【小説】神社の娘(第25話 橘平、先輩に対抗する)
カーテンから漏れる朝の光が目にあたる。橘平はゆっくり瞼をあけた。
夢を見た。
起きてすぐ、それが頭に浮かんだ。
『君は入口の絵、描ける?』
「入口の絵?」
『村の真ん中にある森に入るための。扉みたいなもんかな』
「森の扉って何?どういうの?」
『君の想像でいいんだ。森が開くような絵が描ければ。別世界への扉さ』
頭の覚醒につれ、橘平は夢の内容をキレイさっぱり忘れてしまった。しかし、何かに導かれるように、無意識に、鉛筆を手にしていた。
いつかの夢である。
◇◇◇◇◇
橘平は優真たち同じクラスの仲良し組とともに、高校の屋上で昼のお弁当を食べていた。
白飯の上に海苔が敷かれ、焼き鮭の切り身がまるまる乗っている。別の容器にサラダもついた、母の弁当。おそらく父も今頃、同じ弁当を食べているだろう。昼時に向日葵と話すこともあるのだろうか、と箸で鮭の骨を取りながら橘平は役場のことを考えた。
橘平たちのグループから少し離れた場所で、三宮柏も友人たちとふざけあいながら昼ご飯を食べていた。
柏は卵焼きを口にした時、橘平の姿に気が付いた。あの夜のことをにやにやしながら思い出し、友人たちに「この間の夜さ…」と話し始めた。
「きっぺー?あの地味が?」
「うっそ、意外」
「いや、地味で目立たない背景みたいなやつこそ、裏でいろいろやってるんだって」
柏は悪意たっぷりに橘平を昼飯の肴にする。「裏でいろいろやってる」は意外にも間違ってはいないのだが、男子高校生たちの想像とは全く違う内容だ。
「相手の女子が気になるなあ。柏、顔見えなかったの?」
「見えなかったけど、体はちっちゃかった。だって、あいつが抱えて走れたんだぜ。もしかして小学生かな?やべー犯罪じゃん!!」
そこで一同が大爆笑すると、さすがに橘平のほうもそのグループに目が行った。
柏の顔を見つけた瞬間、橘平は血の気が引いた。げ、っと感じた瞬間、二人は目が合った。
橘平は急いで目をそらすも、柏はにやにやしながらわざと周りに聞こえるように「夜のがっこーできっぺーく見かけたんだよねー!」「ひとりじゃなかった気がするけど、だれだろー?」「女子だったなあ~」などと宣う。周りの友人たちも橘平をあざけるように笑った。
冷や汗、手汗、動悸、息切れが一気にやってきて、橘平はどうにかなりそうだった。
鮭の骨はとったはずだが、のどにつっかかっている感じがして気持ちが悪い。
優真が心配そうに声をかけた。
「どうしたの?大丈夫?」
「あ、ご、ごめん、あの、教室戻る!」
急いで弁当をまとめ、橘平はご飯を半分も食べないうちに、屋上の扉を開けて出て行った。
それを見て柏たちはさらに大声で笑っていた。
「悪いことするからだぜー!」
「小学生と夜の学校で何してんのー?」
厚い扉の向こうから、そんなヤジが聞こえる。
橘平はぎゅうっと拳を握る。
「桜さんは何も悪いことはしてない。俺だって何にも…何も!」
橘平は屋上の扉を勢いよく開け、柏を睨み大声で叫んだ。
「うちの!!!!犬だよ!!!!!!」
そしてまた優真の隣に座り、残りの弁当を勢いよくかっ食らい始めた。
桜のことはバレてはいけない。けれどここで逃げたら、柏たちが考えているような事があったと認めることになる。それは桜に失礼だ。争いごとは好まないが、今日の橘平は自分でも信じられないくらい、柏に負けたくないという欲が湧いた。
何も悪いことはしていない。ただのスパイごっこ。
橘平はがつがつと弁当を食べ続ける。
恥ずかしがったり、むきになって反抗したり、泣き出したりなど、柏たちが期待したような反応は返ってこず、つまんねーなあいつ、からかいがない、と彼らは興ざめしてしまった。
これによって、友人たちの前で恥をかいてしまったような気がした柏は、橘平に対して腹立たしさを覚えた。
豚肉をかみながら「絶対、女の子と、一緒、だったのに…!」と憎々しく呟いた。
◇◇◇◇◇
昼食の後、優真は「ちょっと」と、橘平を校舎裏に誘った。
「さっきのさ、かっこよかったよ」
「え?そ、そう?」
