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播磨陰陽師の独り言・第五十三話「クツワムシ」

 歌に、
――ガチャガチャ、ガチャガチャ、クツワムシ……。
 と言うのがあります。
 辞書にも、
――くつわのようにうるさく鳴くから……。
 と書いてありますが、馬具の轡が、そんなにうるさいのでしょうか?
 轡は、昔の馬具のひとつです。馬が走っている時は、うるさいかも知れません。しかし、普通は聞こえません。

 前置きが長くなりましたが、最近、家の庭でクツワムシを見ていません。ここ数年、鳴き声は聴いていますが、姿は見ていないのです。
 クツワムシは臆病な生き物です。臆病なわりに動作はのんびりしています。あの美しい緑色の、木の葉と見紛うような体の、愛嬌のあるズングリとしたクツワムシを目にすると、何だか幸せな気分になります。
 クツワムシは臆病な上に弱い生き物です。しかも、食べる物も限られています。クツワムシは、古くは〈くずの葉虫〉と呼ばれていたように、葛の葉か、カラスウリの葉くらいしか食べません。
 私はこの〈くずのはむし〉と言う呼び名の方が好きで、あの生き物にピッタリだと思うのです。そして、臆病で、弱くて、偏食の小さな虫でも、厳しい大自然の中で生きてゆけるのだから、
――自然と言うものは不思議だなぁ。
 と感じています。
 人間も、臆病で弱くても、生きて行ける場所があると思います。何も勝ち組だけが、あたかも生きる価値があるかのような昨今ですが、その価値観が、この世界を駄目にしつつあると思います。
 気づかない内に、多くの物事が悪い方向へ変化しています。その結果、自然は暴れて被災する人々が増えて行くのです。
 何か不幸な出来事がある度に、
――なんにも悪いことをしていないのに、神も仏もあるものか?
 と言う人々がいます。
 もちろん、クツワムシたちは何も悪いことはしていませんが、弱すぎて人間たちのトバッチリを受けては数が減ってゆくのです。しかし、クツワムシは、彼らなりに何となく生きていて、今日も臆病なままのんびりと生き残ってゆくのでした。

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