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冒険者信託銀行(※冒険者ギルド)

はじめに

 食うに困るような冒険者を使ってどうやって稼ぐのかって?
 うーん。商売に関わる話だし、なんであんたに話さないといけないのかっていうべきかなんというべきか。

簡単な歴史的経緯

 まぁいいか。もうすぐ俺も引退だしな。
 まずうちのギルドがもともとは小さな宿の集まりだったという歴史から話そうか。歴史の話なんて眠いって? そういうなって。
 宿代も払わない飲んだくれっていうのはどこの国にもいるもんさ。
 というか、たいていの連中はそうなる。でもって借金漬けな連中は宿の護衛や荒事の解決に使われるわけだ。
 まぁ残飯くれてやって、酒場で突っ伏して寝ていてくれればいいからな。部屋を貸す? あいつらタオルだのスリッパだの泥棒するぞ。

 元より稼ぎと縁がないが、宿の収入はマヌケな客からだっぽり尻の毛まで抜く分だし、こういったごろつきを食わせてやってもそれほど問題はない。年を取りすぎて動けなくなったら小銭を渡して借金帳消しにしてやってもお釣りがくる。どうせ奴らを拘束する借金の内情は奴らにとって払えもしない複利による利子がほとんどで実際の飯代なんてそれほどでもないしな。

搾取の時代からビジネスモデルへ

 だがなぁ。
 情がうつるなんて決して無いと言いたいがこうやってこいつらと関わっているといろいろあるんだよ。荒事に人を使いたい連中もいる。護衛が欲しい奴もいる。
 まぁごろつきを雇うくらいだからこいつらもお察しのろくでなしだが、それでもできれば同じ使い捨てのごろつきでも信頼できるか、使えるごろつきがほしいもんだろ。


 ごろつきどもにはなんかやらかしたら宿を放り出すぞと含みはするが、護衛を雇ったマヌケを襲わせるなんて普通だわな。だがそういう噂はすぐ広がってよくねぇ。宿同士で喧嘩しているとそういうことはぐっと増える。酔っ払いの喧嘩ってことで見逃してくれた衛視たちだっていい顔をしないだろうさ。

 で。賢い奴は考えたわけだ。
 宿同士でグルになる。周囲の街の連中からシマ代を請求する。
 その代り街の連中に手を出した奴には厳罰を与える。
 なんせごろつきどもの飯の保証をしているのは街の皆さんということになるからな。

(※専門技能のはずの)薬草採取は初心者冒険者の仕事?!

 はっきり言って慈善事業だか、こうする代りに街の雑用は『なんでも』引き受けるようになった。

 子守から草むしり、雑草の始末、煙突掃除にドブ掃除などなどさ。そうすると雑用を通してごろつきどもからさまざまな街の情報が入ってくる。商売のタネになる話だって少なくはない。こういった情報を集めて分析するやつらがいて、また新しい仕事を作る。

『俺が預かっておいてやるよ』

 借金漬けで働かせると自暴自棄になっていけねえ。そういうわけで借金の代わりに宿で金を預かって貯金をさせる。最初は『俺が預かってやるよ』とちょろまかしていたのだろうが、今は違う。
 なんせ冒険者って連中はいつ死ぬかわからん。死んだらその財産はがっぽり宿屋の俺らのものになっていたが、これくらいの時代になってくるとごろつきと言われなくなってきた連中だって悪縁に事欠かなくなっていたんだな。

やがて冒険者だけのものだったシステムは別階級のシステムを取り入れ健全化し精緻なものへ

 この頃になると『死んだらこの財産はこいつに渡せ』とか宿屋の主たちに文書官連れてきて信託するようになってきた。お前らお貴族様かよ。

 更に具体的にいえば『娼婦の××との間に作った子は十歳まで孤児院に預けていろ。十歳になったら魔導士○○の手習いに通わせる資金にしろ。十八歳になったら残りを渡せ』とかだな。この場合、子供が十歳になる前に飛びだしたらその金は俺らのものになる。
 やがて本人希望を満たさない額の場合、具体的かつ相応の助言も行ってやるようになってきた。

