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【小説】神社の娘(第25話 母さんの弁当は完食するもんだ!)

 カーテンから漏れる光が目にあたる。ゆっくり瞼をあける。
 夢を見た。起きてすぐ、それが頭に浮かんだ。
『君は入口の絵、描ける?』
「入口の絵?」
『村の真ん中にある森に入るための。扉みたいなもんかな』
「森の扉って何?どういうの?
『君の想像でいいんだ。森が開くような絵が描ければ』
 頭の覚醒につれ、橘平は夢の内容をキレイさっぱり忘れてしまった。しかし、何かに導かれるように、無意識に、鉛筆を手にしていた。
 いつかの夢である。

 橘平は優真たち同じクラスの仲良し組とともに、屋上で昼の弁当を食べていた。

 白飯の上に海苔が敷かれ、焼き鮭の切り身がまるまる乗っている。別の容器にサラダもついた、母の弁当。おそらく幸次も今頃、同じ弁当を食べているだろう。昼時に向日葵と話すこともあるのだろうか、と箸で鮭の骨を取りながら橘平は役場のことを考えた。

 橘平たちのグループから少し離れた場所で、三宮柏も友人たちとふざけあいながら昼ご飯を食べていた。柏は卵焼きを口にしたときに、橘平の姿を見つけ、あの夜のことをにやにやしながら思い出した。

 友人たちに、この間の夜さ…と話し始めた。

「え、あの地味なやつが?」
「うっそ、意外」
「いや、地味で目立たない背景みたいなやつこそ、裏でいろいろやってるんだって」

 柏は悪意たっぷりに橘平を昼飯の肴にする。「裏でいろいろやってる」は意外にも間違ってはいないのだが、男子高校生たちの想像とは全く違う内容である。

「相手の女子が気になるなあ。地味の相手は地味か?」
「ちっちゃかった気がする。だって、あいつが抱えて走れたんだぜ?え、もしかして小学生かな?やべー犯罪じゃん!!」

 そこで一同が大爆笑すると、さすがに橘平のほうもそのグループに気付いた。そして柏の顔を見つけた瞬間に血の気が引いた。あの夜を目撃された柏である。げ、っとした瞬間に目が合った。

 急いでそらすも、柏はにやにやと周りに聞こえる声で「夜のがっこーできっぺーく見かけたんだよねー!」「ひとりじゃなかった気がするけど、だれだろー?」「女子だったなあ~」などと宣う。

 冷や汗、手汗、動悸…鮭の骨はとったはずだが、つっかかっている感じがする。優真が心配そうに声をかける。

「橘平君、どうしたの?大丈夫かい?」
「あ、ご、ごめん、あの、教室戻る!」

 ご飯を半分も食べないうちに、橘平は屋上の扉を開けて出て行った。それを見て柏たちはさらに大声で笑っていた。

 悪いことするからだぜー!
 小学生かー?

 扉の向こうから、そんなヤジが聞こえる。
 桜さんは何も悪いことはしてない。自分だって何にも。何にも!
 橘平は屋上の扉を勢いよく開け、柏たちに向かって大声で叫んだ。

「うちの!!!!犬だよ!!!!!!」

 そしてまた優真の隣に座り、残りの弁当を勢いよくかっ食らい始めた。桜とばれてはいけないけれど、ここで逃げたら、あいつらが考えているような事があったと認めることになる。それは桜に失礼な気がしたし、柏に負ける気がした。

 そう、何も悪いことはしていない。
 スパイごっこだ。

 恥ずかしがったり、むきになって反抗したり、泣き出したり…。柏たちが期待したような反応が返ってこず、つまんねーなあいつ、からかいがない、と彼らは興ざめしてしまった。

 これによって、友人たちの前で恥をかいてしまったような気がした柏は、橘平に対して腹立たしさを覚えた。

 絶対、女の子と一緒だったのに!

 昼食の後、優真がちょっと、と橘平を踊り場に誘った。

「さっきのさ、かっこよかったよ、橘平君」
「え?そ、そう?」
「うん。あの人たち、ちょっとさ、いじわるじゃん。逃げないなんてすごいなあ。僕なら立ち向かえない」

 褒められて悪い気はしなかった。あの時はもう恥も外聞もなく立ち向かうことと、弁当を平らげることにしか頭になかったが、友人からそう見えていたんだなあ、と心が緩む。

「でさ、本当に女子といたの?いつの間に彼女できたの?そーいうのは教えてほしいな」

 結局、優真もそれに興味があったらしい。人とはそういうもの…と橘平はがっかりしたが、恩もあり子供のころからの仲良しの彼にまで「犬だ」、とは言えなかった。

「優真には言うけど…女の子といた。いたって言ってもさ、あれだよ、みんなが想像するような関係の人じゃなくて、親戚の子供。夜の学校に行ってみたいって頼まれてさ。バレたら怒られるだろ?だから必死に逃げただけ。それだけ!そこを」

 はたと、柏が剣術をしていたことは話していいのか、と疑問がわいた。あれは有術者限定の稽古だ。もしかしたら一般の村民には秘密かもしれない。

「…そこを、多分親かな、大人といた柏先輩に見られたんだ」
「ふ~ん…まあ一応信じてあげるけど。ねえ、本当に彼女が出来たら、僕に教えてよ?僕も教えるから」

 この食いつき、橘平はちょっと意外だった。海外小説や映画くらいにしか興味のない友人だとばかり思っていたからだ。

「…ああ、うん。そういや優真ってどういう人がタイプなの?」

 恥ずかしいけど、と優真は人気アイドルグループの一員の名を挙げた。明るくて芸人並みによく笑う、わりと派手な性格の女の子だ。これも意外だった。大人しい子がいいのかと思いこんでいた。

「へー、そうなんだ!それって例えばさ、学校で言えばどの子が近い?っていうか、もしかして好きな人いるの?」

 長い友人だが趣味や学校の話ばかりで、好みのタイプなんて話題を出したことはなかった。初めての話題で、橘平は面白くなり、「ちょっとからかってやろう」なんていたずら心も湧いてきた。

「えー!?いやそれははずか、はずか、恥ずかしいなあ!うん、えっと、学校の子じゃなくて、と、と、年上なんだけどお…」
「え、大人!?」
「う、うん。ににに、に、二宮向日葵さん!知ってる?金髪の!」

 すっごく知ってる。

「こんなチビじゃ釣り合わないのは分かってるけどさあ、理想だよ。名前の通りだ。絶対そういう関係になれないの分かってるからさあ、だからさあ、一度でいいからさあ、抱きしめてほしいなあって…ああ、握手でもいい…」

 抱きしめてもらったこと、ある。俺。

 橘平は、友人には絶対に言えない秘密を抱えてしまったような気持ちになった。

 ごめんな、優真…。心の中でそう言うのが精いっぱいだった。


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