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映画『グッバイ、ドン・グリーズ』 感想

評価:3.5/5.0

『宇宙よりも遠い場所』(通称よりもい)のいしづかあつこ監督の最新作は劇場版。
否が応でも高まる期待を胸に鑑賞しました。

終盤の物語の仕掛け、展開力はさすが。
心地よい読後感に「終わりよければ全てよし」と言いたいところだけど、ただやっぱり終盤に至るまでなかなか入り込めなかったのはしんどかったです。

良いところと良くないところが割と両極端で、どちらも言いたいことが多かったので、ちょっと長めです。


あと、『よりもい』のネタバレをガッツリ含むのでご注意ください!!



まず先に良かったところから。



「画面の気持ちよさ」
・とにもかくにも画面の美しさ。個人的に特に印象的だったのは色彩とレイアウト。この作品のキーポイントは色と距離にあると思うので、そこが成功していたのは細かいモヤモヤを吹き飛ばすくらい良かったです。

「高低差を使った演出」
・裏山をウロウロしてもここではない何処かへの逃避行は実を結ばず、世界を見下ろしてやりたいという願いは叶わない。それどころか友人の死を経験し、もっとより強大で理不尽なものに自分たちが見下されていることを突きつけられる(それが宇宙なのかも)。とにかく徹底して主人公に高さを与えず地べたを這いずり回らせてから、終盤になってようやく高さを与えるという構造的な演出はクライマックスの気持ち良さに効いていたと思う。

・学校の奴らを見下ろしてやりたいと地元のちっぽけな基地で豪語していたロウマが、アイスランドの大地に寝そべって宇宙を眺めながら世界を俯瞰するカットを挟み、そこから世界地図を飛び越えてNYにいるチボリのカメラに吸い込まれる演出(だったと思うけど間違ってたらごめんなさい)とかもう声が出そうになるくらい気持ちよかったもんね。

「ネモフィラの青と小さな赤」
・まじでここがこの映画で一番良かったんじゃないかってくらい良かったですね。

・何よりもまず、青い花畑の中でてんとう虫の赤を見つけることと、遠い北欧の地で小さな赤い電話ボックスを見つけることが視覚的に相似しているのが美しかった。いや、本当にね。

・誰もがネモフィラの青に心奪われるあのシーンにおいて、てんとう虫の小さな赤の美しさに気づくチボリは、やはり特別で手の届かない存在に思える。ところが終盤になって、彼女がその赤に気づくことができたのは、ロウマの赤がそこにあったからだと明かされる。彼女もまた青に染まった花畑において赤の孤独を感じていた。まるでロウマと対を成すように。

・親の都合とはいえ世界に飛び出したチボリは、ロウマにとって憧れだったはず。そんな彼女に新たな価値観を自分が与えていたこと、いや、何より彼女が自分の姿に美しさを見出していたということの衝撃。それは何かをなしたというにはあまりに些細な事実でしかないけれど、ロウマにとっては目から鱗が落ちるような価値観の転換だったんじゃないかな。

「赤い電話ボックスがつないだもの」
・とはいえ、この映画一番の仕掛けはあの電話ボックスですよね。世界を股にかけた大冒険の果てに、実は出会うよりもずっと前から三人はつながっていたかもしれないという可能性が明かされ、身近なところに世界が潜んでいたことに気づかせてくれる。そのコペルニクス的転回のようなスケール感の反転は本当にお見事。『よりもい』においてめぐみが北極に向かっていたことが明かされたときの「時間も場所も異なるけれど、あなたと私は確かに同じ景色を共有していたんだ」と知る喜びと、同質の感動があった。

・このあたりは尺の短さも手伝ってかなりリアリティラインが下がってるけど、そのこと自体は物語の感動を損なうものではないと思った。トトとロウマの電話がドロップを導いたように“解釈できること”が重要なのであり、その解釈を彼らが選択するという主体的な行為に意味があるので。電話がつないだのがドロップだったのか世界だったのか、その程度の違いでしかなく、ロウマにとってドロップが世界の神秘であったのならその違いなど些末なことだと思う。それは『天気の子』において、帆高があの坂道で選択してみせた決意と同じ。不定形であることの強さだ。

「ポジティブに描かれるコミュニケーションツール」
・電話やメール、SNSが、『よりもい』に引き続き本作でも肯定的に描かれていたのも印象的。危険性や生み出される悲劇でドラマを作ることは簡単だけど、一方でそれらのツールの登場でもたらされた「物理的な距離を飛び越えてつながれることの尊さ」も確かに存在しているわけで。いしづか監督はそこを肯定的に描ききる。その姿勢自体が、なんだか青の中の赤を見出して信じるチボリの感性にも通じるなーと思ったりもした。

・電話によってもう会えなくなってしまった人とのつながりを描く演出は、『よりもい』の報瀬の母からのメールを想い起こさせた。その感動は、時間も空間も隔てた夜空の星の輝きに見惚れる感傷に似ている。だから、今作において夜空の星を眺めながら宇宙に思いを馳せるシーンには、『よりもい』から通底した価値観が感じられて感銘を受けた。宇宙よりも遠い場所は偏在しているのだ。



