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【小説】神社の娘(第24話 プラモ、折り紙、それと)

 史料の内容はおおまかに二人に伝えた、と桜は葵に説明した。そのうえで、今後はどうしていくかである。桜は「まもりさんのことを調べたほうがいいのでは」と提案した。

「お守りとも何か関係ありそうだし。でね、うちにある古い文献をもう一回、別の視点で読んでみようかと思って。メインのことばかりに気を取られてたけど、女中さんとか家のお手伝いしてくれた人の名前にあるかも、っていう目で探していけば違う出来事が浮かび上がりそう。珍しい名前だし、意外とすぐ見つかりそう」

「あれ、じゃあもう八神家にはみなさん、来ない?」

 一宮家で調べ直すならば、もう八神は用済みなのだろうか。と想像したら、橘平は若干切なくなった。

「そんなことはないでしょ。まもりさんは八神の人だし、八神家にまだ何かありそーな気はするじゃん?開けてない段ボールにも何か入ってるかもよ~。あとは…裏山?」
「山ぁ…山に何かあったかなあ…山を歩き回るのは暖かくなったらがいいなかなあ、なんて」
「俺なんか仕事で毎日山だよ」

 この葵のつっこみ。落ち着きを取り戻した彼と言えど、いつものように返していいか橘平は分かりかねている。遠慮する方がお互い気を遣うのだろうか。橘平は言葉の選択の難しさにむずむずする。

「ええとじゃあ、今でも」
「暖かくなったらでいいよ。山岳ガイドの都合に合わせるさ。どうせもうすぐ暖かくなるから」

 八神家の山。向日葵ははて?とひっかかることを見つけた。

「そういや、私も仕事でしょっちゅう山行ってるけどさ、南地域の山は一度も入ったことない。未知の領域よ。いままで気にしてなかったけど、ホントに南地域って害獣も妖物もでないよね~不思議!それをさ、課内の誰も指摘しないよね」
「あ!おそらくそれも、『なゐ』の封印に関係してるんじゃないかしら。森に近づかないよう思考が操作されているように」

 これは一理ある、と葵と向日葵は特に強く思った。今の今まで、親戚たちも職場の人間も自分たちですら、疑問に思ってこなかった。一つ、封印の思考が外れたようであった。

「一宮の文献からまもりさんにつながりそうなことがないか調べる。蔵の段ボールも念のため開ける。それが終われば暖かくなるだろうから、山に入る。とりあえずは、こんな順序でいいか?」

 葵がこれまでの話をまとめ、3人に提示した。それぞれ、OK、分かりました、と同意を示した。

「えと、じゃあ来週、うち、来ますか」

 すでに2回、八神家に来ている3人。まだ用事があるだろうから聞いているだけなのに、橘平は変に緊張して、来るかもしれないと期待すると変に嬉しかった。

「そうだな。段ボールの開封は来週。一宮の文献は俺と桜さんか。平日の夜か」
「年代は絞られてるから、一人で大丈夫だよ。仕事で疲れてるんだから無理しないで」
「俺も昔の人の文字が読めればお手伝いできるんすけど…」
「私もぉ…」

 読めない組は申し訳なさそうに、叱られた子犬のようにしゅんとする。大したスキルがない自分が情けなくなってきた橘平だった。

「ありがとう二人とも。その気持ちだけでも嬉しい」

 ふわっとしたほほえみに、子犬たちは心を救われた。

「いや、全部一人では。一日でも都合が合えば行く。いつなら」
「じゃあお言葉に甘えて…来週は…水曜か金曜かな」
「それなら水曜だな」
「うん、じゃあ水曜に来て」

 また親友が取られた。そんな気持ちの橘平だった。

 幼いころからの付き合いとはいえ、向日葵は、この二人が会うことに抵抗はないのだろうか。

 橘平の見立てでは彼女は葵に思いを寄せている。桜は二人を兄姉のように慕い、葵もそのくらいの気持ちだと推測される。何も起こりようのない間柄とはいえ、多少嫉妬はしないのだろうか、とふと考えたのだった。

 ちら、っと橘平は向日葵を盗み見る。そっかー頑張って、とクッキーを齧り、紅茶を飲み。何も感じてないようだった。そういう3人なのかもしれない。不思議な関係だよなあ、と心の中でつぶやいた。

 今後のスケジュールが立ったところで、桜は「ところで」ときらっとした目を橘平に向けた。

「橘平さん、プラモデル!プラモデルはいつがいいかしら!?」
「へえ!?あ、あああ、うんあれか。プラモデルは別にいつでも」

 プラモデルとは一体。と葵と向日葵は不思議そうな顔で二人を見る。いつの間にか二人で何かしらのプラモデルの話をしていたようである。

「なんだプラモデルって」
「橘平さんのおじい様、プラモデル作りの達人らしいの。私プラモデルって触ったことすらないから、興味あって」
「あら、きっぺーちゃんのじいじ、モデラーなのねん。かわいい」
「かわいい?あ、まあ、結構上手っす。コンテストで何度も賞とってて。うち、手先器用な人多いんですよね。父親は折り紙が得意で、あ、折り紙っていうか模型の域。城とか竜とか人間とか立体的に作れるっていう…」

 八神家の新たな情報に、葵は何かあるのではと反応した。まもりも手先が器用で何でも作れる、と先日、この子孫が語っていたではないか。ふと、葵は「八神」で思い出した。

「そういや、八神さんちって工務店やってるよな」
「そうだそうだ、村の家って八神工務店がよく作ってるじゃん!」
「ああ、そうっす。じいちゃんも大工でした。今はおじさんに譲ってて」
「まもりさんは手先が器用で、何でも作れる、だったよな。八神家はそういう血筋か。そこに何かありそうな気がするな」

「わ、確かに!少し八神家の秘密に近づけた気がする!じゃあ橘平さんも手先が器用なの?」
「いやあどうかなあ…器用かわかんないけど、絵は好き。俺の部屋に風景の絵があったの、覚えてる?あれ描いた」
「風景の絵?ああ写真よね…写真…絵?」

 桜の記憶では、どこか外国の風景のような写真らしきものがあったことは覚えているが、あれのことだろうか。あれだとするならば。

「もしかして、ベッド側の壁にあったやつ?ええ!?あれ、きっちゃんが描いたの!?」
「はい。まあ、あの程度なんすけど」
「え、程度じゃないよ!だって写真みたい。あんなの描けるなんて…すごすぎ橘平さん…え、ほんとにきっぺーさんが…?」

 あれが絵だとするなら、桜の知っている絵ではない。一見すると写真にしか見えないような精密な絵を、この少年が描いたことに驚きを隠せなかった。

「すごくはないよ。AIが描いたみたいっていわれちゃうし」
「そんだけリアルってことでしょ?すごー。あれってどこの風景なの~?ヨーロッパ?アジア?」
「いろんな国の写真を参考に、旅行するならこんなところに行ってみたいなあ、っていう想像です。特定の場所は無くて。いままで描いた中で一番納得がいったから飾ったんです」
「へえ。ちなみに、あれ画材はなんなんだ?」
「色鉛筆っす」

 色鉛筆。

 3人は色鉛筆で写真が描ける人間に出会ったことがなかった。

「…橘平さんが絵を描いてるところ、みてみたい」

 それは葵と向日葵もかなり興味があった。つまんねーっすよ、などと少年は言うも、ちょっと得意げだった。

 俺、絵、うまいのか!


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