「うん。あの人たち、ちょっとさ、いじわるじゃん。逃げないなんてすごいなあ。僕なら立ち向かえない」
褒められて悪い気はしなかった。あの時はもう、恥も外聞もなく立ち向かうことと、弁当を平らげることにしか頭になかった橘平。あの姿が、意外にも友人の心を打ったらしい。
「でさ…あの…あの…」
あのあのと、優真は口元をむずむずさせるばかり。その次の言葉が一向に出てこない。
「何?休み時間終わっちゃうよ?」
「よ、夜の学校で女子といたの?」
結局、優真もそこに興味があったらしい。
「いつの間に彼女できたの?そーいうのは教えてほしいな」
彼も柏と同じかと橘平はがっかりしたが、恩もあり子供のころからの仲良しの彼にまで「犬だ」、とは言えなかった。
大きく息を吸い、ため息を吐く。
「優真には言うけど…女の子といた」
「ままままマジ!?」優真は両手で口を覆う。
「みんなが想像するような関係の人じゃなくて、親戚の子供」
「ほんとに?」
「小学生って聞こえなかった?」
「まあ、聞こえたけど」
「その通りなの。夜の学校に行ってみたいって頼まれてさ。バレたら親に怒られるだろ?だから必死に逃げただけ。それだけ!そこを」
はたと、柏が剣術をしていたことは話していいのか、と疑問がわいた。
あれは有術者限定の稽古だ。もしかしたら一般の村民には秘密かもしれない。このあたりの事情は葵たちのため、橘平は隠すことにした。
「…そこを、多分親かな、大人といた柏先輩に見られたんだ」
「ふ~ん…まあ一応信じてあげるけど。ねえ、本当に彼女が出来たら、僕に教えてよ?僕も教えるから」
この食いつき、橘平は少々意外だった。海外小説や映画くらいにしか興味のない友人だとばかり思っていたからだ。
「そういや優真ってどういう人がタイプなの?」
恥ずかしいけど、と優真は人気アイドルグループの一員の名を挙げた。明るくて芸人並みによく笑う、わりと派手な性格の女の子だ。
これも意外だった。優真の性格や趣味から、大人しい子が好みなのだと橘平は勝手にイメージしていた。
「へー、そうなんだ!それって例えばさ、学校で言えばどの子が近い?っていうか、もしかして好きな人いるの?」
長い友人だが趣味や学校の話ばかりで、好みのタイプなんて会話をしたことがなかった。
初めての話題で、橘平は面白くなり「ちょっとからかってやろう」なんていたずら心も湧いてきた。
「えー!?いやそれははずか、はずか、恥ずかしいなあ!うん、えっと、学校の子じゃなくて、と、と、年上なんだけどお…」
「え、大人!?」
これもまた意外な事だ。優真は大人に思いを寄せているという。
「う、うん。ににに、に、二宮向日葵さん!知ってる?金髪の!」
橘平のよく知る人物だった。これも予想外だ。
「こんなチビじゃ釣り合わないのは分かってるけどさあ」
優真は桜よりは多少背が高い程度の、男子としてはかなり小柄な高校生だ。運動靴のつま先で、円をぐるぐる描く。
「理想だよ。名前の通りだ。夏の青空が似合う、元気な笑顔…。近づくことだってできやしない、高嶺の花さ…」
会うたびに腕を絡ませてくるし、ご飯も作ってくれるし、なんならお泊りもしたことがある。スウェットの袖も裾もまくってくれた。
橘平にとっては高嶺の花というより、いつも側にいるたんぽぽな彼女である。
「絶対そういう関係になれないの、僕分かってる。だからさ、一度でいいからさ…抱きしめてほしいなあって…ああ、握手でもいい…」
抱きしめてもらったこともある。
橘平は、友人には絶対に言えない秘密を抱えてしまったような気持ちになった。からかってやろうなんて思ったけれど、相手が相手なだけに、からかえなかった。
ごめんな、優真…。
心の中でそう謝ることが精いっぱいだった。
「逆に聞くけどさ、橘平くんの好みのタイプは?」
そう聞かれて橘平はすぐには答えられなかった。
考えたこともないし、誰かを好きになったことも無いからだ。正直に言えば自分の好みは全く分からないが、そう答えるのも悪い気がしたので葵の真似をした。
「…よく笑う人」
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