高利貸しの衰退と銀行という公共性の発展は現実世界における貴族制度の衰退を招いた

 そうすると宿屋に宿代以上の金がたまりだした。こんな金を金庫に入れてりゃ泥棒が怖くてたまらん。よって普段は誰かに貸すのに限る。別に現金でなくても割符で代用できるし、現金は糞重いからな。

 利息? 最初は糞高くしていたが後に良心的価格に落ち着いたよ。利息を取るよりたくさん何度も借りて返してもらったほうがいいし、手元に金がありすぎるとこっちが困ってしまうからな。

 一番困るのは割符と現金がどこかに消えること。そうだろう?

異世界ならではのテクノロジーがあってもイノベーションが起きるかはその世界と時代による

 あ。そうそう。後にギルドカードって便利なものを魔導士が作ってくれた。個人認証と持っている金、資産を表してくれるのさ。いいだろう。


 となってくると貸す相手がだんだん信用のある奴になってきた。
 元はタダだ。高利貸と違って俺たちは自前の金を貸さずに利息をとれる。そうなると貧乏人が預けた金を金持ちに貸すようになってきた。普通逆だろうって? そうじゃないんだな。これが。

 となると依頼もでかいのが来るようになる。
 金持ちのほうがデカい依頼ができる。金を借りて事業をすればさらにデカい仕事をやれる。

『大きな屋敷を建てる技術者募集』
『大きな橋を建てるための労働者募集』


 例を挙げるとこんなもんだ。もちろん戦争の依頼や魔物退治もあるが多くはこういった依頼だ。
 こうした安全な仕事に労働者連中も仲介してやる。なんせ暇人や故郷を出てきた奴ら揃いだからな。技術者には事欠かないさ。
 冒険者って危ない仕事ばかりだと思っていた? そうでもないのさこれが。
 ほら、有名な『夢を追う者たち(ドリームチェイサーズ)』だってこういった『情けあふれる』仕事ばかりやっていたっていうじゃないか。まぁアレは伝説で子供が喜ぶ喜劇だ。いくらうちの先祖が関わっていたという伝説があっても本当とは思えないけどな。

こうして生業は新しい階級(冒険者)となる

 ああそうそう。
 土地や家の仲介とか売り買いもやっているぞ。
 誰かが土地や建物を手放したらそれを買いたいってやつが出てくるがそういった情報もまた握っているのはうちだ。
 なんせその軍資金を貸すのも預かるのもうちだぜ? 当然だろ。

国家の物流にも一役


 街を支えるには近辺の村が必要だ。
 で、こいつらおのぼりさんからだっぽりせしめていたのが昔の宿屋。
 だが昨今の俺たちはもっとスマートさ。
 直接こいつらから買い取って新鮮なうちにもっと高い値でさばく。
 あ? 詐欺だって? いいのさ。そっちのほうが一括して新鮮な素材が手に入る。
 もちろん連中もわかったもので、可能な限り手売りを市場でやるけどな。その辺の商売ギルドとの折衝もうちがやるわけだ。
 手売りなんて許可なしでは街中ではできないだろ。うちの紹介料は格安だぜ。
 なんせ冒険者は手に入れた戦利品を自分で手売りするからな。
 一日だけ冒険者扱いで登録しておけばいい。

その称号必要?! 最近のライトノベルや創作世界における『Eランク冒険者』


 言い得て妙だが、アレは個人の名前なんて本来不要なんだ。その日、何人の労働力がいるかを示す指標でしかない。
 街を出るときはカードを返却してもらうし、問題ない。だから、別に身分証明なんてものではない。身分証明になり得ない。
 まともな身分証明じゃないが、それでも泊りの宿くらいはわかるし、信用、この場合はランクが上がっていけばちゃんと街に役立つ冒険者ということで身分証明になるな。あと、財布の代わりになるのだから本人は大事にする。

郵政は騎士団や宗教の仕事だったが……。

 そうそう。 そういった農村の連中に手紙を預けることもある。 そうなるとヒマ人どもを護衛につけても良いよな。 農村のほうだって護衛がいたほうが心強い。村娘にちょっかいを出さねばだが。

