理、一宮家に連れていかれたらしいということ。家系図には嫁いだとされているが、実際は強制連行。体裁が悪いからそう記しているのだろう。
連行された理由は分からないが、この後村中からの借金は帳消しされ、さらに多額の金子までも得ている。この帳消しによって、今も八神家が存続できているらしい。
「うーん、なんでまもりさん、無理矢理つれてかれちゃったのかなあ。晩年はうちに帰ってきてたみたいだけど」
「気になるよね。これが分かったら、前にすすめそうな気がするんだけど」
すると、引き戸のガラスが割れるほど、勢いよく玄関が開く音がした。葵が帰ってきたのだろう。
「え、家主よね?なんかあったの?」
向日葵がなんだなんだ、と玄関に向かう。
随分乱暴な開け方だったね、そうね、唐揚げどうかな、美味しいといいね、などと高校生たちが雑談していると、玄関の方から、バシン、と古民家中に響く音が聞こえてきた。まるで何かを叩いたような。
「え!?ちょ、どうした」
驚いて橘平が玄関に声をかけ立ち上がると、「来るな!」と向日葵が怒声をあげた。永遠のような数分の、いや10分か20分かわからないが、そののち、向日葵がソファのある部屋に帰って来た。
「葵さんは…」
「顔洗ったら来るよ」
あの音は何だったのかなあ、と気にはなるが、聞いてはいけない気がした橘平だった。しばらくして葵が部屋にやってきた。
明らかに怒っている。葵は普段、感情をそこまで露にするほうではない。橘平も基本的には凪いだ雰囲気の人だと思っていた。今の顔からは、本当はいつも抑えているだけの人、という感じがした。気持ちを常に我慢しなければならない人。
ここまで明らかに感情を発しているということは、何かあったに違いない。そして、左頬が若干赤い。
「葵兄さん、あの、大丈夫?何かあったの」
「別に」
「別にじゃない!ちゃんと説明しろ!顔に出すぎ!」
向日葵に怒られ、彼はしぶしぶ、滔々と理由を語り始めた。
「久しぶりに会った腐った青葉が相変わらず腐ってて腐った話聞かされて耳が腐って心も腐って乗られた車もきっと腐ったなんっっであんなに腐ってんだマジで腐ってる義姉になる人が不憫すぎる可哀そうだ彼女も腐ってしまう」
葵兄さんのお兄さんのことよ、と桜が橘平に耳打ちする。向日葵が兄を嫌いと聞いていたが、こちらもだったらしい。呪いの言葉を聞いているようだった。
「ええ…葵さんもお兄さんと仲悪いんすか…」
「悪くない。悪くなる仲がないからな」
「青葉さん、そういえば帰ってくるって聞いてた。うーん、私たちには良い人なんだけど、葵兄さんとは気が合わないのよね」
葵は機嫌が悪い、向日葵は葵に怒っている様子、桜はさあどうしたものか、と考えている風。
そして時間は昼。この状況を変えるにはこれしかない。
橘平はすたっと立ち上がり、
「向日葵さん!唐揚げ作りましょう!!」
と、できる限り元気に聞こえる声で発声した。ほらほら、と橘平は向日葵を台所へ促す。桜もそれに乗って、台所へ向かった。去り際、料理の先生はむかむかしている青年に「頭冷やしといてね。ご飯は美味しく食べたいんだから」と声をかけた。
桜が冷蔵庫から、漬けていた鶏肉を取り出した。
「ここには揚げ物鍋がないので…フライパンで揚げちゃいます!」
橘平はフライパンに油を入れ、菜箸を入れて気泡が浮いてくるか確認する。鶏肉に片栗粉をまぶし、向日葵先生の言うとおりに揚げていく。
「うんうん、良い感じだね。もう大丈夫かな。ちょっと出してさ、切って中身確認してみ」
取り出した鶏肉を、桜があちちと包丁で切ってみる。肉汁があふれ、ショウガとニンニクの利いたいい匂いが広がる。
じゃあ次は桜ちゃんが揚げて。あとは二人でやってみ、ちょっとあっちの様子見てくるわ。と、先生は生徒たちに揚げをまかせた。葵の機嫌が戻ってるといいなあと二人は願いつつも、口には出さず、目の前の唐揚げに心を向けた。
「そろそろひっくり返すね」
「うん…おお、いい色だ。これは絶対美味しいやつ」
「調理実習は好きじゃないけど、今はすっごく楽しいな」
「俺も。友達と料理すんのって楽しい」
「橘平さんに出会ってから、初めての事ばかりな気がする。そもそも友達ができたのも初めてだもん」
これまで友達を作れなかった理由はいろいろあるのだろう。橘平はそれを想像してもいいものか迷った。いやそれよりも、今を考えよう、今俺が友達としてできることをしたいと、目の前の少女の過去は見ないことにした。
そういえば。
橘平には優真のほか、仲の良い友人は多くはないにしろほどほどにいる。そのおかげで学校も楽しく過ごせている。でも「友達としてできることをしたい」と、友人たちにそういった思いを抱いて、実際に動いたことはあっただろうか。楽しく過ごせる相手が友人なのか、助けてあげたいと思える相手が友人なのか。
友達ってなんなんだろう。しゅわしゅわ揚がっていく唐揚げをみながら、自分なりの定義を見出そうとした。
残りの肉も揚げきったところで、向日葵は戻って来た。ご飯や味噌汁も用意し、部屋へ運ぶ。葵は落ち着きを取り戻しており、無表情でもりもり肉を食べていた。相当腹も減っていたようで、ご飯をお代わりしていた。
初めての橘平と桜の唐揚げは「特別に美味しかった!」と二人は自画自賛、満足げな表情だった。
「ねえ橘平さん、またひま姉さんに料理教わってさ、作って食べよ!次は何がいいかな」
「春っぽいやつ!」
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