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一杯のコーヒーから始まることもある。

何気ない一言を聞くためには、場所と時間と、それと一杯飲み物が必要だ。

それはBARで一杯のカクテルかもしれない。
または居酒屋で二杯目の日本酒かも入れない。

いやいや、一杯のコーヒーでもそれは可能なのだ。
時と場所があなたを、私を、導いてくれる。

それはどこにでもある?
いや、そんな街は多くはないが、街の片隅ひっそりとあるはずだ。

それは、熟しきったオトコ、オンナたちが囁く街、ちょっとばかし、殺風景だけれども、心許せる場所。
そんな場所のコーヒー店でも、何かが始まりそうな気配をみせている。


白髪混じりの男性がタバコを吸いたそうに右手でタバコの箱をいじっている。

その男性よりか10歳は若いであろう女性が旦那の愚痴を囁く。
白いネックのセーターから清楚さを醸し出している。
ショートヘアの黒髪から少し小さめのイヤリングが見えた。
とてもセンスよく嫌味のない感じだ。

ねぇ聞いてくれます。結局あの人は何もしてくれないんですよ。
男性の方も聞き慣れているのか、そうだねと相槌をうつ。

どうなんだろう。ナミコちゃんが言うことは本当のことだとボクは思うよ。君は正しい。

卓越した言葉の駆け引きは、もはや熟練の技だろう。
女性の方も、その言葉を待っていたのか安堵感を感じているようだ。

二人は机を挟んで向かい合わせになっているが、意外と距離感がある。
それはお酒ではなくコーヒーを飲んでいる場所だからなのか縮まることはない。
でもお互いにリラックスした距離を保っている。
実にバランスがよい感じだ。

周りに人たちも彼らの言葉には耳を貸すこともなく、自分達それぞれの物思いに耽っているようだ。
一体感ではなく、方向性は無限大になっているにもかかわらず、一定の空気感を保っている。これがコーヒーを飲む場所の醍醐味なのだろう。

特に音楽もかかっているわけでもないが、近くの窓からは電車の音が聞こえ、時折り聞こえるコーヒーカップの置く音が実に心地よい。

女性の方が少し前屈みで話を始めた。
時間は16時過ぎ。

何かが始まってもよい時間のようだ。
男性が次の言葉を吐く前に、私はその場を後にした。


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