ダメになる会話「簡単な仕事」

ヤス「アニキ、やっぱりカンベンしてもらえませんか。」
アニキ「どうしたんだヤス。簡単な仕事じゃねえか。ちゃんと礼だってするぜ?」
ヤス「でも俺、あそこにはあんまり行きたくねぇんだ。」
アニキ「おいおいどうしたよ。何を怖がってんだ?あそこにいくのは初めてじゃねぇだろ?」
ヤス「そうなんだけど、俺、あそこはダメなんだ。」
アニキ「そこにあるちぃせえカバンを運ぶだけじゃねえか。中身だって別に変なもんは入ってねえよ。何が気にいらねぇんだ。」
ヤス「……」
アニキ「なぁ、時間がねぇんだ。頼むよ。いつもなら自分で行くんだが今日は予定があって無理なんだよ。」
ヤス「あそこに行くと、なんていうか、妙な気分になるんだ。まるで違う国に、いや、違う世界に来ちまったんじゃないかって感じるんだ。落ち着かなくて、いたたまれなくなる。」
アニキ「気にしすぎだ。あそこの連中は別にお前の事をどうこうしようなんて思ってねえよ。」
ヤス「オレはこのナリだから、普段、大抵のやつは近寄ってこねえ。でもあそこじゃ珍しい生き物でもみるみたいにまわりを囲まれる。しかも、ありえねえくらい近づいてくるんだ。常識が通用しねえ。」
アニキ「そんな大げさな。」
ヤス「ホントなんだ。感じるんだよ。ここは俺のいるべき場所じゃないって。グズグズしてたら、帰してもらえなくなるって。」
アニキ「そんなの気のせいだよ。」
ヤス「正直にいえば、怖ぇんだ。連中には話が通じねぇ。理屈が通らねぇ。いきなりバカでけぇ声で叫びだすやつ、急に歌い出すやつ。何をしてるんだかわからない変な動きをするヤツまでいる。」
アニキ「いいじゃねぇか、そのくらい。中には元気があまってるやつもいるって事さ。そんくれえかわいいもんじゃねえか。」
ヤス「この前は、ひとりがいきなり後ろからしがみついてきたんだ。そしたら、それを合図みたい何人かが腕やら足やらかまわず押さえ込んできた。それで俺が動けないでいたら、あいつら笑いながら俺の髪をむしりはじめたんだぜ?」
アニキ「振り払わなかったのか?」
ヤス「動けなかった。ヘタに動いたら大ごとになるって直感したんだ。」
アニキ「そいつはたしかに、賢明だったかもな。そういう意味じゃ、あそこはふるまいには気をつけなきゃならねぇが、それだけのことじゃねぇか。」
ヤス「それだけじゃねえ、時々、誰かが泣き叫んでるのが聞こえるんだ。」
アニキ「そんなの、お前が気にしてもしかたねぇだろ。」
ヤス「でも!奥の部屋から女の子が泣き叫ぶ声が聞こえたら、何があったのか気になって気になって……それなのに周りの連中は平然としてるんだ。まるでその声が聞こえないみたいに、そんなのはいつものこと、みたいに……」
アニキ「そういうのは、ちゃんと対応するヤツがいるんだよ。あ、やべぇ、時間だ。とにかく頼んだぞ!」
ヤス「そんなっ!アニキッ!」
アニキ「まったく、保育園に忘れ物のカバン届けるくらいでガタガタ言うんじゃねえ!子供がじゃれついてくるくらいガマンしろ!早くいかねぇとお昼寝の時間になっちまうだろうが!」
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