と、このまま褒め倒して終わってもいいんですが、ここからは残念ポイントです・・・。


「好きになれなかった三人組」
・前半は3人の悩みや関係性が描かれるんだけど、ここがどうにも時間かけて説明している割に上手くハマってない気がした。単純に私が3人を好きになれなかった、というだけのことかもしれないけど。ここで笑ってほしいんだろうなってところで笑えなかったり。いや、面白いものじゃなくて微笑ましいものだというのはわかるんですが、何かこう、狙った感を感じてしまって私はダメでした。はい。

・で、その今一つキャラクターを好きになれないまま続く懇切丁寧な心情説明パートが体感半分以上を占めていたので、ドロップの死から後がかなり性急に感じられた。さすがにちょっと短すぎやしないでしょうか。東京に出ることを大きく捉えていた彼らにとって、更にその向こうの世界に飛び出す決断の裏にはためらい、葛藤、後悔といったものがあっただろうし、もう少しそこに触れても良かったのでは。ドングリーズの描写に時間をかけすぎて、肝心のグッバイのプロセスが思いの外あっさりに思えてしまったのは勿体なかったかなと。

・そう考えると、丁寧に時間をかけてお話を積み上げられるTVシリーズ向けのプロットなのかなーと思ったり。いっそのこと黄金の滝への旅路をメインの時間軸として描きつつ、ドングリーズのエピソードは断片的な回想を挿話として挟む程度で良かったのではという気さえしてくる。邪推ですが、花田十輝氏の不在が頭をよぎりました。。

「セリフの余白のなさ」
・これはこの作品に限った話ではないですが、やっぱりキャラクターが自分の心情や悩みを綺麗につらつら喋ってしまうのは私の好みではないです。いいんですよ、わかりやすいし。わかりやすいけど情緒はないよね、という。画面の演出では余白や心象風景を巧みに使っているのに、セリフが余すことなく説明してしまうのはやっぱりバランスとして違和感があった。もったいない。

『ドロップの描き方』
・ドロップの背景描写の少なさは、彼がロウマにとって神話めいた存在であるということが伝わってきたし、ドロップ=世界との距離が一気に縮まる最後の仕掛けに繋がるという点では効果的だった。ただ、同時にその説明不足が前半の丁寧な説明描写においてはかえって感情のノレなさに寄与していた気もするんだよなー。

・ドロップの死後、ロウマが秘密基地を破壊するシーンも感情の理屈としては通っているけど、果たして彼がそこまで取り乱してしまうのか?というところが今ひとつピンとこず。。。やっぱり、声や表情で直接的に激情を表す手法って結構諸刃の剣な気がする。下地がしっかり作られてないと見ている人間は引いてしまうしね。感情の機微を大切にした作品においてはなおさらじゃないかな。

・ここがうまくいっていないことでドロップの死を扱う手つきが軽く見えてしまったので本当に良くなかったと思う。主要なキャラクターを物語の時間軸の中で死なせてしまうのであれば、やはりそれなりの覚悟と重みをつけてほしかったし、あるいは軽く扱うのであればそれなりの説得力を持たせてほしかった。

・ドロップを現実感のない存在として描くのなら、いっそその生死すら曖昧で良かったのではないかとさえ思う。もしくは死んでしまうのであれば、ロウマがその実感をなかなか得られずにいる方がまだ共感しやすかったのでは? なんにせよ、基地を破壊する行為には違和感があった。むしろ、赤い電話ボックスにたどり着いてようやくドロップの死が現実として迫ってくるくらいでも良かった気がするんだけど。そうするとロウマとトトがアイスランドに行く動機が弱いのか。うーん、どうするのが良かったんですかね。。

・とにもかくにも、ドロップをどこまで人間として描くのかがこの物語の肝だったように思うけど、果たしてその点で成功していたかはかなり疑問が残ってしまいました。



とまあ、自分の中で賛否入り交じる不思議な作品でしたが、冒頭述べたように「終わりよければすべてよし」に則って、総合的に見れば傑作であると言いたいです。そのくらい終盤の仕掛けは気持ち良かった。

個人的には、十代に世界との距離を錯覚することがすごく大事な体験ではないかと思っていまして、それが私みたいな駄目オタクの場合は「セカイ系」と呼ばれる作品に触れることだったりしたわけですが、こうして現実として地に足のついた表現でそれを描ききる力、みたいなものは本当にすごいと思いました。
ジュブナイルものとしてポジティブな影響を与えられる素晴らしい作品に仕上がっているなと。それこそが、いしづかあつこ作品の持つ力なんじゃないですかね。
細かな部分で自分とはチューニングがズレていたけど、その迫力は十分伝わってきました。

今後のいしづかあつこ監督の作品にも注目していきたいです。

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