 護衛の連中は村々の情報をうちに持ち帰ってくれる。ついでに特産品も買ってきてくれる。そうなると商人たちも喜ぶって寸法さ。
 あと、農村の連中だってタダ同然で帰りの荷物をもってくれるヤツはうれしい。
 農村の村長から感謝の手紙が届くとき、こういったからくりを知らない若い村長からだとちょっと嬉しかったり気恥ずかしかったりだな。

冒険者ギルドは情報産業、エンタメにも職種をふやす。

 ああ、輸送のために一〇分の一税を取る話か。
 教会の連中の領域だし、さすがにそれは関われないと言いたいところだが、教会から多少の『寄付金』がうちにも来るよ。
 傭兵どもより安くて信頼ができる冒険者は貴重だし、人員は選ぶが。

 あと、本だな。
 写本とか坊さんの暇つぶし。もとい修行の一環だろって言われるが冒険者にもそれができる奴がいる。


 なんでだって? そりゃ冒険者連中が残す『遺産』の中にはそういった雑記や日記があって、冒険のネタが仕込まれているからさ。
 ほとんどゴミだが波乱万丈な生き様があったり、地道で世知辛い話があったりする。これを価値ある本にまとめたり、庶民向けの物語に改編したりする奴がいる。たいていは詩人だが、文章だけってやつもいる。

著作権ビジネス誕生! やっぱり頼れる冒険者ギルドは庶民の味方!

 ある程度仕事が大きくなると、こっちも忙しくなる。
 なんせ最近は印刷機ってのがあるからな。写本だけじゃなくいくらでも偽物を作れるんで、『チョサクケン』とかなんとかを守れってさ。
 そりゃ魔導士の魔導書とか勝手に印刷機にかけられたらおまんま食い上げだよ。ほとんどの日記はゴミだがそういったものは貴重で、魔法で精査すりゃどこからパクったのかすぐわかるので、死んだ冒険者の書いた記録の類はうちで預かる。なんらかの儲けのタネになったらそれを還元するし、パクったバカには相応の報いを与えている。
 面白いのはいわゆる作家先生のお偉い『作品』よりこういった駄文のほうが使い出があることかな。まぁこの辺の秘訣は後に語ってやるよ。

冒険者の引退後のアフターケアから寒村の復興へ?


 うん。じゃ次の話だ。『農地信託』ってわかるか。
 農地っていうのは町と違って開拓したらそいつの土地になる。


 でもなあ。大きな声では言えんが開拓農民っやつらは基本農民の技能もろくにない棄民みたいなものだ。この辺は『田舎に帰って農家継ぐ!』という冒険者にも言える。農業放り出した乱暴者が帰ってきても村の者たちは嬉しくもなんともなく。

 そして開拓農民とか元冒険者って連中はてんでやたらに適当に開拓するから、あるいは開拓しやすい土地を争って畑にするから飛び地……彼方此方、下手すれば他人の畑の中に自分の畑ができたりする。

 こんな土地から税金を取っていたらお貴族様だって面倒くさくてかなわん?!

税務署の負担を減らす民間事業

 で、うちの出番だな。
 なんせお貴族様が領主をやっていない村だってうちとは取引がある。
 何年も開拓していると遊んだ畑が少なからず出るもんさ。
 開拓する奴がバカだと耕せもしないのに次々畑を作って死にそうになる。オレの実家だけどな。
 そりゃ子供が多いんだからちょっとでも畑を残したかったのはわかるけどさ。そんなので早死にしちゃ……おっと昔話だ忘れてくれ。
 そういった遊んだ土地をうちで預かる。
 うちにはアレだ。飛び地とか関係ないからな。一括して管理できる。
 解放奴隷とか引退冒険者の再就職先としても有効だろ。帰れる故郷があるとは限らないしな。
 そうすると効率よく農地が使える。近隣のお貴族様だって税がしっかり入って大喜びだ。
 もちろん幾ばくかはうちの取引になる。
 金は例によって割符だから右から左に貸し付ける。

