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相対的貧困って?②

※「相対的貧困って?」をご覧になられていない方は、一つ前の投稿を是非ご覧いただければと思います!

今回は相対的貧困世帯が必ず行き詰まるであろう難所、「生活保護」について書いていこうと思います。

え?生活保護が難所?

「確かに。うんうん」と思っていただいた方が、多くいないことを喜ぶべきか、手放しに喜ばないべきか難しいところですが、
生活保護は正直足枷です。
足枷に感じた人がいることはネガティブな事実でしょう。
また勉強されて現社会保障制度のおかしさを感じた人がいるならば、それは当事者にとっては一先ず喜ぶべきかなとは思ったりするからです。

なぜ足枷なのか。
ボーダーが笑えるほど低いからです。
本当に笑っちゃいます。

では発表します。
母子の二人家族で、子供が高校生で京都市在住の場合。
働く能力の有無などにもよりますが、
なんと生活保護費は145,000円程度です。

今年の春の春闘で、多くの会社が満額回答で賃上げを図るニュースがありましたが、生活保護費は新卒の給与にもはるかに及ばないものなのです。

ここで生活保護費について簡単に説明すると、
世帯によって、ボーダー(上限)が設けられており、給与がそれに満たない場合にボーダーと総所得の差額が生活保護費用として支給されます。
この生活保護費用は扶助という形で様々な種類があり、それぞれの状況を鑑みてボーダーが設定されます。
しかしながら、全記事にも書いたような機会を通じて人生経験を得るなどはまっっったくできないことは、額面を見るだけでお分かりになるのではないかと思います。

カズレーザーさんがいつかの配信で、
「なんにも持っていないのであれば、生活保護が最高の不労所得です」
といったようなことをお話しされていました。

正直そうだろうなと思います。
というか、そういう認識にもなってしまうよなというのが正直なところです。
みなさんが汗水垂らして働いたお金の禄を食んで、こそこそ贅沢をしながら生きている人はいます。だからこそ生活保護がどうしても受ける事に罪悪感を感じてしまうものになってしまっていると感じます。

しかし生活保護を受ける事になっても、決して罪悪感は抱く必要はありません。働けなくなったり、何らかの事情でやむを得ない場合などが多くあることは、当事者であった私が痛いほどわかるからです。
周囲からの目や、役所の生活保護課を訪れる際に知り合いに見られていないかなど、なんだかとても肩身の狭い思いをすることもあるでしょう。

ですが、生活保護下においては、医療費が全額公的負担になったり、毎月ある基準額までに収入が達しない際に、差額を生活保護費として振り込まれるなど、命を繋ぐことが容易にできるようになります。
寧ろそれが生活保護を受けるメリットで、存在するそもそもの意義だからです。
コロナ禍により失職者が増え、生活保護受給にまではいかなくても、なにか保障や救済措置が欲しいと思った方もおそらくおられることでしょう。

少し戻りますが、この生活保護制度は陳腐すぎてもうどこから改修をすべきか難しいので、そもそも制度を廃止すべきだと思います。
そうしてまったく新しい制度・枠組みを設定すべきだと考えます。

私の考える新しい制度についてはまた次回に書こうと思います。
そして、そういった貧困世帯になることで家庭の中はどう変わったのかという観点で、これは本当にエッセイになるんですがぜひ知っていただきたいなと思っております。

(あ、ちなみに画像はこないだ鴨川の床の下で撮ってもらったやつです。ぼく、基本的に黒いお洋服しか着ないんですけど、最近ちょっとデニムが個人的にキテマス。)

ではまた。



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