aとanの違いがわかった息子
「マミー!!そういえば今日、初めてaとanの違いがわかったよ!!」先日、学校から帰ってきた息子が、おやつを食べながらそう話し始め、「なんか違うなとは思ってたけど、今日、学校で先生が説明してくれたからやっとわかった。consonants(子音)で始まる単語がaで、vowel(母音)で始まる単語がanなんでしょ。だからappleとorangeはanでpearとgrapefruitはaでしょ」と得意満面な表情で語っていた。私と娘は顔を見合わせて「え?今日?今まで知らなかったってこと?」と声を揃えて尋ねた。すると息子はさっきまでの自信満々な表情から打って変わって、バツの悪そうな顔をして「だってそんなの誰も教えてくれなかったし」と言った。私はしまった、と思い「でも今日ちゃんとわかってよかったやん!すごいやん!ていうか、今までわかってなくてもちゃんと喋れてたんやん!」と必死にフォローをした。フォローになっていないような気もするが。
息子は、幼稚園の年長の冬に渡英し、現地の小学校の一年生に転入した。詳しいことはよくわかっていないが、イギリスの学校は、一年生の前にナーサリー、レセプションという小学校の準備期間のような形で教育カリキュラムが始まるようだ。息子の場合は、その準備期間をすっ飛ばしていきなり一年生に編入したので、基礎の基礎のようなものが身についていない。というかそもそも、英語で育っていないので、学校学習の基礎という以前の問題で、現地の子が当たり前に身に付けている言葉(英語)の使い方を知らないのである。それにもかかわらず、周りが何を言っているのか全くわからない環境に放り込まれ、相当な苦労をしながらも体感で英語を習得し、渡英2年が経った今では、ほとんど不自由なく会話は成立している(ように私には見える)し、学校での勉強も特には問題ない(ように私には見える、先生もそう言っている)レベルになっている。
周りの先生や友だちの話していること、学校で読んだり聞いたりすることを、耳から吸収し、それを模倣することで、つまり、小さい子どもが母国語を習得するのと基本的には同じステップで、息子は第二言語としての英語を身に付けてきた。しかし、2年という短期間での吸収、模倣のため、もちろん補いきれていない点は多い。aとanの違いがわからなかったことは、氷山の一角に過ぎないだろう。もっと掘り下げていけば、え、そんなこともわかっていなかったのか、と思うことがたくさん出てくるだろう。しかし、それはきっと、息子だけでなく、同じ環境にある多くの“帰国子女”と呼ばれるこどもたちに共通するものだと思われる。もちろん、親御さんが教育熱心で、息子くらいの年齢であっても、きっちりと文法を教えているご家庭もあるだろう。だから全ての帰国子女が同じとは言わないにせよ、“英語での会話(意思疎通)はできる。でも、文法は実はよくわかっていない”ということは、帰国子女によくあることだと聞く。そしてその例が今まさに私の目の前に現れ、おぉ、これがそうなのか、と思った。
私は別にそれを嘆いているわけではない。むしろ、文法がよくわからなくても、これだけ自信満々に、日々の生活を英語で過ごしている息子を誇らしく感じている。あんたはすごいよ、エラいよ、と。まずはそうやって身体感覚として身に付けて、後から知識としてさらに落とし込んでいくことができれば、それでいい。しかし、知識として落とし込めるかどうかは、本人がこれから先どうやって英語と、ひいては母国語である日本語と向き合っていくかで変わってくるだろう。私は母として、そんな息子をサポートしていくことができるのだろうか。私のサポートなんて必要ないかもしれないけれど、もしも彼が私のサポートを必要としたときに、手を差し伸べてやれるように、私も学んでおかなくては。
息子の場合は、まだ小学校低学年ということで、体感で語学を身に付けることができるけれど、四十路を目前にした私は、英語環境に見を置いたからとて、簡単に英語が身に付くという訳にはいかない。確かにある程度、慣れてはくる。しかしそれがイコール英語を理解できるようになる、使いこなせるようになる、というのとは全く別物である。私の年齢になってくると、体感だけで語学を身に付けることは相当に難しい。同時進行で、単語の意味や使い方(文法)なども確認しながらでないと、全く覚えられない、身に付かない。私と同じ年齢でも、できる人にはできるのかもしれないが、私には全くもってできないということを、この2年間で痛切に感じている。だからこそ、今年は文法や語彙を身に付けることを今まで以上に意識していこうと思っている。2年経って、ようやくそう思うようになったなんて、今までなにしとったんや、という話ではあるけれど、とにもかくにも、机上の勉強にマジメに取り組む必要性に、ようやく気付いたからには、やらねばならぬ、ホトトギス。そして、机上の勉強を、すぐに実践で試みる、活かせる場にいるのだから、インプットとアウトプットを同等に行っていくのが望ましい。頑張れ、私。頑張る、私。
息子のaとanの違いの発見から、私自身の学ぶ姿勢についての再考の機会を得た。そうやって、こどもたちに気づかされ、教えられることは本当にたくさんあって、彼らは本当に有り難い存在だ。これからも、こどもたちに学ばせてもらおうと思う。よろしくお願いいたします、先生!