補足注意として、この世界では貴金属を魔法処理した武器でしか倒せない魔物がいて、その管理は王族(正規軍)の仕事である


 もちろん宿の金だって残しているけどこれは王国に預けているからな。
 王国は俺たちの金を保障すると同時に最低ナンボの金をあずけろと命令がある。
 預けられなければ信用なしでとり潰しになるのでこっちも必死だ。
 本来なら身代金みたいな金だったが今では王国の金融政策を担っている。
 王国は貨幣や紙幣を鋳造するし、その価値を保障しているわけだから俺たちに貸し付けもやってくれる。お互いの関係は良好ってわけさ。
 この貸付金は利息なしだ。その代り決済に使うことができる。
 具体的に言うと、どの宿でも金の代わりにギルドカードを使えば、王国の権威を通じて即座に取引が可能ってことだ。
 カード一枚でデカい金を持ち歩く必要がない。便利な世の中だね。

 で、こういった金がたくさん王国にあるってことは当然公共事業も豪華なものになるよな。となると俺たちに下される仕事もまた豪華になるってわけだ。わかるかな?

国債販売などの王国業務も委託される

 国債ってのもある。
 国が作った借金だが、通貨として機能する。
 ちょっとだけだけど利息も付く。お得な商品だぞ。お前も買わねえか。
 なに? いらない? そうか。残念だ。ああもちろんこれも扱っているよ。それが何か?

環境問題は善意で解決しない


 あと変わっているのは排出権ってやつだな。
 染物屋とかが仕事をするとどうしても川を汚す。
 そうすると精霊様が激怒して洪水をおこしたりするだろ?
 そういうわけで各染物屋とかでその流していいぶんが厳格に決まっているんだな。もちろん薪はエルフの恵み。勝手に取ったら祟りがある。こういった権利関係も一括して配分しているのもうちの仕事だ。個々の染物屋に任せていたら大店ばかりが得をするしな。
 当たり前だが信託の仕事は信用第一。絶対返すようにしているから安心して利用してくれよ?!

 あと、スラムの土地だが、これは一括して信託を受けて新しい建物を建て、元の地主に還元する形で立ち退きしてもらっている。
 平和的でいいだろう。治安もよくなっていいことづくめさ。

 ではまとめようか。うちの仕事は。


【人材派遣。およびごろつきどもの生活保障】
 ひいては彼らの暴走を食い止め、治安を維持する役目を担う。

【貸付貸出】
 貧乏人の金を預かり、金持ちに貸す。
 高利貸し(※現代のサラ金に該当)と違うところは自分の金を貸しているわけではないので利息を少なくできる。高利貸しだと金持ちから貧乏人に金を貸す関係上、自分の金がなくなるリスクがあるので、利息を高く設定せざるを得ない。

【先物取引の権利、外国為替(外国のおカネの換金業務)の一部、王国債権の販売など】
 王国あってのギルド! ギルドあっての王国! 金融は国の血液、人は宝!

【あらゆる信託業務】
 貴族の信託制度を参考に。
 先を知れぬ冒険者の遺産相続から休耕地や都市部の不動産の管理まで。
 また、排出権や名も知れぬ作者の著作権も管理できる。
 また、スラムなどの権利者が錯綜する場所の区画整理も荒事かねて行う。
(※ちゃんと還元するが、ほとんどが不法占拠者なのでお金を払って立ち退きを求める形になる)

【身分証明】
 Eランクは『労働力』証明で一日更新の使い捨て。
 以後信頼度と更新頻度によってAランクまで増える。

【残りの疑問点はなんでも『コメント欄』に書いてくれよな?!】

【なんでこんな話をしたかって?】
 俺も後継ぎが欲しいのよ。お前らの『商売』の結果。ぜひ教えてくれよな!


(※これらの制度を参考にしたという方がいらっしゃればぜひご報告願います)

後書き及び参考文献


放送大学印刷教材。
『著作権概論』作花文雄 吉田大輔
『社会と銀行』吉野直行
『現代経済学』衣田高典

以上の皆様の講義によります。

製作:鴉野 兄貴

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自称元貸自転車屋 武術小説女装と多芸にして無能な放送大学生